突然の話であるが、君は、海には沢山の船が棄てられて、まるで幽霊船のようにさまよっているという事実を知っているだろうか?それらは全く別の国の人に座礁したり、海の底で眠りについていたり、様々な形でこの惑星の海と対話している。そしてそのような幽霊船の唯一の理解者にして神に呪われた者、それがこの僕である。
海というものは大変冷たく、ご存知の通り長時間身を委ねていれば、あっという間に辿り着くは神の待つ楽園です。しかしながら、僕は呪われているので大丈夫なのです。泳いだりする方にはピッタリの呪いかもしれませんね。水の中で目が効くので、名称は知りませんがあの目を保護する器具も要りませんよ。
「沈没船、時期的には大航海時代のもの……なるほど、スペインへと南米の宝物を乗せて出航したが、嵐に巻き込まれて沈没、財宝は手付かずのまま」
海の底に立って歩いて、その船に私は近づきます。水圧がかかっているのでしょうが、この身体となっては一切分かりません。これを祝福と呼ぶ集団も知っていますが、なかなかに暇で不便なものです。なので僕にとっては呪いなのですよ。そして僕は海の水雲に守られる船にそっと手を触れます。朽ちて、僕の力でも壊せそうな船ですが、それは水雲を振り払い動き出します。僕もそれに合わせて海面へと向かい、海の底から数百年ぶりの海上へ出た船の上へ乗り込むのです。
「では出航しましょう、どこへ行くのかって? そうだなぁ……イタリアのヴェネツィアなんてどう? 新しい神に祝福された方だけど、僕みたいなもんが増えたらしいんだよ」
僕がそう話しかけたら、船は独りでに動いてくれるんですよ。水に濡れてたなんて感じさせない乾いた船の乗り心地はなかなかに悪くないものです。僕も元々は船長だったんですが、船が疲れたと話しかけてくるものですから、今は眠っていただいています。また元気になったら、一緒に海を渡る予定です。にしても、こっからヴェネツィアはまだまだ遠いので、お話の一つや二つしましょうか、この船も聞きたがってますし、今僕の話を聞いているそこの沈没船のあなたにも。
まず、我々は種族名がないのですが、その中でも神に祝福された者と呪われた者がいます。メソポタミアの洪水神話の英雄アトラ・ハシースをはじめとした祝福者たちは、僕も持っている不老不死をはじめとして、凄く強いですし、陸でも海でも生きていけます。しかしそれだけです。ああ、食事が取れない、取っても吐き出さないとという云々は同じですね。しかし、僕たち、呪われた者は違います。お見せした通り、僕は海に棄てられた、乗組員のいない船に限りますが、自分の力で操縦できます。見つかると面倒ですが、移動に便利です。嵐の日に神か風を罵ってみてください。神様のご機嫌が斜めにあられる時なら、誰でも貰えます。もう一人は、僕の死にたくない! という気持ちを叶えてくれた師匠様です。僕らもまた、血を使ってる仲間を増やします。とはいえ適合者は千年か二千年に一人だとか。で、その師匠様は傷付けた相手には絶対にその七倍の攻撃を行い、損傷を与えます。なので誰にも傷つけられず負けません。その代償であの方の体は再生が大変遅く、我々が数秒で治せる傷にその何十倍もの時間をかけています。それに何年も同じ場所にあの方は居られません。居ると内部を呪いが蝕んでしまうのです。僕も、陸地に上がれるのは七年に一度で、それ以外の時は同じ状態になりますがね。それと死ぬ方法は僕らも知りません。しかし仲間達で群れるつもりもない。彼らは底知れず恐ろしい。まるで深海です。マリアナ海溝ですよ。流石に僕もあそこには近づきません。まるで部外者のように感じるのです。僕ら航海者の走るは海の上、海の中ではないのですから。なので今回の仲間への航海も、珍しいものです。初めて、僕より若い方に会うというのが、楽しみなのかもしれませんが、そのうち陳腐な感情へと変わるでしょうね。
長話になってしまったかもしれませんが、お聞きいただきありがとうございます。次お会いするなら、港がいいですね。あなたが寄港するのを待っています。神はあれどゼンタには会えないこの世界で、私たちはゼンタを見つけられるのか?神に愛されど憎まれど結局は変わらない、そもそも神とは何なのか。僕らは人間の中や外で、その何たるかを探求する、航海者なのでしょう。
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