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この街には、悪魔が棲んでいる。

その名も『奇跡』。

随分と変わった名前だが、事実、そう呼びかけるとあの人はこちらを向くから。

だから多分、それが名前。

「奇跡さあん、こんにちはあ」

今日も今日とて、僕はあの人の下へと通う。

学校裏の山の中。けもの道を抜けて、忘れ去られて寂れた神社の、木の階段に。あの人はいつも腰掛けている。どこを見るでもなく、憂いを込めて。

いつもそうだ。あの人は何かを憂いている。尋ねたことはないから、これは憶測だけども。まあ別に、きいても答えてはくれないだろうから、それで良い。あの人は無口だから、それで。

腰ほどまでに伸びた草をガッサガッサとかき分けて、僕は今日もあの人の隣に座る。

あの人の指輪にはまった、大きな青い宝石が、ちらちらと光を反射して輝いた。

僕はあの人の長い黒髪をのぞき込んで、昨日と全く同じ口調で問う。

「今日は僕を喰らう気になりましたか?」

あの人が、無言でふるふると首を振る。これも昨日と同じだ。あの人は悪魔だけど、人間を喰らうのを嫌っている。僕はというと、わかってはいたものの、やっぱりちょっと残念な気分だ。

どうせ死ぬなら、派手に死にたいよな。

そんなことをふと思ったのが半年前。

悪魔の噂を思い出して、探し回って、やっとあの人を見つけたのが3ヶ月前。

以来毎日こうやって訪れてはアプローチし続けているが、なびく気配は一切ないのが現状だった。一応、食べてもらえるように美味しくなる努力はしている。レバー食べたり、筋肉つけたり……。効果の程はわからない。あの人の反応は変わらないし。

けど、なんとなく、とりあえずは今のままでもいいかなあ、なんて思ったり。今でも死ぬつもりなのは変わらないけど、あの人に会いに行くのは心地良い。

ふんわりとした風を浴びながら、自分の話に頷きを返してもらえる。かすかに微笑みかけてもらえる。それを見ると、喰われるのは明日でもいいかなって、そんな気持ちになる。あの人は、僕の『決意』をかき消してしまう。

こういう点では、確かにあの人は悪魔なのかもしれなかった。

でも、大体いつも、家に帰ってから後悔する。顔をかすめる茶碗の破片とか、破られて何がなんだかわからなくなった教科書とか、そういうのを見てから、ああ無理にでも喰われとけばよかったなあ、って後悔する。

それで次の日、性懲りもなくあの人の下へ行って、また生きて帰ってきて、後悔して……3ヶ月前あの人に出逢った日から、これが僕の日常だ。

だから、あくる日僕は言った。

「奇跡さん、」

僕を拐って、と。

奇跡という名の悪魔

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