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「おやゆび姫」
「へっ?」
「どういう繋がりかって聞いたでしょ。童話の『おやゆび姫』に出てくる生き物だよ。おやゆび姫知らないの?」
「……知ってるけどさ」
おやゆび姫……名前は知ってる。小さいお姫様が出てくる話だよな。それで……あれ? おやゆび姫ってどんな話だったっけ。ガキの頃に読んだことあるはずなのに思い出せない。
「知り合いが演劇の練習で使ってたのを借りたんだ。ツバメはちょっと改良したけどね」
『誰かさんに忠告されたから』と、男は笑った。口元が隠れていないおかげで、表情の変化が少しだけわかるようになった。更に会話も普通にしてくれているので、初対面時の不気味さは感じない。相変わらず変な奴だとは思うけど。
「それはそうとさ、何の用なの?」
カエル男……いや、今日はツバメだった。紛らわしい。わざわざ姉を使って俺を引っ張り出したのだ。こちらもこいつに聞きたいことがあるけど、まずは相手の話を先に聞いてみることにした。
「ここは小料理屋でしょ。食事をしに来たに決まってるじゃないか」
「はぁ……? 食事って」
ツバメ男はさも当然だと言わんばかりの不遜な態度。注文の仕方が分からないのかと思ったが、飲み物を頼んでいるのでそれはない。同じように頼めばいいだけだろうに……どうしてわざわざ俺を呼んだんだよ。
もういいや、突っ込むのもめんどくさい。ちゃんと食事をするというのなら、れっきとしたお客様だ。それなりの対応をしなければならないだろう。
「えーっと、だったらここにメニューがあるからさ。食べたい物を選んでよ」
テーブルに備え付けのメニュー表を手に取り、ツバメ男の前に広げてやる。男は無言でメニューを眺め始めた。参考程度におすすめでも紹介してやるか。
「今の時間帯で人気なのは日替わり定食だね。今日はハンバーグ。でも俺が個人的におすすめしたいのは、生姜焼き定食かな」
「いいね、どっちも美味しそう。透が作ってくれるんだよね」
「……いや、俺は作らないよ」
「なんで?」
「なんでって、当たり前でしょ。ここはばあちゃんの店だもん。調理はばあちゃんと……補助で姉ちゃんしかしない。俺が手伝えるのは接客と食器洗いくらいだよ」
「……でもさ、透も料理できるんだろ?」
「まあ、簡単なものはね。だけど、それをお客さんに出したりなんて出来ないよ」
「僕はそれがいい。簡単でいいから」
「だーかーらー……ダメだってば」
素人の中学生が作った料理をお客様にお出しできません。何で分かってくれないんだよ。俺が作れる物なんて見た目も味もたかが知れてる。せっかくならより美味しいものを食べてもらいたいじゃないか。
「無茶言わないで。ばあちゃんの料理の方がクオリティ高くて美味しいんだからさ。素直にそっち食べてよね」
「それはそうだろうね。でも、僕が食べたいのは透が作った料理なんだよ。ちょっと確かめたいこともあってね……代金なら言い値を払うから協力してよ」
「金の問題でもなくてー……」
承諾するまで引かないつもりなのだろうか。ああ言えばこう言う……ツバメ男と俺の不毛なやり取りが延々と続いてしまう。他の客の目もあるので、これ以上は勘弁して欲しい。
「じゃあ、こうしよう。僕の頼みを聞いてくれたら、透を玖路斗学苑に入学させてあげる」
「なにを……」
このツバメは何を言っているんだ。あまりにも突拍子もなく、信じがたい発言に耳を疑う。いやいや、確実に聞き間違いだろ。そうでなければ困る。
「聞こえなかった? 玖路斗学苑に入れてあげるっていっ……」
「あーー!! ちょっと、こっち来て!!」
喋っている途中のツバメ男の腕を引っ張り、椅子から立ち上がらせる。そのまま腕を掴んだ状態で、男をバックヤードの方へ引きずり込んだ。俺とツバメ男のやり取りを遠目で見ていた姉は面食らっている。
「透くんっ……どうしたの。お客様にそんな態度……」
「ばあちゃん……」
ばあちゃんはツバメ男に対しても普通に接していた。ちょっとやそっとでは動じない。でも、そんなばあちゃんも今の俺の行動はスルーできなかったみたいだ。客に乱暴しているように見えたのかもしれない。この時の俺は頭に血が昇っていたから、そこまで考えが及んでいなかった。
「ばあちゃん。この人さ……俺に用事があるんだって。俺が対応するから、任せてくれないかな」
「えっ、でも……」
「透くんのおばあさん、僕は大丈夫ですから。気にせずお仕事を続けて下さい」
「……うちの孫が何か失礼なことをしたのですか?」
「いいえ、全く。透くんの言う通り、僕は彼に話があって来たのです。だから心配なさらないで」
俺と比べて態度に差がありすぎだろ。なんつーか……ばあちゃんにはちゃんと敬語で喋るんだな。見た目不審者の癖に、相手によって対応を変えるとか小賢しい真似しやがって。
戸惑っているばあちゃんの横をすり抜けて、俺はツバメ男を自室へと招き入れた。こいつを家の中に入れるのは不本意だけど、第三者の目が多くある店内で話を続けるのは避けたかった。
「……あんた、何者だよ。他にも仲間がいるみたいだけど、俺の周囲で怪しい行動を繰り返して……目的はなんだ?」
「仲間? そんなのいないけど」
「マスクで顔を隠してるから中身が違っても分からないだろ。複数人で入れ替わってるんじゃないの?」
「どうしてそんな面倒くさいことしなきゃならないの。最初から僕は一人だよ」
仲間はいない……本当だろうか。近隣住民が目撃したのも、俺の前に現れたマスク男も全て、目の前にいるこいつだったのか。仲間がいないというならそういう事になるけど……
「ねえ、透」
「なんだよ」
「僕、お腹空いてるんだけど。君の質問に答えてあげるから、何か食べさせてよ。あっ、もちろん透が作るんだよ」
この期に及んでまだ俺に料理をさせようとしてる。どういう神経してんだよ。
「……有り合わせの炒飯とかでいい?」
「透が作るならいいよ」
こいつの要求を飲まないと話が始まらない。言いなりになるようで腹が立つけど、適当な物を作って納得させよう。観念して俺は台所に向かったのだった。