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──その子の名前も、今でも覚えてる。
忘れようとしたことはあるけど、無理だった。
たしか、小学校の一年か二年くらい。
俺はもうその頃には、「気持ち悪い」って言われることに慣れてた。
教室で名前を呼ばれることも、隣の席であからさまに机を離されることも、
いちいち傷つかないふりを覚えた頃だった。
でも、その子は──最初は普通に、俺に話しかけてくれた。
「ノート、落ちてたよ」
「絵、うまいね」
「ねえ、消しゴム貸して」
たったそれだけの会話が、どれだけ嬉しかったかなんて、誰にも言えなかった。
俺は、何度もその子の言葉を思い出して、家に帰ってもノートを開いた。
「誰かと普通に話せた」
それだけで、その日がすこしだけ“ましな日”に思えた。
でも、当然のように、それは許されなかった。
ある日、その子が泣いてた。
俺が何もしてないのは本当だった。
ただ、休み時間に隣の机で絵を描いていただけだった。
でも、誰かが言った。
「あいつ、○○ちゃんのこと好きらしいよ」
「気持ち悪くない?」
「ストーカーじゃん」
そんな言葉が、あっという間に広がった。
そしてその子は、ある日俺の前で──言った。
先生の前で、みんなの前で、泣きながら言った。
「近寄らないで」
「怖いの」
──あれから、俺は二度と目を合わせていない。
彼女が本当に怖がってたのか、それとも周囲にそう言わされたのか、今でもわからない。
でも、俺は確かに、その場で“加害者”になった。
担任にも呼ばれた。「そういうことは誤解を生むから、やめなさい」って。
義母にも伝わった。
「あんた、また問題起こしたんだって?」
「女の子に気持ち悪がられるなんて、最低だね」
違う。
ちがうのに。
でも、何がどう違うのか、もう言葉にできなかった。
心の中で何度も、彼女の顔が浮かんだ。
俺のせいで、泣かされた。俺のせいで、責められた。
そう思った。
──あれ以来、女の子に近づくのが怖くなった。
いや、近づきたいと思う自分が怖くなった。
自分の感情が、誰かの涙に変わる。
「好きかも」って思った瞬間に、それは汚れになる。
「そばにいたい」って思った途端、加害に変わる。
誰かに話しかけたい。
でも話しかけたら、壊れる。
触れたいと思ったら、壊す。
好かれたいと願ったら、嫌われる。
存在そのものが、他人を曇らせる毒になる。
──それが、“最初に学んだこと”だった。
俺は、誰かに優しくされるたび、
「この人も壊れる」って思ってしまうようになった。
そうして、自分を遠ざける癖が、
どんどん、どんどん、深く染み込んでいった。