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「あ、あのっ、だから……それは……」
――北条くんの勘違いで。
 さっきと同じ言葉を繰り返そうとしたら、急に腕を緩めた宗親さんに、両肩をガシッと掴まれて真っ正面から顔を覗き込まれてしまう。
 ヒエッ。
 真っ暗闇ならよかったのに、残念ながらすぐそばに足利くんのマンションのエントランス付近を照らす灯りが灯っていて。
 私はマトモに宗親さんのお顔を見てしまった。
 だっ、大好きですっ!
そのハンサムなお顔もゾクゾクするような素敵なお声も、どこか掴み所のないひねくれた性格も……何もかも!
 などとほだされそうになって、緩みかけた口元を私は慌てて引き締めた。
 
 「春凪……。僕の目を見てちゃんと話して?」
 う……。
 それは反則ではありませんか?
 私は宗親さんの真剣な表情に、心のうちまで全て見透かされた気持ちになってしまう。
 「わ、私……」
 何だか目端にじんわり涙が浮かんできて、私はどうしたらいいのか分からなくなる。
 本当は、「大好きですけど何か文句ありますか⁉︎」と逆ギレしてしまいたい。
 だけどそれが出来たら苦労はしないの。
 
 「……こんなの卑怯だし最低ですね」
 オロオロとする私を見つめていた宗親さんが、小さく吐息を落としてそうつぶやいて視線をそらしたから。
 私は呆れられてしまったんだと怖くなった。
 「あ、あのっ! 私……」
 本当のことを言えないくせに、思わず宗親さんに声をかけずにはいられない。
 
 
 「春凪、覚悟して聞いてください」
 なのにそんな私に宗親さんは、まるで最後通告するみたいに静かな声音でそう言ってくる。
 
 私、やっぱり捨てられちゃうの?
契約解除です、って言い渡されちゃうの?
 
 そう思って宗親さんから思わず視線をそらしたら、「こっちを向いて? 大事な話だから、僕の方を見てちゃんと聞いて欲しい」と言われてしまう。
 
 宗親さんはどこまでもドSだ。
 こんな時でさえ、私に逃げ道を与えては下さらないのね。
 
 泣きそうになりながらギュッと拳を握りしめて宗親さんを見上げたら、
 「んんんっ……!」
 いきなり彼にキスをされて。
 
 えーっ⁉︎と思ったと同時、唇を離した宗親さんが、
 「好きです、春凪」
 そう言って、私の顔を切なくなるくらい真剣な顔で直向きに見つめてきた。
 
 宗親さんの言葉の意味が理解出来なかった私は、一途すぎるほどに真っ直ぐ私を見据える彼の瞳を見詰め返したまま「……ひゃい?」と場違いなくらい間の抜けた声を出して、頭をフル回転させる。
 そうしてようやく、彼が発した不可解な言動に対して、私自身が納得出来るひとつの結論に達した。
 〝――好きです、花(が)〟
 あー、そうだ! きっとそうに違いない!
 そう思った私は
「宗親しゃは何のお花がお好きなんですか?」
と問いかける。
 この場面でそんな訳の分からない報告をして下さるわけないって、頭の片隅ではちゃんと分かっているのに、信じられない言葉というのは意味を持って脳まで届いてこないみたい。
 未だ呂律の戻らない口調で小首を傾げたら、「は?」と逆に聞き返されてしまった。
 「あ、あにょ、だからお花が好きというお話れす、よ、ね?」
 言ったら「何を言ってるんですか? もしかして酔っ払ってるせいですか?」と溜め息をつかれてしまう。
 うー。
 「ら、だって……いきなりキスしゃれてわけ分かんにゃい告白しゃれたんれすもの! 頭ん中グチャグチャれす! 溜め息をちゅきたいのはこっちれしゅ!」
 我ながら締まらない口調だなと思いながらも、キッ!と宗親さんを睨み付けたら、肩から手を離した彼に、両頬をムギューッ!と思いっきりつぶされてしまった。
 「にゃ、何しゅるんでしゅか!」
 「それはこっちのセリフです」
 ド・キッパリ。
 これほど低い声音でピシャリと言い捨てられたことはない気がします。
 む、宗親さん、もしや怒ってらっしゃいます?
 ギュッ!とほっぺを潰された不細工な顔のまま、ソワソワと彼の顔を見詰めたら「……お、お願いですからこんなこと、何度も言わせないでください」って宗親さんが視線を伏せるの……。
 な、何でそこでそんな照れるんですかっ。
 間近で見る宗親さんの困ったような照れ顔に、私はドキッとさせられてしまう。
 「あの、宗親しゃ……?」
 恐る恐る呼びかけて、私の顔をつぶしている宗親さんの手にそっと触れたら、触れていない方の彼の手が私の頬から離れて、その手に重ねられる。
 
 「――柴田春凪さん。僕は……キミのことが大好きです。きっと、キミが思っているよりずっとずっと前から」
 「……う、嘘」
 「嘘や酔狂や偽装で一人の女性に一生を捧げますと明言するほど僕は出来た人間ではありません。春凪、僕はキミのことを心の底から愛しいと思っています。キミに僕の妻になって欲しいと持ちかけた時から……いえ、それより以前からずっと……。僕はキミに恋焦がれていますし、僕の心は春凪だけのものです」
 宗親さんに泣きそうな、それでいてどこか肩の荷が降りたようなスッキリした顔で微笑みかけられて、私は腰が抜けそうなくらいとろけてしまう。
 「全身全霊をかけて、僕はキミだけを愛し抜くと誓います。だからお願い、僕のそばにいて?」
 腹黒くない本心からの宗親さんの笑顔は、どんな時だっていつも反則級にパンチ力があるの。
 
 「はい……」
 
 まるでこの世界には宗親さんと私の二人だけしかいないみたいな気分で、彼と見つめ合っていたら……。
 
 
 「あ、あのぉ〜……、お取込み中のところ大変申し訳ないんですけど」
 背後から恐る恐ると言った調子でいきなり声をかけられた。
 私は夢見心地なままその声に振り返って……。
 「あっ、足利きゅんっ⁉︎」
 突然の第三者――しかも同期!――の登場に、穴を掘りまくって地下に埋まりたくなるぐらい恥ずかしくなった。
 
 「あれ? え⁉︎ ……な、何で織田課長が⁉︎」
 北条くんと違って、私の婚約者(?)が宗親さんだと気付いていなかった足利くんは、私のラブシーンの相手が管工事課の織田課長だと知って瞳を見開いて。
 
 「あ、あにょっ! こ、これはっ」
 どうしよう⁉︎とテンパりまくりの私の肩をそっと抱いて自分の方に引き寄せると、宗親さんが「うちの春凪から聞いていませんか? 彼女の婚約者は僕だと」と、極上の腹黒営業スマイルを浮かべた。
 「むっ、宗親しゃ!」
 私が慌てて言ったら、足利くんが「あっ!」とつぶやいて。
 「喧嘩した訳じゃないけど大事なことで嘘をついてて柴田さんを泣くほど悲しませた〝宗親さん〟って、織田課長のことだったんだぁ!」
 合点がいったようにポンッ!と手を打って「俺、織田課長の下の名前知らなかったから気付かんかった! わー、不覚!」とか。
 何のネタバレですか⁉︎
 もぉ!
北条くんといい足利くんといい、私の同期は一体何なの!
飲み会でのアレコレは酒の席だけのオフレコよ⁉︎
門外不出が鉄則でしょー⁉︎
 今のところ無害なの、武田くんだけじゃーん!
まぁ、彼はあのとき寝てて、問題の場面を見逃しただけに過ぎないけれど、見てないから安全牌であることに変わりはないもの!
 
 真っ赤になってフルフル震える私に、
「どうやら僕のせいで可愛いキミが泣いてしまったというのは動かしようのない事実のようです。――本当に申し訳ない」
 謝意とは言葉裏腹。