テラーノベル
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第11話:企業勢からのコラボ依頼と、物理的な「壁ドン」
あの「赤スパ暴動事件」から数日。
俺のチャンネル登録者数は、ついに五万人を突破していた。
もはや意味が分からない。
収益化の審査が通った直後に叩き出されたスーパーチャットの総額は、俺がこれまで生きてきた四十年の中で一度も見たことがない金額だった。
嬉しいか? いや、恐ろしい。こんな大金、来月の第61号様式(収入申告書)にどうやって書けばいいんだ。鈴木さんの冷たい笑顔がフラッシュバックして、毎晩胃薬をかじりながら眠りについている。
そんな限界生活を送っていたある日の午後。
俺がいつものようにカクカクのスマホでX(旧Twitter)を開くと、DM(ダイレクトメッセージ)の欄に、目を疑うような通知が来ていた。
『星乃宮(ほしのみや)アリス(公式アカウント)からメッセージが届いています』
「……は?」
星乃宮アリス。
VTuber界隈に少しでも明るい者なら、その名前を知らない奴はいない。業界最大手事務所『スターダスト・プロダクション(通称:スタプロ)』に所属し、チャンネル登録者数は100万人超え。可憐な声と圧倒的なゲームスキルで頂点に君臨する、トップ・オブ・トップの美少女VTuberだ。
そんな雲の上の存在から、底辺の極みである俺に、事務所を通さずに直接のDM?
スパムか、タチの悪いイタズラを疑いながらメッセージを開く。
『初めまして! 星乃宮アリスです✨ いつも切り抜き動画で大爆笑させてもらってます! 生活保護おじさん……ルシフェルさんの圧倒的なリアルさに感動しました! もしよろしければ、今度私のチャンネルで【人生相談コラボ】しませんか!? マネージャーには内緒のゲリラ配信で!』
「…………マジかよ」
本物だった。
公式マークが燦然と輝いている。しかも、事務所に内緒の直凸(ちょくとつ)ゲリラオファーだ。
普通なら、底辺VTuberが大手からコラボに誘われたら、嬉しさのあまり発狂して天井に張り付くだろう。これで一気に知名度が上がり、さらに稼げるようになるのだから。
だが、俺の脳内に真っ先に浮かんだのは「歓喜」ではなく「絶対的な拒絶」だった。
理由はいくつかある。
まず、四十歳の無職が、キラキラした成功者の二十代の女の子と何を話せばいいんだ。惨めになるだけだろ。
そして最大の理由が――『配信時間』だ。
大手のVTuberがコラボを行うのは、最も視聴者が集まるゴールデンタイム。すなわち、夜の21時から23時あたりが相場である。
しかし、俺にとって「夜の22時以降の配信」は、文字通り『死』を意味するタブーだった。
俺はカタカタと震える指で、キーボードを叩いて返信を打ち込んだ。
『星乃宮アリス様。お誘いいただき、身に余る光栄です。ですが、大変申し訳ありません。コラボはお断りさせていただきます』
そこまではいい。問題は断る理由だ。
「コミュ障だから」なんて理由では、押しの強そうなトップアイドルは引き下がってくれない気がする。俺は、これ以上ないほど切実な「物理的・社会的理由」をありのままに書き連ねた。
『実を申しますと、当アパートは築四十年の木造建築であり、壁がベニヤ板のように薄いのです。夜22時以降に少しでも大きな声(魔王の演技や笑い声)を出すと、隣に住んでいるガテン系の怖いお兄さんから、殺意のこもった「壁ドン」を食らいます。
もし騒音トラブルで警察を呼ばれたり、アパートを追い出されたりすれば、住所不定となり生活保護の受給要件を満たさなくなる恐れがあります。それは私にとってガチの死を意味します。ゆえに、夜間のコラボはお受けできません。申し訳ありません』
よし。完璧だ。
壁ドン(物理)。大家からの退去勧告。そしてセーフティネットの喪失。
こんな生々しすぎる底辺の事情を突きつけられれば、いくらトップアイドルでも「うわぁ、関わらんとこ……」とドン引きして諦めるはずだ。
送信ボタンを押し、深くため息をつく。
せっかくのチャンスを棒に振った? 知るか。俺の最優先事項は「この四畳半での安全な生活」なのだ。
――しかし、数分後。
スマホがブルッと震え、星乃宮アリスから爆速で返信が飛んできた。
『……読みました。涙が出ました』
「えっ?」
『ルシフェルさん、そんな過酷な環境で、常に暴力(壁ドン)と隣り合わせの恐怖に怯えながら、それでもリスナーのために配信をしてくれていたんですね……!』
「いや、違う。暴力に怯えてるのは事実だけど、ただ壁が薄いだけで――」
『声を出せば居場所(生活)を奪われる。まるで、現代の牢獄じゃないですか。そこまでして自分を削っているルシフェルさんの「深すぎる闇」、私、もっともっと知りたくなりました!!』
「違う違う違う! 闇じゃなくて、ただの日本の貧困! 建築基準法の問題!!」
俺のツッコミが届くはずもなく、画面の向こうのトップアイドルは、完全に「悲劇のヒーロー(おじさん)」という最悪の勘違いをブーストさせていた。
『分かりました! じゃあ、ルシフェルさんが大声を出さなくてもいいように、時間は夕方の18時から! しかも、小さな声でボソボソ喋る【限界おじさんの薄暗いASMR人生相談】という企画にしましょう! これならお隣さんにも怒られませんし、事務所にも怒られない突発ゲリラ枠でいけます! 絶対やりましょう! お返事待ってます!!!』
「あああああ……ッ!!!」
俺は頭を抱え、三万円のゲーミングチェアの上で身悶えした。
トップアイドルに「哀れみ」という名のロックオンをされてしまった。
しかも『ASMR人生相談』ってなんだ。四十歳のおっさんのボソボソした愚痴を、高音質でリスナーの鼓膜に届けてどうする気だ。そんなのただの公害じゃないか。
それに「突発ゲリラ枠」ってなんだよ! 企業勢がそんな勝手に動いていいのか!?
「なんで……なんで俺が必死に逃げようとすればするほど、大舞台に引きずり出されるんだよ……ッ」
同接ゼロの虚無から始まった配信生活は、俺の意思とは完全に無関係なところで、企業勢トップの暴走による「非公式のゲリラコラボ」という大事件へと発展しようとしていた。
俺は半泣きになりながら、ケースワーカーの鈴木さんに「今度、星乃宮アリスっていう人とコラボすることになりました」と報告した時の、彼女の冷たい目を想像して、また一つ胃薬を口に放り込んだのだった。
コメント
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星乃宮アリスからDM、しかも直々のコラボ依頼! これは夢の展開かと思いきや、主人公の拒絶理由が「壁ドン(物理)」と「生活保護の要件」ってのがもう…笑うしかないんだけど、同時に切実すぎて泣ける。 アリスが「悲劇のヒーロー」と完全に勘違いしてるのもツボ。ASMR人生相談って、おじさんのボソボソ愚痴を立体音響で届ける地獄じゃないですか。 「逃げれば逃げるほど大舞台に引きずり出される」この構図、めちゃくちゃ面白いです。次が待ち遠しい!
こよい
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