テラーノベル
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「恵まれすぎた一矢には、どう説明したらいいのか悩むなあ。うーん」
靴箱で靴を履き替え、真琴が次に何を言い出すのかずっと待っていた。
が、何度も首をひねるくせに全く答えが出てこないらしい。
階段を上り、三階のクラスに入っても唸っている。
「宿題にしとくか?」
「そうしようかな。授業に身が入らない。それに合唱コンクールも皆をまとめないといけないし」
「……俺も何か手伝うよ」
「いい。お前は黙って微笑んでいてくれ」
なんだ、それ。
なぜ俺は黙って微笑んでいればいいんだ。
それだったら彼女だって、誰の悪口も言わず微笑んでいる。
俺と彼女では何が違うのか。
真琴にも他の女子たちの思考回路も理解できないまま、自分の席にカバンを置いて座ろうとした時だった。
俺の席の前の彼女に、ガムがついているのを。
クスクスと笑う声も、すべて不気味で、信じられなかった。
「……劉宮さ」
髪についたガムのことを伝えようと、声をかける。
が、その瞬間、犯人であろう女子たちが一斉に楽しそうに目を輝かせた。
その様子が異質で気持ちが悪く、陰湿で吐き気がした。
ああ、この人たちは彼女が傷つく姿を見たいらしい。
毎日綺麗にセットした髪を、友人を使って。
誰が噛んだのか分からない汚いガムをつけて笑い飛ばそうとしている。
振り返ろうとした彼女の髪を掴み、カバンの中からハサミを取り出して髪を切った。
「きゃああああ」
女性の悲鳴と共に散らばった髪を見て、劉宮さんが目を大きく見開く。
髪を掴んだ俺の手の中には、ガムで汚れた髪の毛。
よろめいた彼女から、雷のように甲高い悲鳴が聞こえ、机に倒れこんだ。
「華怜っ」
美里さんが駆け寄ると、彼女は机に倒れ、痙攣し気絶している。
「先生を呼んできて、誰か!」
真琴が先生を呼びに行く間、俺は掴んだ髪を持って様子をうかがっていた女子たちの前に立ちふさがった。
「満足か?」
怯える三人の女子に、ハサミを突き出し、床に落とした。
「汚らわしい手で、二度と彼女に触れるな」
こくこくと頷く女子たちを冷ややかに一瞥すると、騒ぎを聞いて駆け付けた教師に、「俺がやりました」と告げた。
それからは慌ただしく、まずは駆け付けた父に頬をぶたれた。
生まれて初めて、調子のいい能天気な父親に手を上げられたと思う。
理由は明白で、髪を切るのは傷害罪だから。それと女性の髪だったから。
被害にあった劉宮さんは切られた自分の髪を見て、発狂してしまったという。
「なんでもっとスマートに助けられなかったんだ?」
親同士が仲がいいという理由で、ちょくちょく交流があった喬一くんが、家で謹慎中の俺を訪ねて来て、心配げに聞いてきた。
喬一君の家もごたごたしている時期だったので、俺の家に来る頻度は高かったが、俺のいきなりの行動に驚きを隠せないようだった。
「わからない。きったないガムを見た瞬間、とっさにハサミを探していた」
「でもまあ、俺が彼女でもガムをつけられたらそりゃあ髪を切るだろうね」
「自分で決断するより誰かにやられた方が、少しは気持ちが違うんじゃないかなって」
「……綺麗に伸ばしていた髪を切られた時点で、傷つくに決まってるじゃないか」
「そうだけど、でも」
でも。
親友に裏切られたと知ったら、もっと傷つくんじゃないか。
親友にされたことより酷いことってなんだろうか。
一瞬で考えて、とっさに判断したんだ。
『ただのクラスメートにいきなり髪を切られる』
美里さんがした行為なんてぶっ飛ぶに違いない。
「冷静じゃないな。お前がその子の髪にガムがついてるのが嫌だったんじゃないのか」
「そうかもしれないけど」
「髪にからまってなかったら冷やす、酷い絡まり方だったら、クレンジングオイルか、オリーブオイルみたいな油でも落ちる。今度から覚えておきな」
頭をポンと撫でてくれた後、紙袋を一つ渡してくれた。
「もう一度、謝りにいっておいで。これ、超老舗和菓子店『雅』菓子折り」
「喬一くん」
「玲華さんが好きなはずだよ」
確かに有名で高級な和菓子だと俺でも知っている。
でもこんな菓子折り一つで彼女の傷ついた気持ちが治まるわけがないのも知っている。
案の定、父と彼女の家に伺っても、門前払いで一時間ほど家の前で立っていたが、その日は彼女にもご両親にも会えることはなかった。
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砂原 紗藍
#再会