魔素《集中力》切れでフラフラになり乍《なが》ら漸《ようや》く我がテーブルに帰還すると、兄が亀甲《きっこう》マンに成っていた。ポ〇酢醤油か貴様!
―――落ち着け。
縛られているなら都合がいい。手を出される心配が無くなる。一体何がどうしてこうなった? 赤い情熱の緊縛縄が兄の顔に恍惚の笑みを浮かばせる。罪人の癖に喜ぶな反省しなさい。
「あにあにが~ 縛られてみたいって~ 言うからぁ、縛《シバ》いたのぉ」
おい⁉ あにあにが~って何だ? 代々木アニ〇ーション〇院の略か? それと縛《シバ》くって、新しい言葉を作った挙句の貴様はフロム関西?
「いちか君、少しいいかな? 」
すると社長自ら付け回しに現れ、私を呼び出した。慌てて傍に駆け寄ると…… 一枚の名刺を渡された。
「ん⁉ あれ⁉ これ私の名刺ですよね? 」
「そうだね。裏を見てごらん」
裏には黒川と言う名前と、L〇NEのIDと携帯番号が手書きで明記されていた。
「え⁉ 社長これって先程の…… 」
「そう、お客様…… 黒川様の連絡先だ」
通常名刺交換はテーブル上で行う事がマナーとされ、客から名刺を受け取れる資格があるのは本指名の女の子のみとなる。本指名以外の女の子が自《みずか》ら客に名刺を渡す行為はご法度《はっと》である。然《しか》しフリーの客や客側からの要望による場合はこれに該当しない。
もしヘルプの席で客が名刺を手渡して来た場合は、「私のような者にお名刺がもったいないですょ」などと一旦はやんわり断り、しつこいようであれば本指名の女の子に「私もお名刺頂いても宜しいですか?」とお伺いを立てるのがこの業界の筋である。
基本名刺を配りたがるのは役職を誇示したいだけの中堅であり。決定権を有する様な大物は自ら名刺を出したりはしない。手に入れられるのは極僅《ごくわず》か、それこそトップランカ《S級冒険者》ー達だ。
「私、名刺なんてお渡ししていませんよ? 」
「私が君の名刺を持って行ったんだよ、君に興味が沸いたらしくてね。何時でも連絡くれとおっしゃっていたからね、気構えず連絡してみたらいいんじゃないかな。悪いお方では無いからね」
「大丈夫でしょうか? VIPのお客様を…… 」
「横取りしてしまうかもしれない? 」
「えっ⁉ 」
「クラブは永久指名と言うシステムが存在するが、キャバクラには存在しない。指名変えされるのには少なくとも原因があり傲《おご》りがあると私は思う」
「…… 」
「この波に乗るのか、次の波にするのか、それは全て君次第だよ」