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ホテルの部屋に入った途端、私はドアに縫いとめられた。噛み付くように与えられた1年ぶりのキスは、次第に激しさを増し一気にカラダを熱くした。
着ていたコートはドアのそばに落とされ、マキシ丈のシャツワンピースはもはや羽織ものと化している。
私はネクタイを緩める鷹也の手の下に自分の手を滑り込ませた。
ワイシャツのボタンを1つずつ外すのがもどかしい。早く、触れいたのだ。鷹也の肌に。肌を求めながらも、唇はお互いを求めていた。まるで離れてしまうと息が出来なくなってしまうかのように。
「……んァッ」
「杏子……手、後ろにまわして……」
熱くなった鷹也の首に手を回すとフワッと身体が持ち上がった。
まだ一度も目にしていなかった部屋の中にはダブルベッドが1つ。
ドサッと落とされるやいなや鷹也はワイシャツを自分で脱ぎ捨てた。
そして再び落とされるキス。
「杏子に飢えてた……」
「んっ……たかや……」
「……今日は寝かせないから。覚悟しろよ」
◇ ◇ ◇
「ん……?」
目を覚ますと、私はダブルベッドの上にいた。そして隣にいるのは……。
「鷹也……」
森勢鷹也(もりせたかや)、私の元カレが眠っていた。彼も私も一糸まとわぬ姿だ。
その瞬間、昨日のことが走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
昨日は高校の同窓会で久しぶりに鷹也と再会した。
途中から二人で飲み出して、終わってからも飲み足りないと、鷹也が宿泊しているホテルで飲もうって話になった。
でもこの部屋に入ってからはお酒を飲むこともなく――。
「やっちゃった……」
部屋に入るなりキスされて、そのまま流されちゃったんだ。
「ハァ……何やってんだろ……」
今更頭を抱えても仕方ないんだけど……。
時間を見ようとスマホを探すが、バッグが見つからない。どこに置いたっけ?
隣からはスースーと規則正しい寝息が聞こえる。ぐっすりと眠り込んでいて起きそうにない。
三回戦が終わったところまでは覚えている。けどその後は意識がもうろうとしていて、よく覚えていない。一時間は寝たのかしら。
「痛ッ!」
起き上がろうとして腰の痛みに気づく。
もうっ! 加減してよ。別れてから1年。こっちは久しぶりなんですけど……。
サイドテーブルのデジタル時計を見ると午前5:55だった。
ゴーゴーゴー……。
まるで早く行け、早く帰れって言われているみたい。
「飛行機、何時って言ってたっけ……」
商社に勤めている鷹也は、海外研修のためロサンゼルスへ行く。最低でも三年は戻らないらしい。
部屋の片隅には大きなシルバーのスーツケースが置かれていた。
「午後便としか聞いてないな……」
午後の早い便だとしても7時に起きれば間に合うだろう。
そう判断した私は、ベッドサイドのアラームを午前7:00にセットし、そっとベッドを抜け出した。
この狭い部屋でシャワーを浴びるつもりはない。彼を起こしたくないし、ましてやこの一夜を共にした気まずい朝に、どんな会話をしたらいいかなんてわからない。
私はやり直したかったのだろうか。
でもやっていける自信はある?
わからない……。
流された昨夜と違って、冷静に考えられる今は不安しかない。
あの人の言う通り、私たちはあまりにも違いすぎたから。
床に脱ぎ捨てられた服を身につけると、テレビボードに置かれたスマホが振動していることに気づいた。
鷹也のものだ。
アラームかと思い取り上げてみると、メッセージアプリの通知が立て続けに入ってきた。
ポンポンポンと5件。全部同じ『光希』と表示されている。
「……光希(みつき)さん?」
サーッと血の気が引く。
そういえば昨日も抱き合っている間、何度かスマホの震音を聞いた気がする。
ひょっとして、ロスへ出発する日だというのに鷹也と連絡が取れないから何度もメッセージを……?
ズキッと胸が痛んだ。
鷹也、やっぱりまだあの人と続いてたんだ。それなのにどうして私と?
「あ……」
言いようのない罪悪感が私を襲う。
一度身を引いたのは私。
鷹也の隣には今も別の女性が……。
そうよ、もう戻れるはずなかったのよ。
昨夜のことは一夜の過ちだ。鷹也だって久しぶりに会って、ちょっと懐かしくて、羽目を外してしまっただけ。
私も今更元サヤに戻れるなんて思っていない。だってこの人とは住む世界が違うんだから……。
鞄を手に、忘れ物がないか確認すると、静かにそっと部屋を出た。
置き手紙は残さない。きっともう、会うこともないだろう。
これは初恋を引き摺っていた私に、たった一夜だけ訪れた魔法のような時間だったのだ。
鷹也を好きだった。愛していた。でももう思い出にしなきゃね。
「バイバイ、鷹也………………幸せになってね」
【1ヶ月後】
昨日から始まったこの吐き気。
そういえば、来るべきものが来ていない……。
「どうしよう……私……」