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冷蔵庫を開けて中を物色する。卵と豚バラに……この賞味期限が近いチクワも使うか。炒飯にチクワってどうだろう……別に変じゃないよな。珍しいかもしれないけど、有り合わせの材料で作ると宣言してある。気にしない、気にしない。
材料を準備して調理に取り掛かる。俺が適当に作る炒飯なんかより、店でちゃんとしたの食べたらいいのに。自分の料理をマズいとは思わないけど、ばあちゃんと比べたら当然劣る。せっかく美味しい料理が食べられる状況なのに、あえて俺の手製を選ぶとは……変わり者ここに極まれりだな。
「はい、出来たよ。これでいい?」
完成した料理を持って自室に戻った。俺が台所にいた時間は大体20分くらいだろうか。ツバメ男を1人で部屋に残していくことに多少不安はあったが、大人しく待っていてくれたようだ。
「おかえり、透。良い匂いがする」
テーブルの上に炒飯と付け合わせのワカメスープを乗せてやった。ツバメ男の声が嬉しそうに弾んでいる。この反応が演技には見えない。男が素直に喜んでいるのが分かると悪い気はしなかった。無茶な要求をされてむしゃくしゃしていたはずなのに単純なものだ。
「やっぱり透は料理上手だね」
「いやいや、これくらいで料理上手とは言わんよ。本当に普通の炒飯なんだから、あんまりハードル上げないで。お店で出るようなのと比べないでね」
「うん、うん。分かってる。ねえ、もう食べてもいい?」
スプーンを握りしめ、俺に許可を求める。急かすような口振り……そんなに腹を空かせていたのだろうか。
「……はい、どうぞ」
「いただきます」
ツバメ男は炒飯にスプーンを差し入れて一口分すくうと、それを口の中にいれた。あれほど待ちきれませんというような態度をしていた割には、ゆっくりとした落ち着いた動作。お行儀が良いというか……食べ方が綺麗だ。
俺の部屋で俺が作った残り物炒飯食べてるだけなのに、ツバメの醸し出す妙な雰囲気のせいで、高級レストランにでもいるような錯覚を起こしてしまいそうだ。
「……あの、どうかな? もしかして、あんまり美味しくなかった?」
一言くらい感想を伝えてくれてもいいだろうに……。黙々と料理を口に運ぶツバメ男に不安が募る。味見はちゃんとしたので、絶望的にマズいとかはないはずだ。半分ほど食べ進めたところで、ようやく男は手を止めた。
「体調が悪い時の出来事だったから確信が持てなかった。気のせいじゃなかったんだ。こんなに……美味しいものを食べたのは何年振りだろう」
やっと喋ったと思ったらとんでもない事言い始めたよ。マズいと言われるよりはいいかもしれないけど、お世辞にしたってヘタクソ過ぎる。
「あのさー……」
「学苑への入学だけなんてつり合わないな。もっと他に……」
「ねえ、ちょっと……」
「そうだ、透。欲しい物はない? 何でも買ってあげるから」
「だから!! 話聞いて」
ツバメ男が口を閉じた。完全に自分の世界に入っていたらしい。俺の声が耳に届いて良かった。
「ああ、ごめんごめん。嬉しくてつい……」
「料理がお気に召したのなら良かったけど、大げさ過ぎだよ。反応に困るから」
「大げさなもんか。君はこれがどれだけ凄いことか分かっていない。どんなに腕の立つ魔道士にも成し遂げられなかった偉業だよ」
残り物ぶち込んだ炒飯作ったことが? そんなわけあるか。ツバメ男は興奮気味に捲し立ててくる。その様子もやはり演技には見えなくて……こいつは本気で俺の作った料理にそれほどの価値があると思っているみたいだ。
「おっさんがちょっと……いや、かなり変わってるって事がよーく分かったよ」
「おっさ……!? はぁ……まあ、いいよ。透は僕の言うことが信じられないみたいだね」
「そりゃな。だって俺ら初対面みたいなもんだしね」
俺の中でツバメ男は妙な立ち位置になっていた。こちらに危害を及ぼす素振りがないので、警戒心が緩んできているのも否めない。でも、たかが数回会話をした程度で絆されてしまうほど、俺は子供でも世間知らずでもなかった。
「飯食べさせたら、俺の知りたいことに答えてくれるんだろ? 約束したよね」
「……したね。もう少しこの感動の余韻に浸っていたかったのに、透はせっかちだ。分かってるから食べ終わるまで待って」
俺のそっけない態度に興が削がれてしまったのか、男はまた黙々と料理を食べ始めた。
批判ならともかく、褒めてくれたのだからもうちょっと嬉しそうにした方が良かったのだろうか。拗ねているようにも見えるツバメの姿に、悪いことをしてしまったみたいな気持ちになる。でも、あれは仕方ないだろう。あまりの誇大表現に、嬉しさよりも不信と戸惑いの感情の方が優ってしまったのだから。
気まずい空気が漂う。自分の部屋なのに居心地が悪くなった。
「ごちそうさまでした」
丁寧に手を合わせながら食事の終わりを宣言する。俺が作った料理は、付け合わせのスープ共々綺麗に完食された。見た目や言動におかしなことは多々あるけど、このツバメ……やはり食事のマナーが良い。
「さて……お待ちかねの透の番だよ。何が知りたい?」
「むしろ知りたいことしかないよ……」
俺の台詞を聞いてツバメは鼻で笑った。