テラーノベル
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乱暴に扉が開かれた。
「ありかーっ!!」
夜中だというのに、玄関先で絶叫するのは幾ヶ瀬だ。
「有夏ぁ、俺もう仕事やめるぅ!」
「おー、おかえり。遅かったな」
Switchから視線をあげて、有夏ときたら涼し気な表情だ。
そんなとこで喚いてねぇで部屋に入れよとの言葉に、幾ヶ瀬は素直に靴を脱いで駆けてきた。
小走りの勢いそのままに有夏に抱きつく。
ベッドに腰かけゲームに興じていた有夏は自然、押し倒される格好となるわけだ。
彼の上にのしかかって、幾ヶ瀬は実に情けない面である。
「俺もう疲れた。仕事辞める!」
「あぁ……」
有夏、半眼をとじた冷たい表情だ。
じっとり視線に気付いた幾ヶ瀬は、顔をあげる。
「あぁって何なの、有夏?」
「いやぁ……だって、ねぇ?」
有夏の口の端が歪められた。
繁忙期になると響き渡る「仕事辞める」「もう辞める」「明日辞める」コール。
もはや連日である。
「YouTuberは?」
「うっ……」
「『稲川淳二ファン・メガネの何言ってるか分からない怨念チャンネル』は?」
「うっ……いや、そんな名前じゃなくて。えっと、何で有夏まで俺のことメガネって呼ぶの?」
「あははっ」
「あははじゃなくて……」
がっくり落とした肩が揺れた。大きなため息をついたようだ。
YouTuberデビューはもう少し勉強してからにするよ……、幾ヶ瀬がそう呟いたのはつい先日のことだ。
廃校探訪の失敗以降、何度かホラー企画を立ち上げたものの実行に移す気力がわかなかったらしい。
YouTuberという職に安易に飛びつき、そしてあっさり諦めたわけだ。
「根気のないヤツだ」
「ううっ……」
家でゲーム三昧の有夏が言うかという話である。
今更、幾ヶ瀬がさめざめと泣いてみせても、怠け者の心はピクリとも震えないらしい。
幾ヶ瀬の心に、ほんのすこし意地悪な気持ちが芽生えても致し方ないといえよう。
「今朝、何時に俺が出たか分かる?」
「えっと、朝の……」
「分かんないよね。有夏、グーグー寝てたもん。腹がたったから鼻をつまんだんだけど、目が覚める気配もなし! あ、朝ご飯のおにぎり作ったの、ちゃんと食べた?」
「ん、食った食った。えっ、鼻をなに……んっ」
さりげなく唇を合わせてから、何事もなかったように幾ヶ瀬の愚痴は再開した。
「9時50分だよ、俺が出たの。入り時間ギリ! 職住近接、最ッ高! で、今何時?」
「よるのじゅ……」
有夏の返事など待つ気はないというように幾ヶ瀬がたたみかける。
「夜の11時半だよね! 勤務時間なんと13時間! 早番の入り時間に、遅番の上がり時間。何これ。ねぇ、何なの、これは……」
「あー……とにかくフロ入って落ち着けや、な?」
幾ヶ瀬は聞いちゃいない。
有夏に抱きついたまま、顔だけあげて「おぅおぅ」と吠えている。
「最近、ふざけたカップルばっか来やがる。あいつら全員、滅せよ」
「ちょー、いくせー?」
滅せよ、の声のあまりの低さに有夏は顔を引きつらせてゲーム機を横に置いた。
幾ヶ瀬の勤務先レストランは、先週末から「春恋特別コース」の提供を始めたらしい。
春よ来いとかけてのネーミングに、店長ひとりがご満悦だと幾ヶ瀬がぼやいていたのは、つい1週間前のことだ。
「あのイカれた店長、SNS映えする苺とチーズのデザートなんて作りだして。いいかげん映え発想から離れろよ。あいつ、いつ死ぬんだろ。ねぇ……あいつはいつ死ぬの!?」
「さ、さぁ。有夏にはちょっと分からないかな」
「だよねぇ。あ~あ~」
季節のプランを始めただけで従業員に死を願われるなんて、店長もこれは青天の霹靂であろう。
職場に対して定期的にキレて喚くのは、幾ヶ瀬のクセと言っても良い。
有夏の反応が淡白なのも、もう慣れっこになっているからだ。
「やっぱり、YouTuberになるしかないのかな。ホラージャンルが難しすぎたのかも。別のジャンルなら俺でもできるよね! ねぇ、俺には何が向いていると思う?」
「えっ、いやぁ……」
あきらかに引き気味の有夏は、幾ヶ瀬の肩をグイッと押す。
いつまでくっついているんだと、抗議の動作であろう。
幾ヶ瀬はわざとらしく「ハッ!」と息を呑むふりをした。
ようやく自分が有夏にのしかかっていることに気付いた体を装う。
「有夏……有夏、ね?」
「んだよ、さっさとフロ入れよ」
「有夏、好きだよ」
「ウザ。」
有夏の言うことなど聞いちゃいない。
「ちょっ、幾ヶ瀬?」
有夏が声を荒げる。
僅かな手の動きで短パンと下着をずり下ろされて、うつ伏せに向きを変えられる。
両手でお尻を割り開くと、滾ったモノを押し当てられた。
「有夏、いいでしょ? ね、有夏……」
「えっ、えっ……今? ちょっ、待っ……」
粘膜に湿った感触。
幾ヶ瀬の熱いものが、先走りを垂らしながら押し入ってくる。
「あ……んっ」
腹にかかる圧に、有夏は息を詰まらせた。
無意識に引いた腰を、幾ヶ瀬がつかむ。
「ちょっ、帰るなり愚痴、からのコレ……このダメYouTuberがっ」
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