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走り書き。いつだったか書いてた小説。
中太じゃなくかもしれない(クソ野郎)
変だったらごめんね。
窓の外、ヨコハマの街の灯りが宝石をぶちまけたように光っている。ポートマフィアの本部ビルから眺めるその景色は、いつ見ても冷徹で、それでいてひどく孤独を誘うものだった。 中原中也は、デスクの上に散らばった書類の山をようやく片付け終え、深く椅子に背を預けた。首を回すと、骨が小さく鳴る。今日も今日とて厄介な抗争の火種を消し、部下への指示を出し、終わりの見えない事務処理に追われていた。 ふと、デスクの端に置かれた端末が震えた。規則的なバイブレーションの音。画面を見ずとも、それが誰からの連絡かは分かる。この時間に、中也の執務室に直接繋がる番号へかけてくる物好きは、世界にたった一人しかいない。 中也は溜息をつき、けれどその指先は迷いなく端末を拾い上げた。
「……何の用だ、太宰」 『おや、冷たいねぇ。仕事終わりの恋人に「お疲れ様」の一言もないのかい?』
スピーカー越しに聞こえてくる声は、相変わらず飄々としていて、どこか捉えどころがない。けれど、その奥に潜むかすかな熱を、中也は聞き逃さなかった。 「あいにく、お前のふざけた声を聞いて疲れが吹き飛ぶような体質じゃねぇんだよ。もう帰る。用がねぇなら切るぞ」 『待った、待って。切らないでくれたまえ。今、探偵社の近くのいつもの歩道橋にいるんだ。そこから君の職場が見える。一番上の階の、端から三番目の窓。電気が消えたね』 「……ストーカーかよ、手前は」
中也は苦笑しながら、コートを手に取った。電気が消えたことを確認してから声をかけてくるあたり、計算高いというか、それだけ自分のことを見ているのだと自覚させられる。それが嫌かと言われれば、間違いなく「嫌いだ」と答える。だが、同時にその執着のない見守り方が、今の自分たちにはひどく心地よいのだとも知っていた。
「で、そこで何してんだ」 『何って、月を眺めているのさ。今日はとても綺麗だよ。……それから、君の帰りを待っている。一人で歩くには、今日の夜風は少しばかり感傷的すぎるからね』
太宰の言葉は、いつもどこか詩的で、本心がどこにあるのかを隠すヴェールのようだ。けれど、同棲を始めてからの中也には、そのヴェールの隙間から漏れ出す「寂しさ」や「愛情」の形が手に取るように分かった。 エレベーターに乗り込み、一階へと降りる。マフィアの構成員たちが深々と頭を下げていく中、中也は耳元の端末を離さなかった。
「風が冷てぇなら、どっか店にでも入ってろ。今から車を出す」 『いや、歩道橋がいい。ここで君が来るのを眺めていたいんだ。光の粒の中を、君の車が走ってくるのを。……急がなくていいよ。ただ、切らないで』 「……あぁ、分かったよ」
駐車場に向かい、愛車に乗り込む。エンジン音が夜の静寂を切り裂く。中也はハンドルを握り、ゆっくりとアクセルを踏んだ。スピーカーからは、太宰の規則的な呼吸音が聞こえてくる。 二人の関係には、明確な境界線がない。どちらが主導権を握るわけでもなく、どちらかが従うわけでもない。ただ、欠けたパズルが噛み合うように、互いの存在が生活の一部として溶け合っている。 かつては殺し合うほどに憎んでいた。今でも口を開けば罵倒が飛び出す。けれど、互いの体温を知り、眠れない夜に背中を預け合い、生活という名の地味で確かな時間を積み重ねてきた今、その「嫌い」という言葉は「愛している」と同じだけの重みを持つようになった。
「太宰、生きてるか」 『失礼だね。心臓は動いているし、君の声もしっかり聞こえているよ。……中也、今日の晩御飯は何にしようか』 「……手前が作る気ねぇのは分かってる。帰りにスーパー寄って、適当に惣菜でも買うか。それとも、何か食いたいもんあんのか」 『君が焼いた肉がいいな。味付けは濃いめで。あぁ、それと、昨日君が隠したワイン、まだ残ってるだろう?』 「バレてたか。ありゃあ大事なやつなんだよ。……まぁ、いい。今日くらいは開けてやる」
他愛もない会話。殺伐とした裏社会で生きる彼らにとって、この「普通」の時間がどれほど奇跡に近いものか、二人は言葉にせずとも理解していた。 歩道橋が見えてくる。その中央、街灯に照らされて、砂色のコートがふわりと揺れているのが見えた。太宰は端末を耳に当てたまま、こちらを見下ろしている。 中也は歩道橋の袂に車を止め、外に出た。 潮風が髪を揺らす。見上げた先、太宰と目が合った。太宰はゆっくりと端末をポケットにしまい、階段を降りてくる。その足取りはどこか頼りなげで、けれど確かな意志を持って中也へと向かっていた。
「お疲れ様、中也」 「……あぁ。待たせやがって」
至近距離で向き合うと、太宰の瞳に自分が映っているのが見える。そこには、かつての「黒の時代」に抱えていたような虚無はない。ただ、一人の人間を欲し、受け入れようとする静かな光があった。 中也は無造作に手を伸ばし、太宰の首元に巻かれた包帯の乱れを直した。太宰はその手を拒まず、むしろ自ら頬を寄せるようにして目を細める。
「手が冷たいね。ずっと外にいたのかい?」 「手前を待たせねぇように急いだんだよ。……帰るぞ。腹減った」 「ふふ、そうだね。帰ろう。私たちの家に」
「私たちの家」。その言葉が、中也の胸を僅かに締め付ける。帰る場所がある。待っている奴がいる。それは、このヨコハマの闇を生き抜く者にとって、何よりも残酷で、何よりも温かな呪縛だった。
車内は静かだった。けれど、それは気まずい沈黙ではない。互いの気配を確かめ合うための、贅沢な空白だ。 スーパーに寄り、適当な食材と少しばかり贅沢なつまみを買い込む。レジで会計を済ませる中也の横で、太宰は興味なさそうに、けれど中也の裾を軽く掴んだままぼんやりと周囲を眺めている。その姿は、まるで迷子にならないようにしている子供のようでもあり、あるいは自分の所有物を誇示しているようにも見えた。 マンションの自室に入り、鍵を閉める。その瞬間、太宰が後ろから中也の肩に顔を埋めた。
「重てぇ。離れろ」 「嫌だね。外では我慢していたんだ。……中也、今日は一段とマフィアの匂いがする」 「仕事帰りなんだから当たり前だろ。……手前だって、砂埃と探偵社のインクの匂いがしてやがる」
文句を言いながらも、中也は太宰を突き放そうとはしなかった。むしろ、その重みを受け入れるように少しだけ重心を下げる。 どちらからともなく、リビングのソファに倒れ込んだ。食材の袋はテーブルに放り出したままだ。薄暗い部屋の中、月明かりだけが二人を照らしている。
太宰の手が、中也の頬を撫でた。指先に残る火薬の匂いを、太宰は愛おしそうに吸い込む。中也もまた、太宰の細い首筋に手を回し、その拍動を指先で感じ取った。 ここには、マフィアの幹部も、武装探偵社の社員もない。ただの、名前を持った二人の男がいるだけだ。
「……なぁ、太宰。お前、たまに死にそうな顔して電話してくるの、やめろよ」 「そんな顔をしていたかい? 心外だなぁ。私はいつだって、最高にハッピーな心中相手を探しているというのに」 「嘘つけ。声が震えてたぜ。……寂しかったんなら、そう言やぁいいんだよ」
中也が真っ直ぐに太宰の瞳を見据えると、太宰は一瞬だけ、困ったような、ひどく幼い笑みを浮かべた。 「……君には敵わないね。そうだよ、寂しかった。君のいない世界があまりに静かすぎて、自分の輪郭が消えてしまいそうだった。だから、君の罵倒を聞いて、繋ぎ止めてほしかったんだ」 「……馬鹿じゃねぇの。俺がいなくなるわけねぇだろ」
中也は太宰の額に自分の額をぶつけた。少しだけ乱暴な、彼なりの親愛の情だ。 「手前が死にたくてたまらねぇ時も、俺がこの手で引きずり戻してやるよ。お前の面倒を見るのは、世界中で俺一人で十分だ。……嫌いだけどな」 「あはは、光栄だね。私も君のことは大嫌いだよ、中也。……死ぬまで離してあげないからね」
それは、世界で一番不器用な愛の誓いだった。 二人の唇が重なる。どちらが誘ったわけでもない。ただ、体温を分かち合うことが、息をすることと同じくらい自然な欲求としてそこにあった。 舌先が絡み合い、互いの呼吸が混ざり合う。深い愛撫の中で、どちらが与え、どちらが受け取っているのかという境界線は次第に曖昧になっていく。中也が太宰の服の中に手を滑り込ませれば、太宰もまた、中也の首筋に歯を立て、確かな生の証を刻みつける。 それは激しい情動というよりは、深く、静かな確認作業に近い。 今、ここにいること。 明日も、ここにいること。 それを互いの肌を通じて、魂に直接書き込んでいく。
「……ワイン、開けるか」 少しだけ上気した顔で、中也が呟く。太宰は満足げに頷き、中也の胸に頭を乗せた。 「そうだね。一番高いやつをお願いするよ。……その後は、また二人で泥のように眠ろう」
キッチンから、ワインを開ける小気味よい音が響く。太宰はソファで丸まりながら、その音を聞いていた。 かつて彼が求めた「死」という名の救済は、今ではこの穏やかな日常の中に、微かなスパイスとして残っているに過ぎない。 愛している。憎んでいる。けれど、離れられない。 そんな言葉では到底言い表せないほど、二人の結びつきは強固で、そして脆い。 窓の外では相変わらずヨコハマの街が輝いている。けれど、今の彼らにとって、世界はこの小さな部屋だけで完結していた。
運ばれてきたグラスを合わせ、小さな音が響く。 「乾杯。最悪の相棒に」 「乾杯。愛しい君に」
皮肉めいた微笑みを交わしながら、二人はグラスを傾ける。 明日もまた、太宰はふらりとどこかへ消え、中也はマフィアの仕事をこなすだろう。そしてまた、夜になれば電話が鳴り、どちらかがどちらかを待つ。 その繰り返しが、どれほど愛おしいか。 彼らはそれを、一生をかけて味わい尽くすつもりだった。 絶対に別れない。 その確信だけが、二人の夜を優しく、どこまでも深く包み込んでいた。