テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
東京の中心部にあるIT企業「ネクストリンク」のオフィスは、早朝から静かな活気に包まれていた。まだ社員が全員揃っていない時間帯だったが、エンジニアチームのデスクはすでにパソコンの画面がちらつき、キーボードの音が響いている。
山下葵は、薄いブルーのシャツに紺色のスラックスを身にまとい、今日もいつも通りの姿勢でモニターに向かっていた。入社三年目、バリバリのエンジニアである彼女にとって、コードを書くことはもはや呼吸のようなものだった。だが、最近は少しだけ気になることがあった。
「今日から新しい営業の人が配属されるって聞いたけど、どんな人なんだろう……」
葵は普段は仕事以外の話題にはあまり興味を示さないが、新しいメンバーに対する興味だけは少し湧いていた。何せ、営業とエンジニアは普段あまり接点がないからだ。
午前九時、会議室にて新メンバーの紹介が行われた。扉が開き、背筋の伸びた若い男性が入ってきた。黒髪で少し長めの髪を整え、落ち着いた表情を浮かべている。
「皆さん、おはようございます。今日から営業部に配属されました、風滝涼と申します。よろしくお願いします。」
その声は低く、はっきりとしていて、空気を自然と引き締めた。葵は彼の目を一瞬だけ見つめた。その瞳はまるで深い湖のように静かで、どこか謎めいた印象を与えた。
紹介が終わると、部署ごとに戻り業務が再開した。葵はモニターに向かってコードを書き進めるが、どこか頭の片隅に風間の姿がちらつく。
昼休み、同僚の美咲が興奮気味に話しかけてきた。
「ねえ葵、新しい営業の風滝さん、かっこよくない? クールで仕事できそうな感じでさ。葵もどう?」
葵は軽く笑いながら答えた。
「そうかな……まあ、まだよくわからないけど。」
美咲は目を輝かせて続ける。
「でも、営業ってエンジニアとは違って華やかだから、社内の雰囲気も変わるかもね。楽しみ!」
午後の業務は、急に舞い込んだトラブル対応で慌ただしくなった。システムの一部が突然停止し、営業部も顧客対応に追われている様子だった。
葵は自分の担当部分の調査に没頭していると、背後から声がかかった。
「山下さん、すみません、こちらのシステムのトラブル、営業側としても早急に解決したいので、何か手伝えることがあれば教えてください。」
振り返ると、そこに風滝涼が立っていた。彼は真剣な表情で言葉を続けた。
「お互いの部署が協力すれば、きっと早く解決できますから。」
葵は少し驚いたが、その申し出を素直に受け入れた。
「ありがとう、助かります。では、顧客からの問い合わせ内容を共有しますね。」
二人は資料を見ながら、詳細を確認していった。普段あまり話すことのない二人だが、このトラブル対応をきっかけに少しずつ距離が縮まっていく予感があった。
その日の業務が終わり、葵はふと窓の外を見上げた。夕焼けがビルの谷間を赤く染めている。
「新しい季節、新しい出会い……」
そう呟きながら、彼女の心には小さな期待が芽生えていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!