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シオンとアーシャは南へと歩き続け、日の沈む直前に海へと到着した。樹海を抜けた後もドラゴンの接近を見つけるたびに隠れるということをしていたので、かなり時間がかかっている。
標識には沼津市と記され、破壊痕こそ残るが街としての体裁は整ったままだった。
「夜は移動しないの?」
「昼間は青空に赤いドラゴンだからよく見えるけど、夜間は発見が難しくなる。それにこっちも明かりを使わないと移動できないし、明かりを灯すとドラゴンから見つかりやすい。日が沈んでから移動するメリットが一つもない」
「そうなのね」
「移動よりも寝る場所の確保を優先した方がいい。この辺りはドラゴンの被害で一般人は避難しているし、襤褸家でも屋根のある場所に寝れると思う」
「詳しいじゃない」
「昔習ったサバイバル術だ。実践なんてしたくなかったけどな」
シオンはそう言いながら周囲を見渡し、適当な家を見繕った。
そして比較的綺麗に残っている家を指さす。
「あれにしようか」
「そう。やっとこれを降ろせるのね」
「……持たせて悪かったな」
アーシャは見せつけるようにして胸元に抱えた木の皮を見せつける。それは樹海で拾ったもので、それを折り畳んで簡易的なカバンにしたものだ。固定してあるわけではないので、しっかりと抑えておかなければカバンとしての形は維持できない。
そして簡易的に作ったカバンの中には幾つものキノコが入っていた。
「これが今日のご飯になるんでしょ? ちょっと気持ち悪いけど」
「海水があるからな。塩茹でにする」
「火はどうするのよ」
「オイルライターを持っているから、木さえあれば火は維持できる。問題は場所だな」
廃墟となった家の庭を確認すると、それなりの広さは確認できた。縁側の板が丁度乾燥して燃えそうなので、薪として利用できる。
そして炎も夜になると目立つが、夕方の内ならば使っても目立たない。
(時間との勝負だな)
西の空を見て、日の入りまでの時間を推測する。そして最適な手順を経験から叩きだした。
「俺は海に行って水を汲んでくる。アーシャはそこの板を外して、庭に並べてくれ」
「えー……あたしも海を見てみたい」
「わがまま言うなよ。それに今行くより、朝日の昇る海の方が綺麗だ。明日早起きして見ればいい」
「ふーん。まぁいいわよ」
アーシャは納得したらしく、抱えていた木の皮のカバンを降ろして縁側の木の板を外し始める。一方でシオンは屋内へと入った。元から鍵はかかっていないので、すんなりと扉を開けて中を探索し始める。
目的は海水を汲むための鍋である。
この手の廃屋は緊急避難で住民が逃げていることも多く、家具までは持ち出されていない。衣類はともかく調理器具まで持ち出す者はいないだろう。
台所には冷蔵庫や電子レンジなどの家電も残っており、食器棚も中身までそのままだ。調理台の下の棚を開くと、大きめの鍋があった。
「大きさはこれでいいか。それとザルも……あと皿、箸も持っていくか。アーシャはフォークの方がいいのか? まぁいいや」
必要なものを持ち出したシオンは一度庭に戻る。早速とばかりにアーシャは木を積み上げ、焚火の用意をしている。老朽化しているとはいえ女の子に板の木を剥がすのは重労働かと思えたが、意外と楽しみながらこなしている。
戻ってきたシオンに気付いたアーシャは自慢気に剥がしたばかりの板を見せつけた。
「これでいいんでしょ?」
「ああ、そのまま頼む。念のため、その倍ぐらいは剥がしておいてくれ」
「任せなさい。シオンは海に行くの?」
「ついでにキノコを洗ってくる」
そう言いつつ、キノコを包んでいた木の皮を開いた。そしてキノコを全て鍋に移す。それほど採取したつもりはなかったが、鍋の半分ほどが埋まった。
そして出かけ際に念のため忠告する。
「アーシャ、分かっていると思うけどドラゴンを見つけたらすぐ家の中に隠れろ」
「分かっているわよ。あんたこそ気を付けなさいよ」
「当たり前だ」
日が沈むと火を使いにくくなる。
シオンは駆け足で海へと走って行った。
◆◆◆
パチパチと弾ける音、揺れながら伝わる熱。
その上に乗る鍋からは沸騰した海水がグラグラと騒ぎ立てる。中に放り込んだキノコは踊り、鮮やかな色合いとなっていた。
「……そろそろ食べれそうだな」
シオンは鍋を火からおろし、中身を地面に置いたザルへと注ぎ込んでいく。白い蒸気と共に磯の香りが広がり、それが空腹の胃を刺激した。あまり美味しそうではないが、身体が栄養を欲している。
そして深めの皿を取って、ザルからキノコをよそう。それをフォークと一緒にアーシャに渡した。
「完成だ。あんまり美味しくはないと思うけどな」
「先に言われると食べにくいじゃない」
「期待して食べるよりはマシだろ」
そう言いつつシオンは自分の分も用意する。
また思い出したとばかりにやかんを火の上へと置いた。こちらは川から汲んでおいた真水であり、煮沸して明日からの水にするのである。
アーシャは塩茹でキノコの盛られた器を両手に持ち、まずは匂いを嗅いでいた。
美味しくないと忠告されたことで気が引けているらしい。
またアーシャにとってキノコとは初めて見る食べ物だ。普段の化学合成食料と異なり見た目もグロテスクで、手を出し辛いのだろう。それはシオンも同じだったが。
(仕方ない。毒見するか)
毒見といっても毒キノコは含まれていない。樹海での任務前にセリカからキノコ談義を受けていたことが功を奏した。
プルプルと黒光りするキノコを箸で摘み、目を閉じて口に入れる。
未知の感触と強い塩味という酷い組み合わせだったが、食べれないことはない。それにキノコは栄養面で優れている。生きるための栄養摂取と思えば我慢できた。
そんなシオンを見てアーシャも覚悟を決めたのか、フォークで突き刺して口に運ぶ。
「うぇ……」
「吐くなよ。大事な栄養なんだからな」
「分かっているわよ。でもいつものご飯と全然違うから」
「昔はこれを普通に食べていたらしいぞ」
「酷いご飯ね」
「多分、塩茹でにしたのが間違いだな。焼いたらまた別かもしれない」
調味料がないのも致命的だ。
(一応、台所に調味料も見つけたけど……流石に怖いからな。何十年も前のものだし)
ドラゴンスレイヤーは遭難した場合のサバイバル法も会得している。しかし大抵の場合、ドラゴン狩りの任務はキサラギ近辺で行われるものだ。つまり一日から二日をオペレーターの誘導なしに生き残り、キサラギへと帰還する術に過ぎない。富士樹海から帰還することは想定されていないのだ。
シオンははっきりと言わないが、かなり追い詰められている状況である。
(水と食料の確保が難しい。最悪、飲まず食わずで移動することも考える必要がある。携帯食料で少しは賄えるとしても、水をどうにかして手に入れる手段がいる。水筒だけでは心許ない)
不味いことを隠すこともなく茹でキノコを食するアーシャも、いずれは現実を知ることになる。食べるということができるだけで貴重だということを知るだろう。
「不味いわ。どうにかしてよ」
「我慢して食えとしか言えないな」
「このブニブニでグニャグニャな食感が嫌なのよ! 味も最低ね。何度も言うけど最低よ」
「最低なのは分かっているから食べろ。明日からまた長距離を歩く。体力が持たないぞ」
「もっとマシなものはないの?」
「携帯食料ならある。けどそれはいざという時のために取っておく。だから今日はこれしかない」
「使えない男ね」
「酷い言い草だ」
アーシャが文句を言っている間に湯も沸いた。やかんから水筒へと湯を注ぎ、明日の分の水を補充する。二十一世紀頃の川はともかく、今は環境汚染も少なくなっている。煮沸消毒さえすれば、それほど心配もない。
「もうすぐ日も暮れる。嫌でも早く食べろよ」
「……ふん」
不機嫌ですと言いたげだったが、アーシャもそれ以上は何も言わなかった。
◆◆◆
民家に置かれていたベッドは残念ながら虫食いで使い物にならなかった。しかし辛うじて残っていた毛布を敷き、シオンとアーシャは並んで横になる。
「ねぇ、あんたってドラゴンスレイヤーなのよね」
「そうだな」
「ドラゴンと戦うのって怖くないの?」
「怖いな。自分より大きな生物が襲ってくるわけだし」
「じゃあ、どうして戦うのよ。逃げればいいじゃない」
アーシャの意見は正論だ。
人間を襲い喰らうドラゴンは脅威そのものだ。人が叶う存在ではなく、人という枠から外れたドラゴンスレイヤーでなければ戦いにすらならない。
逃げるのも悪くない。むしろ普通は逃げるべきだ。
「あたしたちは地下で暮らしてたわ」
「RDOの都市は安定した大陸にあるからな。旧日本と違って地震がない。地下都市も建設しやすいらしい」
「地震って何よ?」
「あー……知らないか。地面が揺れるんだよ。建物が倒れるほど強くな。この国は地震が多いから、地下深くに建築するのはあまりよくないんだ」
「ふーん。大変ね。それなら地下には何も作らない方がいいの?」
「そういうわけにもいかない。毎年台風……ハリケーンって言った方が分かりやすいか? それもある。水害対策のためにも水を逃がす地下構造物は必須なんだ」
「面倒ね」
ドラゴンも怖いが、その他の自然災害も脅威だ。特に食糧生産が不安定な現状で水害は最悪である。その対策のためにも地下工場で化学合成食料を生産するのが一般的となっているのだ。
地震のリスクを背負ってでも地下構造物は必須である。
水害に左右されない生産工場を維持するためにも。
「それに、ドラゴンを倒す必要もある。今のキサラギはドラゴンから採取できる物資……デミオンの技術に支えられている。ドラゴンを撃退するにもデミオンは必要だし、緊急時の発電にもデミオンを使っているからな。他にも色々と使い道はあるらしいけど、俺も詳しくは知らない」
「ふぅん。だからドラゴンを倒すのね」
「俺たちの生活はいつもギリギリだ。だからRDOから貰える物資は貴重なんだ。アーシャをしっかり送り届けないと、報酬を減らされるかもしれないしな」
「……そのためにあたしを守ってるの?」
「まぁそういう理由もなくは――痛っ!?」
シオンは脛に強い衝撃を受け、思わず足を抱える。ドラゴンの一撃にも耐える耐久力を有するシオンも、この不意打ちは痛かった。
「おい……アーシャ」
「ふん」
そう呼びかけるも、アーシャは無視して反対側を向いた。
機嫌を損ねたらしい。理由は明白だ。シオンは言い訳しようとしたが、アーシャの様子を見て諦めた。
(余計なことを言ったか……今のは俺が悪いな)
一方でアーシャは暗闇の中、シオンから顔を逸らして頬を膨らませる。
(やっぱり、こいつも……あいつらと同じ)
一筋の涙が彼女の頬を流れた。
◆◆◆
翌日になってもアーシャの機嫌は悪かった。
「アーシャ、出るぞ」
「……ふん」
シオンが何を言っても顔を逸らして不機嫌をアピールするだけ。一応言ったことには反応して従う意思を見せるが、昨日のようにはいかない。
ドラゴンを避けながら移動する必要がある以上、不仲は死を呼ぶ。
(早めに解決しないと良くないよな)
昨晩の会話でアーシャの機嫌を損ねたのは間違いない。
しかしどこで間違えたのか、シオンには分からなかった。
「おいアーシャ。機嫌を直せ」
「所詮は報酬目当てであたしを助けたんでしょ」
「いや、それはそうだが……」
「ふん。いいわよ!」
アーシャは気に入らないとばかりに話を打ち切り、先に行ってしまう。
それを見てシオンは慌てて止めた。
「おい待てよ!」
しかしアーシャはシオンの声を聞き入れない。
そればかりか速度を上げる。
「待てアーシャ!」
シオンは彼女を止めなければならない。
なぜなら――
「そっちは逆だ! キサラギとは反対方向!」
「……ふん」
アーシャも一人で知らない土地を進むつもりはなかったのだろう。
恥ずかしそうに顔を赤くして戻ってきた。
「……先に言いなさいよ馬鹿!」
「痛っ!? また蹴って……おい、だから先に行くなって」
彼女はすれ違いざまに悪態を吐きつつ、シオンを蹴る。
どうやら更にアーシャの機嫌を損ねてしまったらしいということは、シオンも理解した。