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眠い目を擦り、重たい瞼をゆっくりと開く。朝だ。
「あぁ、物凄く会社に行きたくない……」
今日はとてつもなく憂鬱なイベントがある。
松田くんの歓迎会が今日の終業後に開かれるのだ。
お酒を飲むのはむしろ好きだが、松田くんがいると思うと気が抜けない。
「でも行くしかないっていうのが社会人の辛いところよねぇ」
仕方なーく、重い足取りで会社に向かう。
「水野さん、おはようございます」
「あ……松田くん、おはよう」
今日も一番に出社している松田くんと二人きりになってしまった。
明日から少し遅く出社しよう……二人きりになる事をなるべく避けたい。でないとまたいつの間にかキスされそうで気が抜けない。
「今日の歓迎会楽しみです。わざわざ俺の為にありがとうございます」
尻尾を振って喜んでいる子犬のよう。嬉しそうな笑顔を振りまいている。
「私は幹事じゃないから、楽しんでね」
「一緒に楽しみましょうね?」
「はいはい」
そんな会話をしているとゾロゾロ社員が出社してきたので、会話をやめ仕事に取り掛かる。
本当に教える事は殆どないんじゃないかってくらい淡々と仕事を覚えていく松田くんのお陰でスムーズに業務が進んで行く。
あっという間に終業時刻になっていた。
「じゃあ今日は松田くんの歓迎会なので行ける人からお店に向かってください~」
幹事の呼び掛けで仕事が終わった社員からお店に向かって行く。
今日の会場は会社からすぐ近くの居酒屋の個室を貸切にしたそうだ。
松田くんは木島部長と一緒に向かうらしく、私は涼子と一緒に会社を出て居酒屋に向かう。
「涼子、今日は何時まで大丈夫なの?」
「今日は旦那に子供預けて来たけど心配だからサクッと呑んで二十時には帰ろうと思ってるよ」
「大変だね……よし、時間まで今日は飲みまくろう! 経費だし!」
「経費最高ー!!」
居酒屋は会社から五分とかからない所にあるのですぐに着いた。
もう殆どの社員が集まっていて後は部長と松田くんくらい。なるべく主役の松田くんからは遠い席に座ろうと思い一番隅の席に座った。
「お待たせ、全員集まってるかー?」
木島部長の野太い声。松田くんも到着し真ん中の席に木島部長と二人並んで座っている。
私の席からはかなり離れているので絡まれる事なく安心してお酒が飲めそうだ。
(あ〜よかった。お酒は楽しんで飲みたいからねぇ)
気分は上がり自然と口角が上がってしまう。
「じゃあ松田くん、入社おめでとう! これから宜しく頼むな!! よーし、じゃあ乾杯!!」
「「かんぱーい」」
木島部長の乾杯で皆んな飲み物に手をつけはじめ、私はビールを頼んであったので、グイッと一口飲む。
疲れた後のビールは美味いと良く言うが本当にそれは正解だ。
キンキンに冷えたビールが渇いた喉に染み渡る。
「ん〜っ、美味しいっ」
目の前に並んだコース料理の海鮮サラダを近くにいる人達に配り、自分も口にする。
久しぶりのアルコールで三杯目を飲み始めた時にはポワポワと少し良い気分になってきた。
「やっぱりお酒は美味しいねぇ、涼子〜」
「本当久しぶりの居酒屋ってのイイわ〜って、やば、もう二十時じゃん! そろそろ帰るわ」
「ん、涼子お疲れ様、気をつけて帰ってね」
「お疲れ様、じゃあ皆さんお先に失礼します」
荷物を持ち帰り際に木島部長に挨拶をした涼子は家族の元へ帰っていった。
「あれ、涼子はもう帰ったの?」
「橅木! 今さっき帰っちゃったよ」
同期の橅木圭佑(かぶらぎ けいすけ)。
常にニコニコしていて取引先の相手に気に入られやすい。
見た目も暗いブラウンの短髪に切長の奥二重で見るからに体育会系と思える風貌だ。身長も高く手足も長くてスタイルはモデル並み。その見た目のおかげなのか(失礼か……)体育会系のノリのおかげなのか、彼にとって営業も行うマーケティング部は天職なんじゃないかと入社当初から思っている。
チームは別なので今は仕事中に濃い絡みはないが涼香と橅木だけが同期なので昔はよく三人で仕事終わりに飲みに行ったりしていた。
今は涼子も家庭があるし、ここ数年行っていないが。
「んじゃ、真紀の隣に座るかな~」
「どうぞ、どうぞ」
さっきまで涼子が座っていた席に橅木が座り久しぶりお互いのグラスをカチンと合わせ小さく乾杯をした。
「真紀とこうやって飲むの久しぶりだよな」
「だね、もう歓迎会とか送迎会とかないと飲む機会ないもんね~」
「涼子も子供がいて大変だしな、俺と真紀だけ独り身じゃん」
「それはもう言わない方がいい……考えてはいけない」
はははと笑い合う。
橅木とは気を遣わずに話せるので楽で良い。
他の部署の女の人からも「爽やかイケメン~」とか言われモテているのに私の知る限りずっと彼女がいないのが謎だ。
(こんなにいい奴なのにね〜)
お互い飲んでいたビールが空になった。
そろそろセーブしないと酔いそうなので白ワインをジンジャエールで割ったオペレーターを注文し、橅木はレモンサワーを頼んだ。
「どうよ、新人教育は大変か?」
「それが全く手が掛からなくてすぐに仕事覚えてくれるからかなりの即戦力になってくれてる」
「チャラそうに見えるけどそれがギャップなのか……こりゃ先が楽しみだな」
「そのうち橅木も抜かされちゃうかもよ」
「橅木さんを抜かすとか、そんな事あり得ないですよ」
聞き覚えのある声が橅木とは反対の方から聞こえる。いつの間にか隣に松田が座っていた。
(な、なんでココにいるの!?)
ずっと松田は木島部長の隣にいると思っていたので、不意を突かれすぎて驚きと動揺を隠せなかった。