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夜の新宿。煌々と光る街の中で、突如として悲鳴が上がった。
ビルの屋上から、一人のサラリーマンが虚ろな目で身を投げる。
下にいた人々が慌てて駆け寄るが――彼の瞳は、もう生の光を失っていた。
「またか……」
現場を見下ろしながら、菊は低く呟いた。
陰陽庁に舞い込む通報は、ここ数週間で急増していた。
“人々が一斉に幻覚を見て、自ら命を絶つ”という異常事件。
「菊、現場は抑えたアル!」
王耀が駆け寄り、結界符を手際よく張り巡らせていく。
周囲に集まる野次馬たちには結界が作用し、何が起こっているのか理解できなくなる。
ただの事故として処理される――それが陰陽庁の常。
「原因は……妖ですね。幻惑系の」
「心を抉って操るヤツか……厄介アルな」
その時、耳を劈くような笑い声が夜に響いた。
「はははっ!やっぱり君たちが来ると思ってたよ!」
屋上の縁に腰掛け、脚を組む金髪の男。
緑の瞳が爛々と輝き、頭には狐の耳。
口元には、昔と変わらぬ皮肉げな笑み。
「……アーサーさん」
菊の声は固く冷えた。
「おや、旧友に再会したんだ。もっと喜んでくれてもいいんじゃないか?」
アーサーは指先で虚空をなぞる。瞬間、菊と王耀の周囲に、数百の幻影が広がった。
亡くなった仲間、泣き叫ぶ人々、そして――アルフレッドが血まみれで立っている。
「菊、あいつはもういない!幻アルヨ!」
「……わかっています。しかし――」
目の前に現れる幻に、菊の手が僅かに止まる。
「お前が救えなかったんだろう?」と、アルフレッドの幻影が囁いた。
「くっ……!」
胸を抉られるような痛み。
アーサーの幻術はただ惑わせるだけでなく、心の弱さを突いてくる。
「どうした、本田?お前は冷徹な陰陽師だろう?
救えない人間を切り捨てるのは得意じゃなかったか?」
その嘲笑に、菊の呼吸が乱れた。
王耀が横から斬りかかるが、アーサーの身体は幻影の一つ。
本体はどこか、掴めない。
「おい菊!今のままじゃ奴に喰われるアル!」
「……承知しています。しかし……」
アーサーの声が再び響く。
「お前が祓った人間たちは、皆お前を恨んでる。
――救えるはずだったのに、救わなかったと」
菊の目が揺れる。
その一瞬を狙い、妖狐の爪が迫った――。