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《朝の情報番組「ワイドビュー」》
キャスター
「続いて、オメガ隕石に関連した世界の動きをお伝えします。」
画面には、
海外の映像が次々と映し出される。
・ロサンゼルス
大型スーパーの入り口で、
“水だけ売り切れ”の札が貼られている。
・イタリア ローマ
薬局に行列。
人々がビタミン剤や簡易救急セットを買い込んでいる。
・韓国 ソウル
“地下シェルター相談会”に若者の姿が増えている。
解説者
「注意していただきたいのは、
“どこも暴動は起きていない”という点です。
ただ、世界が“構える”空気になり始めました。」
キャスター
「日本でも、昨日から“学校の欠席”が静かに増えています。
不安を感じる親御さんが増えているのかもしれません。」
スタジオに漂う微妙な緊張感。
誰も“安心”を言い切れない雰囲気になりつつあった。
《午後1時/アメリカ合衆国・ロサンゼルス》
テレビ局の生中継。
炎に包まれたスーパーマーケット。
半壊した入り口から、何人もの若者が商品を抱えて走り出していく。
「現在ロサンゼルス中心部では、多数の略奪が発生。
“終末前に欲しいものを手に入れろ”と呼びかける動画が拡散——」
リポーターの背後で、パトカーのサイレンが鳴り響いた。
「警察は鎮圧を試みていますが、
“どうせあと数十日”という意識が広がり、
抑止になっていない状況です。」
別の映像には、ニューヨークでATMを破壊する暴徒。
ヨーロッパでは、食品トラックが襲撃され略奪されている。
世界は静かに、しかし確実に壊れていた。
《午後7時/日本・総理官邸 控室》
鷹岡サクラは、湯気の立つコーヒーを手にしたまま、
海外ニュースを無音で眺めていた。
画面の中の燃える街、叫ぶ人々。
その光景は、現実離れしているのに、胸の奥を重く叩いた。
「……ここも、そうなるのかな。」
誰に言うわけでもない独り言。
その声に応えるように控室の扉が静かに開いた。
「総理、会議の前に少しお話よろしいですか?」
中園広報官が入ってきた。
スーツにしわが寄り、髪も少し乱れている。
この数日、彼女もほとんど寝ていない。
「広報の現場はどう?」
サクラが椅子をすすめると、中園は深く息を吐いた。
「……正直、きついです。
“もう何を信じればいいのか”っていう声が、あちこちから届いていて。」
「信じたいものより、怖いものが増えると、
人は何でも疑うようになるものね。」
中園は苦笑した。
「総理、よくそんな冷静に言えますね。」
サクラは軽く首を横に振る。
「冷静じゃないよ。
ただ……怖いって言い続けると、動けなくなるだけ。」
中園が少し迷ったあと、口を開く。
「総理。
……ご家族のほうは、大丈夫ですか?」
予想外の質問に、サクラは一瞬言葉を失った。
「娘から……さっき電話があったの。
“お母さん、寝てる?”って。」
「寝てないですよね。」
「寝てるって答えたら、“ちょっとだけ”って言葉が返ってきて……
ああ、全然バレてるんだなって。」
2人は短く笑った。
「……心配ですよね。」
「ええ、とても。
あの子がこれからどう生きていくか……
その選択肢が、毎日減っていってる気がして。」
サクラの声には、
“総理”ではなく“母親”の響きが混じっていた。
中園はゆっくり頷いた。
「総理、明日……国民向けにメッセージを出す案が来ています。
“今の総理の言葉が必要だ”という声が多いです。」
サクラはテレビ画面を見た。
そこではイギリスのロンドン市民が、 地下鉄のホームで泣きながら友人を抱きしめていた。
「……言うべきね。“いま”のうちに。」
《午後8時/総理官邸 会議室》
官邸会議が始まった。
机の上には各省庁の最新報告が並ぶ。
藤原危機管理監が読み上げる。
「アメリカでの暴動は拡大。
イタリア、スペインでも食料品の略奪が発生しています。」
防衛大臣・佐伯が腕を組む。
「日本は今のところ治安維持できていますが……
海外の映像が流れ続けると、心理的に引っ張られる可能性があります。」
白鳥レイナも出席していた。
「科学の数字より、
“人間の不安”が社会を動かし始めているのが分かります。
確率はまだ20%台。でも……空気は、もっと先に行っている。」
サクラが言う。
「人の心は数字じゃないから、ね。
……ところで皆さん。
ここ最近、ちゃんと家に帰れてます?」
突然の問いに、室内がざわついた。
中園が
「総理、それは……」と戸惑う。
サクラは首を横に振った。
「こういう時こそ、当たり前のことを言いたいの。
家族とか、恋人とか、友達とか……
誰かの顔を思い浮かべながら働いてる方が、
“正しい判断”ができると思う。」
藤原が静かに目を伏せた。
「……総理も、ですか?」
サクラは、ほんの少しだけ目を細めて笑った。
「もちろん。
あの子の笑顔が、私の判断材料よ。」
それは決め台詞ではなかった。
ただの母親の“本音”だった。
《午後10時/東京・街中》
若者たちが手持ち花火をしている。
「なんかさ、“最後の夏休み”って感じしない?」
「まだ春なんだけど。」
「細けぇことはいいんだよ。」
笑いながら写真を撮っているが、
その笑顔にはどこか影があった。
《深夜0時/大学寮》
学生たちが深夜に集まり、
“卒業までにやりたいことリスト”を作っていた。
「就活やめていい?」
「逆に今のうちに内定取っとく?」
「意味あんの、それ?」
議論は堂々巡りだ。
最後に、ある女子学生がぽつりと言った。
「終わるかもしれないなら……
ちゃんと生きたいよね。
逃げるんじゃなくて。」
その一言に、全員が静かになった。
《深夜/NASA・ミッションプランニング室》
青白いモニター光の中、
アンナ・ロウエル博士がコーヒー片手に計算結果を見ていた。
NASA技術主任
「衝突計画のシミュレーション、
『Phase-B(予備設計段階)』に移行してもいい頃だ。」
アンナ
「政治判断はまだでも……
準備だけでも進めなきゃ。
オメガのΔV(軌道変更に必要な速度)は大きくない。
でも、“時間の猶予”が少なすぎる。」
ESA
「ヨーロッパ側でも、 “衝突破壊型”と“偏向型”の二案を比較中だ。」
JAXA・白鳥レイナ(オンライン)
「日本としては、偏向型——
つまりキネティック・インパクター一択で進めます。
破壊はリスクが大きすぎる。」
NASA主任
「了解。
正式発表はまだ慎重に。
だが“影で動く”こと自体は反対しない。」
アンナは静かにモニターを見つめた。
(……誰にも言えない。
でも、このレースはもう始まってる。)
彼女の胸には、
科学者特有の“焦りと責任”が宿っていた。
《深夜3時/総理官邸 屋上》
サクラは冷たい夜風の中、
一人で空を見上げていた。
「みんな、必死に今日を生きてる。
明日を信じるために。」
遠くで雷が鳴った。
世界が軋む音のように聞こえる。
「明日……言わなきゃね。」
その声は、誰に向けたものでもなく、
ただ夜空の暗さに溶けていった。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.
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