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第56話「人間の彼氏が四百年生きるか選ばされる場合」
森野リリカの部屋。
午後九時十三分。
エリアスからの電話。
『ソフィアは相沢さんに選んでほしいと言っています』
森野。
「何を?」
『人間として普通に老いて死ぬか』
「……」
『それとも』
『エルフと同じ時間を生きるか』
沈黙。
森野。
「そんなこと」
声。
低い。
「選べるわけないでしょう」
相沢。
「森野さん」
「選べません」
「まだ俺、何も」
「駄目です」
「話くらい」
「駄目です!」
相沢。
黙る。
森野。
「そんな」
「……」
「怪しい実験」
「受けさせません」
電話の向こう。
エリアス。
『私も』
「……」
『受けるべきではないと思っています』
森野。
「なら断ってください」
『ただ』
「何です?」
『ソフィアは』
少し間。
『すでに成功したと言っています』
森野。
「……何に?」
『人間の寿命を』
『延ばすことに』
相沢。
「さっき送られてきた血?」
エリアス。
『おそらく』
森野。
「誰の?」
『それを』
「……」
『直接見せたいそうです』
森野。
「罠です」
アルト。
電話越しではなく。
部屋。
壁際。
腕組み。
「罠だな」
森野。
「いつまでいるの?」
アルト。
「妹が狙われてるのに帰れるか」
「百二十年間会わなかったくせに」
「百二十年間は狙われてなかった」
「それはそうだけど」
相沢。
「会います」
森野。
「相沢さん」
「ただし」
「……」
「警察にも相談する」
「一人では行かない」
「森野さんも来る」
アルト。
「私も行く」
森野。
「あなたは絶対来ると思ってました」
エリアス。
『私も同行します』
森野。
「ソフィアさんが逃げません?」
『私が行かなければ』
『むしろ会わないでしょう』
翌日。
指定場所。
意外にも。
ホテル。
都内。
最上階。
ラウンジ。
昼。
人。
多い。
警察にも。
事前相談。
周辺で。
待機。
森野。
相沢。
アルト。
エリアス。
四人。
指定された席。
待つ。
午後二時。
女性。
現れる。
長い。
銀色の髪。
耳。
隠していない。
見た目。
三十代。
実年齢。
四百三十一歳。
ソフィア。
エリアスを見る。
「お父様」
エリアス。
「ソフィア」
森野。
父娘。
十一年ぶり。
なのに。
抱擁。
なし。
笑顔。
なし。
ソフィア。
森野を見る。
「森野リリカ」
「はい」
「初めまして」
「私の血」
森野。
「返してください」
ソフィア。
少し笑う。
「率直ですね」
「百四十三歳なので」
「若い」
森野。
「その感覚やめてください」
ソフィア。
相沢を見る。
「相沢直人」
相沢。
「はい」
「三十一歳」
「はい」
「健康」
「今のところ」
「祖父九十二歳」
相沢。
表情。
変わる。
「そこまで調べたんですか」
森野。
「だから気持ち悪いんです」
ソフィア。
「研究には必要です」
森野。
「本人の同意なしに調べるのは研究じゃありません」
高橋から。
何度も聞いた。
言葉。
ソフィア。
「なるほど」
「何です?」
「あなた」
「……」
「ずいぶん人間らしくなりましたね」
森野。
「褒め言葉として受け取ります」
アルト。
少し。
森野を見る。
ソフィア。
「相沢さん」
「はい」
「あなたは」
「森野リリカより」
「先に死ぬでしょう」
森野。
「やめてください」
相沢。
「たぶん」
森野。
相沢を見る。
ソフィア。
「怖くありませんか?」
「怖いですよ」
「なら」
ソフィア。
鞄。
小さなケース。
机。
置く。
森野。
身構える。
ソフィア。
開ける。
中。
注射器ではない。
写真。
一枚。
老人。
男性。
白髪。
車椅子。
ソフィア。
「この人」
「はい」
「現在」
「……」
「百三十八歳です」
相沢。
「人間?」
「完全な人間です」
森野。
「証拠は?」
「あります」
「あなたの説明以外で?」
ソフィア。
USBメモリ。
置く。
「医療記録」
「出生記録」
「家族記録」
「遺伝子解析」
森野。
「本人の同意は?」
ソフィア。
「あります」
森野。
少し。
意外そうな顔。
ソフィア。
「私を」
「悪人だと思っていますか?」
森野。
「血を盗んだ人です」
「それは認めます」
「犯罪です」
「分かっています」
「なら」
「それでも」
ソフィア。
「必要だった」
森野。
「その考え方が嫌なんです」
ソフィア。
黙る。
エリアス。
「ソフィア」
「何です?」
「彼は」
写真。
「誰だ」
ソフィア。
父を見る。
「覚えていませんか?」
エリアス。
写真。
近づける。
長い。
沈黙。
そして。
顔。
変わる。
「……まさか」
ソフィア。
「覚えていた」
森野。
「誰?」
エリアス。
声。
震える。
「私の」
「……」
「孫です」
森野。
「孫?」
相沢。
「ソフィアさんの子?」
ソフィア。
「はい」
「父親は?」
「人間でした」
森野。
「じゃあ」
「ハーフエルフ?」
ソフィア。
「いいえ」
「え?」
ソフィア。
写真を見る。
「ほぼ」
「人間として生まれました」
森野。
「ほぼ?」
「耳も」
「寿命も」
「身体も」
「人間に近かった」
エリアス。
「死んだと」
ソフィア。
「そう伝えました」
エリアス。
「なぜ!」
初めて。
八百十二歳のエルフが。
声を荒らげる。
ソフィア。
「あなたなら止めたから」
「何を?」
ソフィア。
「実験を」
森野。
背筋。
冷える。
「自分の息子に?」
ソフィア。
「本人が望みました」
「何歳のとき?」
「七十九歳」
「それから?」
「五十九年」
ソフィア。
写真。
指で。
触れる。
「ほとんど老化していません」
高橋が。
後日。
記録を確認する。
それまでは。
何も。
信じられない。
でも。
もし。
本当なら。
相沢。
「何をしたんですか?」
ソフィア。
「最初は」
「私の血液」
森野。
「飲ませた?」
「いいえ」
「輸血?」
「違います」
「じゃあ?」
ソフィア。
「血液から」
「特定の成分を分離しました」
森野。
「何の?」
「まだ」
「完全には分かっていません」
相沢。
「分かってないものを使った?」
「はい」
森野。
「危険すぎます」
ソフィア。
「だから」
相沢を見る。
「五十九年観察しました」
森野。
「それで安全だと?」
「いいえ」
「なら!」
ソフィア。
「安全とは言っていません」
森野。
止まる。
ソフィア。
「息子には」
「副作用があります」
「何?」
ソフィア。
答えない。
森野。
「何ですか?」
ソフィア。
「傷が」
「……」
「治りにくくなりました」
「他には?」
「免疫機能の異常」
「他には?」
「睡眠障害」
「他には?」
ソフィア。
少し。
目。
伏せる。
「子供を」
「……」
「作れなくなりました」
森野。
完全に。
黙る。
相沢。
「それを」
「成功って呼んでるんですか?」
ソフィア。
初めて。
表情。
揺れる。
「生きています」
「でも」
「生きている」
「……」
「五十九年前」
ソフィア。
「何もしなければ」
「もう」
「死んでいたかもしれない」
森野。
「だからって」
「本人が選びました」
「選択肢を与えたのはあなたでしょう」
「はい」
森野。
「今度は」
相沢を見る。
「相沢さんに?」
「はい」
森野。
「絶対に嫌です」
相沢。
「森野さん」
「嫌です」
「俺が決めることだよ」
森野。
止まる。
「……」
相沢。
「やるって言ってない」
「……」
「でも」
「自分の寿命のことだから」
「俺が聞いて」
「俺が決める」
森野。
分かっている。
正しい。
でも。
嫌。
ソフィア。
「あなたなら」
「何を?」
「分かると思った」
森野。
「何が?」
「愛する人間が」
「自分より先に死ぬ恐怖」
森野。
何も言えない。
ソフィア。
「私は」
「母を見送りました」
「夫を見送りました」
「そして」
「息子まで」
「見送るはずだった」
森野。
「だから?」
「だから」
ソフィア。
「私は」
「寿命の違いを」
「運命として受け入れることを」
「やめました」
森野。
「……」
「それは」
「悪いこと?」
ソフィア。
聞く。
森野。
すぐには。
答えられない。
相沢。
代わりに。
「悪いことじゃないと思います」
森野。
見る。
相沢。
「長く一緒にいたいと思うこと自体は」
「普通だと思う」
ソフィア。
「なら」
「でも」
相沢。
「他人の血を盗むのは違う」
ソフィア。
沈黙。
「本人の同意なしに観察するのも違う」
「……」
「怖がらせるのも違う」
「……」
「目的が正しくても」
相沢。
「何してもいいことにはならない」
ソフィア。
長い。
沈黙。
エリアス。
娘を見る。
「聞こえたか」
ソフィア。
「聞こえています」
「なら」
「でも」
ソフィア。
相沢を見る。
「あなたは」
「まだ若いから」
「そう言える」
相沢。
「そうかもしれません」
「七十歳になれば」
「変わるかもしれない」
「はい」
「九十歳になれば」
「もっと」
「はい」
「森野リリカが」
「今の姿のまま」
「あなた一人が」
「老いていったとき」
「……」
「同じ答えができますか?」
相沢。
答えない。
森野。
相沢を見る。
怖い。
相沢が。
答えないことが。
でも。
相沢。
「分かりません」
ソフィア。
「でしょう?」
「未来の俺は」
「今の俺には分からない」
「……」
「だから」
相沢。
「今日決めません」
森野。
息。
吐く。
ソフィア。
「時間はあります」
「そうですね」
「あなたには」
「五十年くらい?」
「たぶん」
ソフィア。
「私には」
少し笑う。
「五十年は短い」
森野。
「私にも」
相沢。
「俺には長いです」
三人。
時間。
違う。
同じテーブル。
座っているのに。
流れている時間が。
違う。
ソフィア。
「一つだけ」
「何です?」
「誤解を訂正します」
森野。
「何?」
「あなたの血液」
「……」
「私は持っていません」
森野。
「え?」
アルト。
「どういうことだ」
ソフィア。
「私が手配した人間が」
「病院から持ち出しました」
森野。
「同じでしょう!」
「でも」
「その後」
ソフィア。
「奪われました」
全員。
止まる。
森野。
「誰に?」
「分かりません」
「嘘」
「本当です」
「じゃあ」
森野。
「今」
「私の血は」
ソフィア。
「私にも」
「所在が分かりません」
エリアス。
「いつ奪われた?」
「病院を出て」
「約二十分後」
アルト。
「車が放置されていた時間と合う」
ソフィア。
「はい」
森野。
「じゃあ」
血を盗んだ者。
ソフィア。
取り返そうとした者。
アルト。
さらに。
ソフィアから。
奪った者。
第三者。
森野。
「まだ」
「別の人がいる?」
ソフィア。
「います」
「誰?」
ソフィア。
初めて。
はっきりと。
不安そうな顔。
「私も」
「それを知りたい」
そのとき。
森野のスマートフォン。
着信。
高橋。
「はい」
『森野さん』
「先生」
『盗まれた血液について』
「見つかったんですか?」
『いいえ』
高橋。
声。
硬い。
『それより』
「何です?」
『研究所に』
「……」
『荷物が届きました』
森野。
「荷物?」
『冷凍便です』
「中身は?」
高橋。
沈黙。
『血液です』
森野。
「私の?」
『おそらく』
「返ってきた?」
『違います』
森野。
「え?」
高橋。
『量が』
「……」
『増えています』
森野。
意味が。
分からない。
「どういうこと?」
『盗まれたのは』
『採血管一本』
「はい」
『届いたのは』
高橋。
『十二本です』
森野。
「十二本?」
『そして』
「……」
『すべてのラベルに』
『森野リリカ』
『と書かれています』
森野。
自分の腕を見る。
自分から。
十二本も。
採られたことはない。
なら。
これは。
誰の血なのか。
高橋。
『森野さん』
「はい」
『一部を緊急検査しました』
「……」
『あなたの血液と』
「はい」
『ほぼ同じ特徴があります』
森野。
「ほぼ?」
『ただし』
高橋。
息。
吸う。
『あなたのものではありません』
森野。
「じゃあ」
『遺伝的に』
「……」
『非常に近い』
森野。
ゆっくり。
兄。
アルトを見る。
でも。
違う。
高橋。
『おそらく』
『あなたの』
「……」
『血縁者です』
森野。
母。
兄。
それ以外。
知らない。
エレナは。
京都。
アルトは。
目の前。
森野。
「誰?」
その答えは。
その夜。
母。
エレナから。
聞くことになった。
『リリカ』
電話の向こう。
母が。
長い沈黙のあと。
言った。
『あなたには』
「……」
『もう一人』
『姉がいるの』
森野。
百四十三歳。
今日初めて。
自分に。
姉がいることを。
知った。
コメント
1件
えええええ!?!?😱💦 まさかの生存・いや延命成功例が存在してた上に、森野さんの血が複製されて届くとか何この展開…!ソフィアさんの「私は運命として受け入れることをやめた」って台詞、悪人ってわけじゃないからこそ心に刺さるな…。そしてまさかの姉⁉️ 次回が気になりすぎて今夜眠れないよおおお!!😭💕