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地鳴りのような大歓声と共に、眼下で紙吹雪が舞い上がる。勝負は時の運。選択を誤れば一瞬で敗者となる。
「今日は有難う御座いました楽しかったです」
「うちの子が活躍出来なくてすまなかったね」
「いえいえとんでもないです。こんな特別なお席までご用意して頂いちゃって、初めて入ったので舞い上がってしまいました。ごめんなさい」
馬主資格は年収が1700万円以上で資産7500万円以上とされる。馬主席に入るには自力でこのハードルを越えるか、若《も》しくは馬主直接からの招待を受けなければ入場は出来ない。
そして勿論、ドレスコードも存在し、男性は紳士でなければならないとされスーツが大半を占め、女性は淑女の様な気品のあるワンピース姿が多い。デニムやTシャツとサンダルなんてのは以《もっ》ての外《ほか》だ
「今日は君の一人勝ちか、流石に見る目があるね。お父様はもう引退なさっているのかな? 」
「そうですね、調教中に落馬して、片腕を痛めてしまいまして引退を余儀なくされました」
「残念だ、お父様がご健在であれば調教をお願い出来たのに」
「でも、調教師としては長く続けられた方で、後悔は無いと本人も言ってましたし、私は少し安心ですね。どうしても危険が伴いますから」
「成程ね、どうだろうか? 一度今度お父様を私にご紹介頂けないだろうか?」
「はぁ、構いませんが…… 何か? 」
「私の子達を少しばかり見て頂きたくてね、何せG1馬を調教なさってた方と聞いてしまったからには是非ともにね」
兵《つわもの》どもが夢の跡。大勢の観衆達が、また新たな戦いを夢見て引き揚げてゆく。
「それと気になっていた事を少し聞かせてもらえるかい? あの日、何で私の靴擦れを見抜けたんだい? 痛がる素振り一つも見せたつもりは無かったのだが」
―――今日のお誘いの目的はこれか?
「父から幼い頃に聞かされた事がありまして、靴はその人の人生が分かるって。そんな話を聞かされてから、皮の匂いが好きになり、用もないのに良く靴屋さんに通っていました、変ですよね? そして黒川さんの新品過ぎる靴に違和感を覚えました、気を遣って歩いているようにも見えましたので若《も》しかしたらまだ馴染んでないのだろうと…… 」
「素晴らしい洞察力だね、いちか君、君は」
黒川は重厚な眼鏡を外し、初めて素顔を曝す…… そして眼鏡をゆっくりとハンカチで拭うと目元に戻し、名刺を差し出した。
「どうかな? いちか君。うちの会社の面接に来てみないかい?」