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そのあとすぐまたメッセージが届く。
【今週は会えないっていったょ?】
思わず「ひっ」と悲鳴を上げてしまった。
深呼吸してどくどくと高鳴る鼓動を落ち着かせながら返事をする。
【そうだった。ごめん。また】
いつも優斗がくれるような短いメッセージを送った。
すると、衝撃的なメッセージが届いた。
【はやくのあのことだきしめてー】
【会いたいょ♡】
【すきすきすきーだょ♡♡♡】
い、いちいち語尾を小文字にするなあああああっ!!!
いや違う。落ち着け。落ち着こう。
深呼吸して乱れる呼吸を整える。
優斗はこの乃愛という子と個人的に会っている。
まだSNSのNoaと同じ子なのか確定できないけれど。
それでも、限りなくクロに近い。てか、もうクロでしょ。
とりあえず自分のスマホでやりとりの写真を撮り、向こうから反応がなくなったのを確認してトーク画面を削除した。
きっと優斗もこうやって証拠を消しているんだ。
私に見られてもいいように。
やだ。気持ち悪い。
いつから乃愛と会っていたの?
乃愛と浮気していたの?
乃愛を抱いた手で私のこと抱いたの!?
「最悪……キモチワル」
吐き気がしてきてトイレに駆け込んだ。
猛烈な嫌悪感が襲ってきて腕に蕁麻疹が出た。
「やだ、やだ、やだ……サイテー」
勢いでトイレットペーパーをカラカラしてしまった。
長く伸びたペーパーをくしゃっと握りしめる。
「え、何……帰宅が遅くなっていたのは、仕事じゃなくて……?」
そういえば、残業の日はいつもリビングに入る前にお風呂に直行する。
もうずっとそうだから気にしなかった。
けれど、そういうことならずっと前から乃愛と関係があるってことだよね?
少なくとも去年のクリスマスは乃愛と会っていた。
「おーい、紗那。俺のメシは?」
トイレの外から優斗の声がした。
そのセリフにも腹立たしさが込み上げて、私はトイレのドアを思いきり睨みつけた。
優斗が他の女と会っているとき、私はクタクタに疲れた状態でご飯を作っていたの?
最悪。もう無理。優斗も優斗のお母さんも無理。
それでもずっとトイレに引きこもっているわけにはいかない。
重い足取りでリビングに戻ると、優斗はテレビを見て爆笑していた。
私の気配を悟った彼は振り向きざまに眉をひそめる。
「俺、腹減ってんだけど、早くしてくんない?」
ぶちっと頭のどっかの線が切れた。
黙って優斗の近くへ行き、ソファに座る彼の顔をじっと見下ろす。
「は? なんだよ。また母さんへの不満? いい加減にしろよな」
「いい加減にするのは優斗だよ!」
私が怒鳴り声を上げたせいか、優斗は驚いて目を丸くした。
だけど、私のこのぐちゃぐちゃな感情は制御できない。
「どうして同じように働いているのに家事ぜんぶ私がしなきゃいけないの? せめて家賃負担してよ! 私だってフルタイムで疲れてるのに、どうして優斗はゆっくりできて私が料理しなきゃいけないの! 毎朝優斗のお母さんの相手して、こっちは疲弊してるの! それなのに同居しろって? ふざけるなって言うの!」
言いたいことをぶちまけたあと、やってしまったと思った。
だけど後悔はしていない。
もうこれ以上我慢する必要なんてないんだ。
だって、私たちはもうとっくに破綻している。
さっきの乃愛とのメッセージを見たときに、私の中でひとつの覚悟ができたから。
呆気にとられていた優斗はみるみるうちに怒気のこもった表情になった。
「お前、なんだよ。ここ最近うざいんだよ。昔はもっとおしとやかで綺麗な女だったのに、最近は愛想がなくてうるさいだけじゃん。婚約したから安心したんだろ? そういう女ってダサいよ?」
頭の中に???????が飛び交った。
何言ってんの、こいつ。
「私がどうして変わったのか、わからないの?」
「だからさー、彼氏が結婚相手になったから気持ちが緩んでるんだよ。婚約する前はもっと女らしかったじゃん。下着だって可愛かったのに今じゃおばちゃんみたいなやつ着てるじゃん」
かああああっと顔が猛烈に熱くなった。
怒りで震えたのは初めてかもしれない。
「家賃も光熱費も払って食費も日用品もぜんぶ、私のお金で払ってるからでしょ! おかげで自分にお金がかけられないのよ!」
「そんなの俺の知ったことじゃねーよ。紗那が勝手にしてるだけだろ」
「一度でも自分が出そうと思ったことある? ないよね。いつも自分の好きなものばっかり買って散財しているもんね」
「あーうるさい! うるさい! 俺、今日は友だちんとこ泊まるわ」
そう言って優斗はソファから立ち上がり、寝室に着替えを取りにいった。
さっさと荷作りをする優斗の背中を見て思う。
友だちのところじゃない。乃愛のところへ行くんだ。
優斗が出ていったあと、しばらくして義母から電話がかかってきた。
虚ろな気分でしぶしぶ電話に出ると、すぐさま非難の声が飛んできた。
『紗那さん、優斗から聞いたわ。喧嘩したんですって?』
どうしてあなたがそんなことを知っているの?
『優斗は仕事で疲れているのよ。あなたはそれを支えなきゃいけないでしょう?』
何それ。私のほうが長時間働いてるんですけど!?
なんなら給料も私のほうが高いんですけど!?
『最近の女性は強いって聞くけど、男を立てることを覚えなきゃだめよ。あたしの頃はね、姑に言われることはきちんと聞いて、夫の少しあとを歩くようにしてね……』
60代のあなたとは時代が違うんですよ。
「……すみません。時間がないので切りますね」
『え? ちょっと紗那さん? あなたね……』
ブツッとこちらから通話を終了させた。
私は今まで何をしてきたのだろう。
優斗が喜んでくれると思って、疲れていても栄養のある食事を準備して、家も綺麗に保って、まわりが結婚する中ずるずると同棲を続けてきて。
ようやく結婚できると思ったら義両親との同居が条件。
あげくに優斗の不貞とか。
「あはは……バッカみたい……」
そう。バカなのは私だ。
こんな男とその母親の機嫌を取り続けてきたのだから。
ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
なんて無様なんだろうと自分に呆れた。
この結婚に幸せなんてあるはずがない。
気づけただけでもよかったのに、この5年間を思うと、あまりにも惨めだった。