テラーノベル
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最初は、お宝を手に入れたら国内の田舎にでもドロンしようと思っていた。ところが――調べてみれば、このオルディス帝国。
(物価、高っ!!)
どうやら、この国には魔物が出没する地域が多いらしい。魔物は、人間界と魔界の境界に生じる『亀裂』から現れる。
その討伐や、街や村を守る結界の維持には莫大なお金がかかる。そのうえ、安全に使える街道も限られているせいで、輸送費まで高い。
結果――首都はもちろん、地方ですら周辺国に比べて生活費がかなり高いのだ。
(せっかくお宝をいただくのに、慎ましく節約生活なんて冗談じゃない!)
どうせ逃げるなら――。
(物価が安くて、景色が綺麗で、毎日リゾート気分で暮らせる国がいいわ!)
海辺の豪華な屋敷。 どこまでも青い海。 昼まで寝て、午後は優雅にアフタヌーンティー。
(最高……♡)
そのためには、高飛び先の情報収集が必要不可欠だ。 治安はいいか。物価は安いか。 そして何より――。
(帝国と『犯罪人引き渡し協定』がない国! ここ最重要!)
そこで私は──。
「殿下のお仕事を、もっと近くで学びたいんですの♡」
と可愛らしくお願いし、まんまと外交会議への同席を取りつけたのだった。
(ふふ。完璧ね!)
***
「――では、次の議題だ」
長い会議机を囲み、側近たちが難しい顔で書類をめくっている。上座に座るカイル殿下が、淡々と会議を進めていた。
「アウレリア王国への外交融資について。先方から、返済期限を五年延長してほしいとの申し入れが来ている」
「現在の条件であれば、延長を認めても問題ないかと」
「私も同意見ですな」
「では、延長を認める方向で――」
「結論を急ぐな」
カイル殿下の声が、会議室へ落ちた。
「ですが殿下。先方との関係を考慮すれば――」
「“関係を悪化させたくない”だけでは、延長を認める根拠にはならない」
「……っ」
文官の顔から、さっと血の気が引いた。
「財務部の試算は?」
「こ、こちらに」
「延長した場合の回収額と損失見込みを説明しろ」
「は、はい……!」
会議室が、水を打ったように静まり返る。
(ふーん)
(これが、“氷の皇太子”の仕事モードってわけね)
説明を聞きながら、私も手元の資料へ目を落とした。
「現行の相場を基準とした場合、五年間延長しても元本および利息は――」
(……ん?)
ページをめくる。数字を追い、条件をもう一度確認する。
(ちょっと待って)
(いやいやいや。この試算――めちゃくちゃまずくない?)
私はすっと手を挙げた。
「殿下。発言の許可をいただけますでしょうか?」
会議室の空気が凍りついた。側近たちから、一斉に視線が突き刺さる。その顔には、はっきりと書いてあった。
――夜会で男たちに取り入っていた女に、政治の何が分かる?
「……ソフィア?」
カイル殿下も、わずかに眉を寄せた。
「発言を許可する。だが、手短にな」
「ありがとうございます」
私は優雅に立ち上がり、にっこりと微笑んだ。
「こちらの返済計画ですが――少々甘すぎるのではなくて?」
「何?」
「返済額は、アウレリア王国の貨幣を基準に決められておりますわね?」
「ああ」
「この試算では、五年間ずっと現在と同じ貨幣価値が続くことを前提にしておりますが――」
資料を、とん、と指先で叩く。
「もし、その間に相手国の貨幣価値が下がったら? 数字の上では同じ額を返してもらえても、帝国が受け取る実質的な価値は大きく目減りする可能性がありますわ」
側近たちの表情が変わった。
「……まさか」
一人の側近が、慌てて書類を見直し始める。
「為替変動を含めた試算は?」
「……ございません」
「再計算しろ」
カイル殿下が即座に命じる。
「はっ!」
「現在の相場だけではない。一割、二割と貨幣価値が下落した場合も出せ」
「た、ただちに!」
数人の文官が、一斉に計算を始める。しばらくして――。
「……殿下!」
文官の顔が、みるみる青ざめていった。
「妃殿下のおっしゃる通りです。条件次第では、五年間の延長によって我が国が大きな損失を被る可能性が……!」
「妃殿下は、あの複雑な資料を一目見ただけで……!?」
ざわっ、と会議室に動揺が広がる。
(ふふん!)
私は得意げに胸を張った。
(どう? 見直したでしょ!)
「静かに」
カイル殿下の一言で、ざわめきがぴたりと止まった。
「ソフィア」
「はい?」
「政治経験のないお前にしては、悪くない着眼点だ」
「…………」
(は?)
「だが――一つの可能性だけで、国家間の契約を決めるわけにはいかん」
カイル殿下は担当官へ視線を戻した。
「為替変動だけでなく、相手国の財政状況も含めて詳細に再試算しろ。延長を認めるかどうかは、その結果を見て次回決める」
「はっ!」
そしてカイル殿下は、何事もなかったかのように次の議題の書類へ手を伸ばした。
「では、次の――」
(『政治経験のないお前にしては』ですって……?)
せっかく超有益な助言をしてあげたというのに。あの澄ました顔。あの冷静すぎる態度。
(……ふん。いい度胸じゃないの)
(いいわ。だったらその余裕――今すぐ崩してあげるから♡)
「……では次に、周辺諸国との関税についてだが――」
カイル殿下が説明を始めた、その時。私はテーブルの下で、右足のパンプスを脱いだ。
「現在の税率を維持した場合、北部の交易量が……っ」
上座に座るカイル殿下が、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
テーブルの下。足先が、彼の足首から膝へ上がっていく。万年筆のペン先がわずかに震え、書類に黒いインクの染みを作った。
「殿下? お顔が少し赤いですわよ?」
「…………」
「今日はそんなに暑かったかしら?」
私はわざとらしく扇を仰いだ。
「……っ。失礼」
とはいえ、彼は一度大きく息を吐くと、すぐに表情を引き締めた。
「話を続けてくれ」
その後は何事もなかったかのように議論を進め――最後まで会議を終えてみせた。
(……へえ。なかなかやるじゃないの)
「本日の会議は以上だ。ご苦労だった」
側近たちが一人、また一人と会議室を退出していく。 そして――最後の一人が扉を閉めた、まさにその瞬間。
「きゃっ!?」
ぐいっと手首を掴まれ、引き寄せられた。
「会議中に……お前は、何をしていた?」
「何って……」
私は小首を傾げてみせる。
「殿下の仰る『素人』なりに、少しお返しをしてあげただけですわ♡ それとも――お気に召しませんでしたか?」
カイル殿下の眉がぴくりと動く。
「来い」
「どちらへ?」
「……執務室だ」
(ふふっ)
私は彼に手を引かれながら、不敵な笑みを浮かべた。
コメント
1件
第10話、読み終わりました! 外交会議でソフィアが数字の甘さをズバリ指摘したところ、めっちゃ胸がすっきりしました…! あの複雑な資料を一目で見抜く頭の良さ、最高です。それでいて殿下に“素人扱い”されて、テーブルの下であんな仕返しをする大胆さ… もう、ソフィアのキャラにどんどん引き込まれます。会議後の殿下の反応も、想像するとドキドキしますね。次話が待ち遠しいです!
ひより
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鷹槻れん

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