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※※※
今日は、美兎ちゃんが受験した『葉練池《はれんち》高等学校』——略して”ハレ高”の合格発表の日。
電話での結果報告を待っているだけだなんて、そんな事できなかった俺は、美兎ちゃんに内緒でハレ高までやって来ると、ドキドキと鼓動を高鳴らせながら校門前で美兎ちゃんの姿を探した。
きっと、美兎ちゃんなら無事に合格しているはずだろう。そうは思っても、やはり緊張はする。
嬉しそうに笑顔を咲かせる生徒達や、涙を流しながなら帰宅してゆく生徒達を横目に、美兎ちゃんとお揃いで購入した合格祈願の御守りをギュッと握りしめる。
何故、受験生でもない俺が御守りを持っているかだなんて、そんなの理由は一つしかない。ただ、美兎ちゃんとお揃いで持っていたかったからだ。
きっと、これで御利益も2倍なはず。
(うさぎちゃん……)
中々見つからない美兎ちゃんの姿を探し求めて、校門前をふらふらと彷徨い歩く。
いくら探しても見つからない美兎ちゃんに不安を募らせると、流れ出そうになる涙をグッと堪える。その顔は、堪えすぎるあまり般若の如く形相へと近付き、まるでメンチを切っているヤンキーのようだ。
黒縁眼鏡に七三という髪型で、その見た目にそぐわずヤンキーのような表情を見せるダサ男。そんな俺を見て、不審そうな顔を見せながら通り過ぎてゆく中学生達。
「——あっ! 瑛斗せんせぇ〜!」
———!!
待ち望んでいたその姿を目にした瞬間、俺はヤンキー般若から瞬時に破顔させると、両手を目一杯広げて天使を受け止める体制に入った。
今までにも何度か訪れたこの機会。きっと、今回も俺の期待も虚しく、天使ちゃんは直前になって小悪魔ちゃんへと変わるのだろう。
そうは思っても、ニヤケ顔が止まらない。
(さぁ……! 今日こそ俺の胸に、飛び込んでおいで♡♡♡♡)
———ドン
「はへ……?」
その軽い衝撃と共に間抜けな声を漏らした俺は、両手を広げたままその場で固まった。
「瑛斗先生っ! ……受かったよ! ミトも衣知佳《いちか》ちゃんも、2人共合格したよっ!」
美兎ちゃんの可愛らしい声を聞きながら、俺の鼻からタラリと流れ出る鼻血。
これは、夢なのだろうか——? その確かな温もりに下へと視線を移してみると、俺の身体にギュッとしがみつきながら満面の笑顔を咲かせている美兎ちゃんがいる。
(フギュッ……!!? グホォォォオーー!?♡!?♡!?♡ なんだコレ!? ……夢!!? 夢なのか!!? 俺は白昼夢でも見ているのか……っ!?♡!?♡)
「ガハァ……ッッ!!♡!!♡!!♡」
その信じがたい光景に思わず吐血すると、その口元と鼻血をこっそりと拭って平静を装う。
「っ、……合格おめでとう、美兎ちゃん」
「うんっ!」
大興奮の美兎ちゃんは、そう笑顔で答えながらもギュウギュウと俺を抱きしめる。
そんな姿が愛しすぎて、今すぐにでも抱きしめ返したいところだが……。俺のシェンロンが今にも大暴れしてしまいそうで、正直それどころではない。
ズキズキと痛む股間をモジモジとさせながら、抱きしめたい欲望と我慢との狭間で、宙に浮かせたままの両手の指をワキワキとさせる。
(っ、……ぐあぁぁぁああーー!!! 今すぐ、押し倒したいっ♡!!♡!!♡!!♡)
美兎ちゃんもその気のようだし、俺としては今すぐにでも押し倒してあげたいところなのだが……。
こんな場所でフライアウェイしてしまったら、間違いなく俺はすぐさま複数の先生達によって取り押さえられてしまうだろう。そしてそのまま、警察の元へとフライアウェイだ。
俺は獄中結婚だなんて、そんな未来は望んじゃいない。ここは何とか堪えるしかないのだ。
(静まれ……っ、俺の燃え滾《たぎ》るシェンロンよ……!!!)
蕩けた顔と般若の如く形相で、1人耐え忍ぶ俺の顔はまさに百面相状態。ここが学校でさえなければと、そればかりが悔やまれる。
「——あっ! 瑛斗先生だ!」
そんな悪魔の声と共に、ワラワラと集まり出した美兎ちゃんの同窓生達。その中には勿論市橋少年の姿もあるが、今の俺は幸せだからそんな事は大して気にはならない。
何より、全く鎮《しず》まる気配を見せないシェンロンを抑えるのに手一杯で、正直それどころではなかったりする。
「もぉ〜。美兎ったら、突然いなくならないでよね」
「ごめんね。瑛斗先生が居るのが見えたから、早く報告したくて……」
悪魔にそう返事を返しながらも、エヘヘッと笑って見せる美兎ちゃん。
そんなに俺に会いたかったとは……。こんなにも情熱的に迫られてしまっては、俺のシェンロンは鎮まるどころか大暴走だ。こんな場所で人目も憚《はばか》らずに迫ってくるとは、なんて大胆なアプローチ。
(っ……なんて、どエロい小悪魔ちゃんなんだ……ッッ♡♡♡♡)
その素敵な脳内変換に、更なる暴走の兆しを見せ始める俺のシェンロン。もはや、誰にも止められはしないだろう。
未だ俺に抱きついたままの美兎ちゃんの温もりに酔いしれながら、まるで拷問のような苦しみに小さく呻いては苦悶の表情を浮かべる。
もうこのままいっそ、美兎ちゃんと一緒に大人の世界へとフライアウェイしてしまおうかと、覚悟を決めて抱きしめ返そうとした——その時。
「もぉ〜、いつまで抱きしめてるの? 瑛斗先生、困ってるよ」
「……あっ! ホントだ! つい嬉しくって……。瑛斗先生、ごめんなさい」
悪魔の余計なお節介で、あっさりと離れてしまった美兎ちゃん。俺のこの覚悟は、一体どこへ着地すれば良いというのだろうか……?
(クソッッ!! っ、……この悪魔めっ!! 俺のせっかくの覚悟を邪魔しやがってっ!!!!)
着地点を見失った両手をそのままに、俺はその悔しさから涙を滲ませると天を仰いだ。
そもそも、すぐに抱きしめ返す勇気をもてなかった俺が悪いのだ。そんなこと、頭の片隅ではわかっている。
できるものなら、5分前に戻って全てをやり直したい。
未だかつて、こんなにも悔やんだ事があっただろうか——? いや、ゼロだ。
「く、……っ」
あまりの悔しさから小さく声を漏らすと、両手を握り締めてプルプルと震える。
「……あ、そ〜だっ! 瑛斗先生! ミト受かったから、ご褒美にレストランに連れて行ってくれるんだよね!?」
後悔に打ちひしがれている俺に向けて、満面の笑顔を見せる美兎ちゃん。その瞳はキラキラと輝き、まるでこの世に2つとないダイアモンドのように美しい。
これは間違いなく、恋する乙女の瞳。
「……っ、うん♡」
俺は瞬間に破顔させると、美兎ちゃんを見つめてだらしなく微笑む。
「え〜! いいなぁ〜!」
「前から約束してたの。合格したら、美味しいレストランに連れて行ってくれるって。……瑛斗先生、衣知佳ちゃん達も一緒じゃダメ?」
———!!?
(フグゥ……ッッ!?♡!?♡!?♡)
突然の美兎ちゃんからのおねだり攻撃にビクリと飛び跳ねると、その可愛さの衝撃に気を失いかけてはフラリとよろける。
恋する乙女の猛追は留まる気配を見せないばかりか、こんなにも俺に向けて必死にアピールをするとは……。愛しすぎて、たまらない。
これはもう、シェンロン発動許可がおりたと言っても間違いではないだろう。
「……うん♡ (いつでも準備はできてるから)いいよ♡」
「えっ!? ホントにっ!? やったぁ〜!」
「良かったね、衣知佳ちゃん」
俺達の門出を祝ってくれているのか、それは大喜びで満面の笑顔を咲かせる悪魔。そんな悪魔の思いを、決して無駄にはしない。
俺は今から——。
(うさぎちゃんと一緒に、大人の世界へとフライアウェイだ……ッッ♡♡♡♡)
もはやまともに話しなど聞いていない俺は、アダルトな妄想に取り憑かれたまま不気味な笑顔を浮かべる。
もうすぐ美兎ちゃんも高校生。少しばかり早い気はするが、美兎ちゃんが望むのなら俺が応えないわけがない。
ゾロゾロと着いてくる生徒達に気付かないまま、その素敵な妄想にうっとりとしながらレストランへと向かい始めた俺。その目には、もはや隣にいる美兎ちゃんの姿しか映っていない。
予め行く予定でいた少し高めのレストランへと着いた時には、時すでに遅し。途中、美兎ちゃんが大勢いるように見えたのは、どうやら俺の錯覚ではなかったらしい。
何故か美兎ちゃんを含めた計5人の生徒達にご馳走する羽目になった俺は、その後予定していたシェンロンを発動することもなく、代わりに財布から大量の現金をフライアウェイさせたのだった。