テラーノベル
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深冬芽以
ドーム全体が、父・誠の怒りに呼応するように激しく震動し始めた。
サーバータワーから伸びる無数のケーブルが
まるで巨大な神経系のようにのたうち回り、床や壁を粉砕していく。
「……栞、お前はすべてを失った。声も、守るべき男の意識も。…残ったのは、無力な肉体だけだ」
父の姿はもはや人間ではない。
背後から生えた無数の光ファイバーがドームの構造材と融合し、彼はこの地下空間そのもの……
巨大な「殺戮マシン」へと変貌していた。
天井がゆっくりとせり下がり、私たちを物理的に押し潰そうと迫りくる。
私は意識のない九条さんの体を必死に抱きしめ、蓮を自分の背後に隠した。
喉はもう、焼けた鉄を飲み込んだように感覚がない。
一言も、一音も、出すことは叶わなかった。
その時、ポケットの中でスマートフォンが、今までとは違う、冷たく澄んだ振動を上げた。
【差出人:ミチル】
【件名:システム管理者の権限譲渡(ラスト・ギフト)】
画面に浮かび上がったのは、消滅したはずのミチルの、穏やかな微笑みのアイコンだった。
「栞ちゃん、聞こえる? 私の意識は消えたけれど、パパが私の脳に隠していた『最終バックアップの鍵』だけは、あなたのデバイスに転送しておいたわ」
ミチルのメッセージが、私の脳内に直接流れ込んでくる。
「パパは自分をシステム化した。…でも、それは同時に、パパ自身が『プログラムの脆弱性』になったということ。栞ちゃん、声が出なくてもいい。……あなたの『心拍』を、スマホを通じてシステムに同期させて」
「……心拍を?」
私は震える手でスマホを掴み、蓮のタブレットと接続した。
蓮が瞬時に私の意図を察し、コードを書き換えていく。
「お姉ちゃん、これ……お姉ちゃんの鼓動を増幅して、ドームの全スピーカーから流す設定にしたよ!パパのシステムを、内側から『命の音』でオーバーロードさせるんだ!」
私はスマホを自分の胸……心臓の真上に強く押し当てた。
ドクン、ドクン、ドクン——。
ドーム中の巨大スピーカーから、私の心臓の音が重低音となって鳴り響く。
それは父が作り上げた無機質な「エデン」にとって、もっとも異質な、もっとも予測不能な「生命のノイズ」だった。
「……ぐ、あああああ!? なんだこの不快な音は……! 私の計算が…同期が、乱れる……!」
壁面を覆っていた父の神経系が、私の鼓動に合わせて不規則に痙攣し、ショートを起こし始めた。
システム化した父にとって、私の「生きたい」と願う心臓の音は
あらゆる暗号よりも強固なウイルスとなって、彼の意識を侵食していく。
「パパ!これが……パパの嫌いな、人間の『体温』だよ!」
蓮が叫び、全エネルギーを心拍増幅へと回した。
天井の落下が止まり、父の巨大な「顔」が投影されたモニターが、ノイズと共に次々と爆ぜていく。
だが、父は狂ったように笑い声を上げた。
「……面白い。ならば、その心臓が止まるまで、どちらが先に焼き切れるか……試そうじゃないか!」
父の神経系が、私の心臓を止めるために、鋭い触手となって私へと放たれた。
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