テラーノベル
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◆ 同棲して2年目の春
部屋の窓を開ければ、少し暖かい風が入ってくる。
いつの間にか、ふたりの生活も“当たり前”になっていた。
「ねぇ、ないくんってさ、いつまでこの部屋にいる予定?」
ある夜、りうらがふいに聞いた。
「え。なんで?」
「いや、別に……気になっただけ。」
少し間を置いて、笑った。
「りうらの飯に飽きるまでは、かな。」
「は?」
「ほら、お前たまに急に焦がすし。トーストとか。」
「なにそれ。…答えになってないじゃん。」
りうらは拗ねたように言ったが、
心の中では少し、安心していた。
◆ プロポーズをしようと決めた日
会社の同期が結婚した。
式の写真を見せられて、適当に笑って流した。
だけどその夜、
ないくんが寝たあとのキッチンで、りうらは一人考えていた。
“好き”とか、“一緒にいたい”とかって、
ずっと言葉で繋いできたけど――
そろそろ、ちゃんと形にしたほうがいい。
誰に言うでもなく、でも確かに、決意の瞬間だった。
◆ 準備は、いつも不器用
リングを選びに行ったのは平日の昼休み。
ジュエリーショップにひとりで入るのは、正直キツかった。
「男性の方で、お相手様の指輪をお選びですか?」
「……まあ、そんな感じで。」
「おサイズは、お分かりでしょうか?」
「……知らないです。けど、たぶん、このくらい。」
自分の指を2本分あてて見せた。
わかってなさすぎて、店員に少し笑われた。
でもその笑いも、彼にとってはどこか暖かかった。
◆ 当日。サプライズは、うまくいかない。
「今日、外で飯食おうぜ。珍しく予約した。」
「え、まじ? 何かあった?」
「いや、別に。たまには、な。」
少し不審がりながらも、ジャケットを羽織った。
レストランの席に座っても、りうらはずっとソワソワしている。
「なんか落ち着かなくね?」
「落ち着いてるけど?」
「え、めっちゃ水飲んでんじゃん。」
「暑いし。」
会話はいつも通り。でも心は全然落ち着いていなかった。
料理が終わり、デザートのあと。
りうらはポケットから、小さな箱を取り出して――
……出そうとした瞬間。
「ん? なにそれ?」
「あっ、……あー……ちょっと待って、まだ……!」
「えっ、え? なに? ……あ、ごめん、見ちゃダメなやつ?」
「違う! てか、もう見たじゃん!!」
プロポーズは、完全に台無しだった。
◆ だけど、だからこそ。
部屋に戻って、ふたりとも無言。
やらかした空気が、ただただ重い。
そんな中、ないこがぽつりとつぶやく。
「……でも、りうらが何しようとしてたかは、わかった。」
りうらは下を向いて、頷いた。
「……なんか、ちゃんとした言葉、考えてたんだけどさ。
ないくんの前だと、全部ぐちゃぐちゃになるんだよね。」
「うん、知ってる。」
「……でも、ひとつだけ。」
手を取って、小さな箱を渡す。
「一緒に、いてほしい。これからも。りうらの隣に。」
しばらく黙っていたないくんは、ふっと笑って答えた。
「……“今だけ”って、最初は言ってたけど。」
「うん。」
「今だけじゃ、足りないなって思ってた。ずっと前から。」
りうらの指に、ないこが自分の手を重ねた。
「俺でいいの?」
「……ないくんじゃなきゃ無理。」
エピローグ
翌日。
部屋のテーブルには、昨夜渡された指輪の箱が置かれている。
隣には、ふたり分のマグカップ。
りうらが入れたちょっと濃すぎるコーヒーと、ないくんの残した半分のトースト。
なにも劇的なことはない朝。
でも、そこには**“これからも続いていく生活”**があった。
コメント
1件
一気読みしたけどさ…、 最高ッ"!