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アマランサスの眷属

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アマランサスの眷属

6 - 第5話 フライング・ダッチマン

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2022年02月13日

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フランス革命時のジャコバン派の成功はカフェ文化の発達も影響しているという話を聞いたことはあるだろうか?簡単に説明をすれば、総裁政府として民衆の為に政治を行ったジャコバン派は、定期的にカフェに集まることによって、情報交換を迅速に行い、革命という激動の中で政治体制を維持などを成功させたという話だ。まあ、全てはアトラ達からの受け売りの知識であるが。

「まあそんなわけで、アンドレイが思ってたよりみんなとトラブルにならなかったことを祝おう!」

アトラはそう言って笑顔であの虐殺を行ったのとは別のカフェでピンク色のジュースの入ったグラスを掲げる。正直トラブルにならなかった程度で祝われなければならないのは、私を馬鹿にされているようにも、トラブルメーカーに思われているようにも感じたが、彼らも悪気からやってはいないと信じて、冷たいカフェラテのグラスを私も彼らに、この思いでも一緒に伝わったらとぶつけてみる。

「俺一緒に仕事して思ったけど、アンドレイって何かと優しいよな。人に踏み込みすぎないところが結構冷たく見えるけど、アンドレイなりの気遣いなのかなーって」

シンはココアの上にのる生クリームをスプーンで救って食べるとそう言う。

「悪戯に人の過去を聞くべきではない、そう考えるだけです」

わたしはそれだけ伝えると、アトラが悪意のある笑みを浮かべ

「その割には私の過去に土足で踏み込んできたじゃないかー、もしかして君って人間にしか優しくないのー?」

「あなたが私に介入した、故に私はあなたに踏み込んだ。それだけです」

「へー、面白いじゃん」

アトラが嘲笑する。すると今まで静観していたアレクシアが話しだし

「喧嘩はよせ。その新入りはいけ好かないが、彼も彼なりの価値観がある。それにアトラは人に対する敬意が無さすぎだ」

私を睨みながら、私とアトラの双方を批判してくる。その瞳の冷たい青は、ライトベージュの暖かみを持つミルクティーとは真逆に見えた。どちらかというと、その暖かさに浮かぶ氷のように見える。

「喧嘩なんて野蛮なことはしないよ、単にアンドレイをからかって遊んでるってだけ。なかなかに面白いんだよねー」

「だって昔のアトラに似てるもんな」

シンの指摘にアトラはええっと声を出す。気付いてなかったの?とシンが話を続けると、アトラは似ていないと必死に伝えるだけであった。その中で、アレクシアは私の名を呼び

「ところで、食事をしたと聞いたが、ちゃんと吐き出したか?  まだなら早めにやれよ。一週間以上胃に入れたままはなかなかにきつい」

「それなら当日夜に、すぐ」

アレクシアは意外に思ったのか、そうなのかと短く頷くと

「食べ物を粗末にするのは気が引けるかもしれないが、何も食事しなければ人間として怪しまれる。難しいものだよな。……その食事は美味かったか?」

「美味しかったですよ。故郷には無い味だったと……思う」

「良いんじゃないか?  そういうの」

彼女はそう口元を少しだけ緩め、ミルクティーを一口飲んだ。彼女は他の二人とセレンと比較しても他者と一線を引いているように感じている。いつもどこか自分の奥底を知られることを強く拒否している。勿論誰しも守りたい心はあると思う、それに私だってある故に否定はしない。だが彼女のそれは私の言うそれとは少し異なっている。言葉にするのは難しいが、強いて言えばバラされてしまっても仕方ないと思えることか、そうでないことか、のようなものだろうか。そんな深海へと堕ちていくかのような思考は、唐突の怒声によりかき消される。

「もう一回言ってやるぞくそ店員め!僕はこうしてここの食事に対する対価を払うと言っているんだ、それの何がおかしい、あるなら言ってみろ!」

支払いのカウンターの方を見てみると、背の高い青白い肌の男が店員を怒鳴りつけていた。肩より少し上まで伸ばした塩素で色が抜けたような髪は長年海の水に晒されたように固さを持っており、流浪者のような男だった。

「だから、支払いはユーロじゃないとって言ってるんです。まずさ、これが価値あるのかなんて分からないでしょ?」

カウンターを大きく叩く音が響く。再び、カフェ中の人間がカウンターへと視線を寄せる。このタイミングなら盗みをしても誰も私を見ないんじゃないか、と錯覚させるほど。なにかアクションを起こすべきか仲間達の方を見ると、皆が私の反応を伺っていた。その中でアトラがカウンターの方を指さし、行く?  行く?  と、口を動かしていた。ここで警察が来るのを待って、彼が連行されていくところを見ることは簡単だ、だが彼にはもしかしたら、ここからは見えない何かで支払わないといけない事情があるのかもしれない。なにか譲れない正義があるのかもしれない、それともただお金が無い己を正当化したいだけかもしれない。私は彼のここに至るまでの背景の、そのたった一ミリだけでもいいから知っておきたい。そんな衝動に駆られていた。私はアトラに頷き、カウンターの方へと歩いた。そして古びているが、元は質の良いものなのだろう服を着た男の肩を掴んで

「先程から何をしている、多くの人がお前を迷惑に思っている、それくらい分かるだろう」

すると、男は敵意を顔に出して

「部外者は黙ってくれないか?  僕は今話の通じないこの人間にこの僕の理論を分からせるつもりなんだ」

「まずユーロは持っていないのか?  今の時代金で何もかも払えはしない」

私は男の持っている金の飾りのようなものを指してそう伝える。すると男は悔しそうに歯を食いしばって

「黙れ!  これにはここで飲んだコーヒー分の価値はある、なのにどうして使えない!狂ってるとは思わないのか?」

私は彼に反論するよりも前に腹に衝撃を受けた。視線を向けると、古びた服の男が、私の腹部を狙って蹴りを入れたのだ。内蔵が押しつぶされるような感覚に、私は声と何も消化されてない飲み物を吐きだした。

「加減はしてやった。やろうと思えばお前なんかここですぐに殺せるさ」

彼は嗤う。無様に腹を抑えて座り込む私を虫でも見るかのような目で見ている。嫌いだ、そうやって他者を見下し、他者の痛みや苦しみで快楽を得る人間が一番嫌いだ。狂ってる、腐りきっている。私はふらつく足で無理やり立ちあがった。既に警察を呼ばれてしまっているだろうから、何とか手を打たねばならない。だがそんなことよりも、私は目の前の男が許せなかった。

「お前……そのふざけた態度はなんだ!」

私はふらふらと歩き、彼の襟元を掴む。だが、その腹の立つ男は力なく倒れそうになっているばかりで、私が掴まなければ倒れていただろう。

「大丈夫か?」

相手の肩を掴んで顔を覗き込むが、意識を失っているようだった。驚きのあまりアトラ達のいる方を見るが、いつの間にか私の目の前にシンが立っており

「ちょっとうるさいから静かにしてもらった、生きてるから安心してくれ。アレクシアが警察相手に今から話つけてきてくれるから、急いでここの裏まで走るぞ」

シンは男を担ぐと、私の手を握って走り出す。いつどこで見てしまったかは忘れたが、男女の逃避行でこういう風景があったような気がする。その場合は逃げる先に夢を求めたり、時代へ逆らうことを目指したり、色々とある筈なのに、私に至っては何故か知らない男を担いだ不死身の青年が相手で、行き先で何をするのかも分からない。夢想家ではないが、流石にこの絵面は物申したくなる。店の裏では、アトラがニコニコと笑って待っていた。シンが雑に、担いでいた男を降ろすと、彼は少し唸って意識を取り戻した。

「久しぶりーヘンドリック、手荒な再会だねー」

アトラがヘンドリックと呼んだ男に手を振ると、彼は塩素で色の抜けた髪を振り、辺りを見回す。

「アトラ……?  僕はさっきまであの話の分からないくそ店員と白髪野郎とやりあってて……」

ヘンドリックの茶色い眼は私を視界に捉える。「お前!  ……いや待てよ、シンもいる」

ヘンドリックは混乱を抑えるかのように自分の頭を灰色に汚れた手袋をした手で強く抑えると、私の血の色がそのままに浮き出ている眼を見つめ

「ああ、分かりました。新入りというのはあなたですね。初めての新入りだったので顔を見に来たんです」

ヘンドリックはそう言い、私に向かって笑う。その表情はこちらに親しみを込めてというものなのはすぐに分かった。その裏には彼の元々持つものと考えられる品性らしきものが現れていた。

「私はアンドレイです、よろしく」

それでも、あの時私を嘲笑したあの眼が頭から離れない。人間は怒りを出した時と酒に酔った時に本性を露わにするというが、彼の本性は確実にあの眼だ。根拠はないがそう強く思っている。

「初めまして、ヘンドリック・ファン・デル・デッケンです。先程の無礼、大変申し訳ありません。これは言い訳にしてはなりませんが、呪いもあって感情が昂りやすくありまして」

彼は深々と礼をする。それは服装も相まってか、高貴な貴族のようであった。いつの時代の生まれかは分からないが、貴族の生まれなのは間違いなさそうだ。

「呪い?  一体何のことで?」

ヘンドリックは、ああと声を漏らし、呼吸を整えると話を始める。

「アンドレイさんもそうだと思いますが、皆さんは不老不死で再生できて強い力を持っている、その認識で大体は良いですか?」

食べ物云々の話は知っているのだろう、シンとアトラがわざとらしくうんうんと頷いているのを確認し、私も同じように振る舞う。それを、ヘンドリックは確認すると

「そういう方々を僕は勝手に祝福された方と分類しています。もう察していると思いますが、僕もアンドレイさんと同じように老いも死にもしません。しかし、決定的に異なっているところがある」

そこで、アトラがなーにー?  と野次を入れる。ヘンドリックは一瞬嫌そうに顔を歪めたが、仕方ないと言った様子で小さくため息をつくと、また私に笑顔を作り

「これは我々によって違うのですが、僕は普段は陸地へは上がれません。上がれるんですけど上陸すると、体の内部が耐え難い痛みに襲われる。それ故に僕が居られるのは船の上と海の中だけなんです」

驚いて目を見開いただろう私の反応を確認すると、ヘンドリックは分かりますとでも言いたげに頷き

「その代わりとして、僕は乗組員のいない沈没船や放棄されて彷徨う船だけは操縦することが出来るんですよ。実の所、この金貨とかもその船が僕にくれたんです」

本物ですよ、と言いながらヘンドリックは私に金貨を見せる。西洋圏で作られたものとは少しデザインが異なっている。恐らくスペインの南米侵略時にヨーロッパへと運ばれた、運ばれるつもりだった宝物の一つだろう。そう考えると、この金貨は数百年の時を経て、行くべきであった西洋の地へ辿り着いたということなのだろうか?それとも、滅ぼされた祖国へ戻れないのならと沈んだのにも関わらず、ここへ連れてこられたのか。幸か不幸か分からない、我々とヘンドリックの置かれた立場のようでもあった。

支払いと話をつけるのはやってきたと、綺麗な装飾のついたカバンを持ったアレクシアがこちらへやってくる。彼女もヘンドリックを見ると、片手をあげて挨拶をした。

「呪われた方は大変だな、我々より衝動的になりやすい」

「今回こそはあなた方がいなければ危なかったです。ありがとうございます」

「構わん、研究施設とかにでも連れ去られたらこちらもこまる。我々も実験材料にされる日が来てしまうかもしれない」

全員が揃ったことを確認すると、アトラが軽く勢いをつけて手を使わずに立ち上がり

「よーし、かなり久しぶりのヘンドリックの再開もしたし、どこ行く?  この辺の川の近くにベンチあるの知ってるから、そこでお喋りでもする?」

それも楽しそうだなとシンも同意する。私はヘンドリックをちらりと見ると、彼は落ち着いた雰囲気で、

「そうだな……二十一世紀に最適な服装を用意したいというのもあって今回は上陸を選んだし、今日中にそういうのもやってもらえればいくらでも話は」

ヘンドリックの回答にアトラは目を輝かせていいよ!と答えると

「じゃあついでにアンドレイの服もいくつか買おうよ、毎日服装見てるけど何度見ても六〇年代の色を濃く残した労働者なんだよね、もうちょい今風にしないと」

「別に私の服はこれでまだ着れる」

「そういえば、冷戦って終わったんですか?  あの頃は場所によっては寄港出来なくてよく分からなかったですけど」

本当に海の上で生活していたのだろう、嫌味ではなく本当に理解していない様子でヘンドリックは私たちを見渡す。私が答えようとする前に、アトラがあー冷戦?あれね、と切り出して「勝ちも負けもなく終わったよ、どっちも疲れちゃったみたいで。まあたまにはこういう戦いもありかなって、うん」

そして私の方をちらりと確認する。冷戦末期とはいえ、少しは冷戦の時代を生きた私に対する配慮なのか、単に怒らせて面倒にさせたくなかったのか。後者の方でありそうだが、私はアトラに頷いておく。

「なるほど。僕が海をさまよっている間にだいぶ時代が変わったんですね。最後にどこかに降りたのは十九世紀だったので、当たり前の話ですけど」

するとどうしてかヘンドリックが私に軽く手を振ってくる。先程の騒ぎで私を怒らせたから媚でも売っているのだろうか?  そういうところは少し気に入らない。そんな私の微妙な心境を察してか、シンが手を挙げて

「もう昼過ぎてんだし、買い物行くなら早めに行こうぜ?  二人分の服買うとなると時間かかるだろ」

それじゃあ行くぞー!  と、アトラが表通りに向かうのに、私は一番後ろでついていく。その隣にはヘンドリックが絶対王政の色を濃く残した服をまとって歩いていた。ヘンドリック・ファン・デル・デッケン、初めて聞く名前とは思えない。それでも私の知り合いの名前でないことは確かだ。そんなふうに思考をめぐらせながら、私は日に照らされる彼の死人のような色の顔に目をやった。

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