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「まゆちゃん! そこ違う、ジャンプ」
「え? こう?」
紬と颯太の住むアパートの大家のまゆみは、アクションゲームを一緒にやっていた。
かなり馴染んでいる。
「もう、わからないよ。ちょっと、目疲れちゃったから休むね」
「仕方ないなぁ。5分休憩ね」
「き、厳しいぃ」
まゆみは、トイレへと歩き出す。紬は、壁掛け時計を見て、時間を確認する。
午後8時をすぎていることに気づいた。
(そろそろ、いい感じの時間かな……)
紬は、テーブルに並べたお絵かきした道具や折り紙などの遊び道具をテキパキと片付けた。
まゆみがトイレからまだ戻ってこないことをチラチラと確認した。
大家のまゆみは、70歳を超えたおばあちゃんで、2年前に夫を亡くしてから1人暮らししていた。
遠くに住む息子家族が盆と正月に孫に会うくらいで楽しみはそれくらいだという。
小さいながらに寂しそうだなと感じた紬だった。
ガチャとドアが開く音が聞こえた瞬間、紬はラグマットの上で横になった。
「紬ちゃん、次は何して遊ぶの? ……ん?横になってどうしたの? 眠くなったのかな?」
「まゆちゃん、わたし、お腹が超絶に痛い。苦しい」
「え? トイレ行く?」
「トイレじゃないみたい……」
「……ん? お父さん呼べばいい?」
「やだ」
「なんで? お父さん嫌なの?」
紬はポケットに忍ばせておいたメモをまゆみに差し出した。
「何これ。電話番号?」
「そこの人に連絡してほしい」
「誰? この人」
「お父さんの代わりに看病してくれる人」
「ふーん。とにかく呼んで欲しいってこと? 私じゃ、病院連れて行けないからね。腰痛いし、まぁ、いいや、電話すればいいのね」
まゆみは、メモに書かれた電話番号に電話した。名前はわからない人にかけるのは緊張するものだ。コールが鳴って3回目で相手が出た。
「もしもし? 楠紬ちゃんのことで電話したんですけど……」
まゆみも適当に話し出す。
『もしもし、朝井美羽ですけどもどちら様ですか?』
「あら? あらら? 美羽ちゃん? あれ、颯太さんの従妹じゃないの?」
まゆみは聞き覚えのある声で安心した。
『え? その声は、大家さん……?』
「そうなのよ。実はね、今こういう状況でーーー」
まゆみは颯太に頼まれて、紬を預かっていることを話しては、具合悪いから代わりに診てくれないかと話した。横で聞いていた紬は、してやったりとした顔をしていた。お腹など痛くない。仮病を使って、美羽と交流をとりたかった。
『そういうことだったんですね。でも、勝手にやったら颯太さんに怒られないですか?』
「大丈夫じゃない? だって、あなた、颯太さんの従妹なんでしょう」
『……えぇ、まぁそうですけど』
ごまかすのも必死だった。
「自宅の部屋に紬ちゃんと一緒に待ってるから来てもらえる?」
『わかりました。タクシーで向かうので、そうですね、15分くらいで着くと思います』
「お願いね」
まゆみはそういうと、電話を終えた。紬は、痛がるふりをして、横になっていた。
「ほら、紬ちゃん。美羽おねえちゃん来るから、お部屋に戻っておきましょう。立てる?」
「……うん。ありがとう、まゆちゃん」
紬は、ゆっくりと起き上がって、お腹をおさえながら、荷物を持った。
「よかったわね。まだ8時だからお父さんはもう少しかかりそうよね。助かったわ。おばあちゃんだからあまり夜更かしできないし、若い人にバトンタッチだね」
早々に荷物を自宅に運ぶ紬は、ソファに横になって待っていた。まゆみは、空調の温度調整をした。数分後、美羽は、
必要な荷物を持ってやってきた。
「こんばんは、お邪魔します」
「あら、美羽ちゃん。こんばんは。待ってましたよ。今の所、横になってたところなのよ」
「大家さん、ありがとうございます。紬ちゃん、大丈夫? お腹痛いって言ってたから可愛い湯たんぽ用意してたよ。
あと、飲み物と念のため市販薬を……。まだ痛む?」
薬局で買ってきたであろうビニール袋をがさがさとあさって取り出した。白いふわふわの可愛いクマのイラストが描かれた湯たんぽだった。
「……大丈夫」
まだお湯の入ってない湯たんぽを受け取っては恥ずかしそうに言う紬。
「ん? そう。とりあえずお腹温かくしておこうか。大家さん、あと私が見てますから大丈夫ですよ」
「あ、本当。助かるわ。あと、よろしくね。んじゃぁね、紬ちゃん」
「まゆちゃん、ありがとう」
手を振って去って行く。
(まゆちゃん?! 大家さん、年の割に若い名前?!)
ソファに寝ている紬の横に膝立ちになって、様子を伺う。
「紬ちゃん、どの辺痛むの?」
「……もう、平気。さっきはこのあたり痛かったけど今はもう、大丈夫になった」
みぞおちのところをおさえては、痛いところをアピールした。
「そう。調子良くなったならよかった。一応、7歳でも飲める下痢止めとか便秘薬とか買ってたから必要になったら飲んでね。風邪ではなさそうだよね」
美羽は、紬の額に手を添えては体温を確かめる。平熱に近い。手で触れられて、ドキッとする紬。
「来てくれて、ありがとう……美羽さん」
「う、うん。大丈夫、気にしないで。ちょっと台所借りるね」
美羽は台所に行き、マグカップに粉を入れてはポットのお湯を注いだ。
2人分のマグカップをトレイに乗せて、テーブルに置いた。
「はい。風邪ではなかったけど、予防になるから。ビタミンCたっぷりのホットレモン」
「酸っぱくないの?」
「うん、甘くて美味しいよ。一緒に飲もう」
初めて飲む紬は恐る恐る匂いを嗅いでからごくんと飲んだ。少し酸っぱかったが、甘くて美味しかった。
「酸っぱいけど、美味しいね」
「でしょう? 風邪予防にもなるから」
沈黙が続いたが、温かくて苦痛じゃなかった。
紬は美羽と過ごす時間が好きだった。温かくて柔らかい優しい時間。
話も聞いてくれるし、ご飯や飲み物も準備してくれる。些細なことだけど嬉しいものだ。
そうしてる間にも玄関のドアが開いた。
「ただいま〜」
「パパー、おかえり」
紬は、お腹痛かったのが嘘のように駆け寄って颯太のそばによる。
「紬、もう遅いから寝ててもいいんだぞ」
頭を撫でながら対応する。
「だって、美羽さん来てくれたから一緒に過ごしてたよ」
颯太は、一瞬固まって美羽の方を見る。
「……あ、ごめん。大家さんから聞いてた。紬のこと見ててくれてありがとう」
「ううん。勝手に引き受けてしまってごめんなさい。余計なことしたかなって思って……紬ちゃん、お父さん帰ってきたことだし、私そろそろ帰るね」
颯太は、慌てて帰る美羽の腕をつかんで引き止める。
「……夜遅いから、終電もないだろ?」
「え、タクシーあるし、大丈夫」
美羽は颯太に前回、拒絶されたことが印象に残っていて帰らなければならないという気持ちが強く出た。
「いいから、泊まって行きなよ。夜は、危ないから」
「え、やったー。美羽さんと一緒に寝れるの?」
紬はまだ返事もしてない美羽の前で喜んだ。複雑な表情を浮かべる。
「え、でも、私は……」
そう言いかけた横で颯太は、目の前でバタンと倒れた。昨夜の睡眠時間を削ったことが今になって出たようだ。スーツのまま、床に倒れている。数秒後、いびきをかいては寝始まってしまった。とてもじゃないが、声もかけても揺さぶっても
全く起きそうにない。
このまま帰るのは、あまりにも紬がかわいそうだ。
「あ……。もう……颯太さんったら」
「パパ、お口がお酒臭い!」
「ねぇ? 困ったお父さんね」
美羽は、颯太の両肩をずるずると引きずって、ソファに寝かした。紬が喜んで、お風呂に一緒に入ろうと誘われては言われるがままにやり過ごした。紬に裸になった時にジロジロと見られては恥ずかしかったが、お風呂から寝かしつけるまで終始ニコニコとしていたので美羽も安堵した。
ベッドで美羽と紬は横に並んで一緒に眠りについた。