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屋敷へ戻った目黒と深澤は。
畳の上に並んで正座させられていた。
その前には照。
少し離れたところに翔太と涼太。
そして阿部。
「……」
「……」
目黒も深澤も妙に大人しい。
阿部は小声で翔太に聞いた。
「ふっかって」
「照の師匠だったんだよね?」
「そうだよ」
「なんで師匠が正座してるの?」
「怒られてるから」
「それは分かるけど」
翔太が肩を揺らす。
「昔からこんな感じ」
涼太も笑いを堪えていた。
「懐かしいね」
その前では。
照が腕を組んでいる。
「まず目黒」
「はい」
阿部が少し目を見開く。
目黒が。
はい。
と言った。
「人間の村」
「感情のまま壊したよね」
「……はい」
「何人死んだと思ってる?」
「分かんない」
「分かんないで済ませない」
「はい」
翔太がぼそっと言う。
「めめ、ちゃんと返事してる」
「照には昔からああだよ」
涼太が小声で返す。
阿部は笑いを堪えた。
「力が強いからこそ、加減しろって」
「昔から言われてたよね?」
「……言われた」
「誰に?」
目黒が隣を見る。
「ふっか」
深澤がすぐ振り返る。
「さんを付けろ!」
阿部が吹き出した。
「ふふっ」
「そこ?」
翔太も笑う。
照だけ真顔だった。
「今そこどうでもいい」
「よくないよ」
「俺、師匠だから」
目黒が不満そうにする。
「見捨てたじゃん」
「お前が覚えなかったんだろ!」
「教えるの下手だった」
「何だと?」
「ふっか」
照の低い声。
深澤がぴたりと止まる。
「……はい」
阿部はとうとう声を押し殺して笑った。
翔太が耳元で囁く。
「ね?」
「照が一番怖いでしょ」
阿部は笑いながら頷いた。
「うん」
「次」
照が深澤を見る。
「ふっか」
「はい」
「何しに来たの?」
「めめを叱りに」
「その結果?」
照が庭の向こうを指す。
倒れた木。
抉れた地面。
砕けた岩。
変わった川の流れ。
「……壊した」
「誰が?」
「俺とめめ」
「なんで?」
「めめが逃げるから」
目黒がすぐ反論する。
「追いかけるからでしょ」
「逃げるから追うんだよ」
「追うから逃げるんだよ」
「二人とも」
「はい」
「はい」
翔太は涼太の肩に顔を伏せて笑い始めた。
阿部も肩を揺らす。
照だけが真面目だった。
「後で二人で全部直すこと」
「え」
深澤が嫌そうな顔をする。
「結構広いよ?」
「壊す時は楽しそうだったよね」
「……はい」
目黒も静かに頷いた。
「分かった」
その後も説教は続いた。
力を感情で使わない。
人間の命を軽く扱わない。
自然を無駄に壊さない。
阿部を巻き込んで倒れさせない。
最後の一つで。
目黒が一番深く頷いた。
「もうしない」
阿部は少しだけ目黒を見る。
妙に真剣な言い方だった。
照も少し表情を緩める。
「ならいい」
「説教終わり」
その瞬間。
深澤が畳へ倒れた。
「あー疲れた!」
「正座しただけでしょ」
「説教聞くの疲れるんだって」
「する側で来たんじゃないの?」
「その予定だった」
翔太が大笑いする。
「完全に逆じゃん」
阿部も笑いながら深澤を見る。
最初に会った時。
あれほど怖かった神様。
今は畳に寝転がって。
「足痺れた」
と騒いでいる。
なんだか急に怖くなくなった。
阿部は少し迷い。
照に言われたことを思い出す。
「あの」
「ん?」
阿部は少し笑った。
「ふっか」
深澤が固まる。
「……」
「やっぱり駄目だった?」
次の瞬間。
顔が一気に明るくなった。
「いい!」
「え?」
「それ!」
勢いよく起き上がる。
「めちゃくちゃいい!」
「……そんなに?」
「居心地いい!」
「居心地?」
「もう一回呼んで」
阿部は笑う。
「ふっか」
「いい!」
翔太が吹き出した。
照はそんな深澤を見て。
少し嬉しそうに笑っていた。
「あべちゃん」
深澤が言う。
「俺、しばらくここにいる!」
「え?」
阿部より先に目黒が反応する。
「なんで?」
「居心地いいから」
「自分のところ帰れば?」
「嫌」
「帰って」
「嫌」
目黒の眉間に皺が寄る。
「めめ、嫌なの?」
翔太が面白そうに聞く。
「別に」
明らかに嫌そうだった。
阿部はそれがおかしくて笑う。
「決まり」
深澤が満足そうに座り直す。
「しばらくよろしく」
「よろしく、ふっか」
「うん!」
目黒がぼそっと呟く。
「ふっか」
「お前はさんを付けろ!」
阿部たちが一斉に笑う。
「なんであべちゃんはいいの?」
「かわいいから」
「俺は?」
「生意気だから」
「差別じゃん」
「区別」
「ふっか」
「ふっかさん!」
「自分でさん付けてる」
翔太がお腹を押さえて笑う。
目黒は納得できない顔。
「じゃあ深澤」
「もっと駄目!」
「なんで!」
阿部も声を出して笑った。
その笑い声を聞いて。
目黒の顔も少しだけ柔らかくなる。
深澤はそれをちらりと見て。
「あー」
と何か納得したように笑った。
どうやら。
しばらくこの屋敷は。
今までよりずっと賑やかになりそうだった。
夜。
阿部は翔太と縁側に座っていた。
庭には月明かり。
「あべちゃん」
「今日どうだった?」
「何が?」
「神様いっぱい増えたけど」
阿部は少し考える。
「思ってたより」
「みんな変」
翔太が笑う。
「それはそう」
「ふっかも最初は怖かったけど」
「今は?」
「面白い」
その時。
廊下の向こうから声。
「あーもう」
深澤が袖を少し汚しながら戻ってきた。
「めめ、直すの下手くそ」
翔太が笑う。
「まだ直してたの?」
「うん」
「岩戻したのに川ずらすし」
「木の向き逆だし」
「岩置く場所変だし」
阿部が笑う。
「めめらしい」
「ほんと」
深澤はため息をつく。
でもすぐ嬉しそうな顔になった。
「そんなことより」
「いいもの作ったんだぁー」
翔太が嫌そうな顔をする。
「嫌な予感する」
「なんで?」
「その顔してるから」
深澤が立ち上がる。
「二人とも来て」
阿部と翔太は顔を見合わせ。
その後をついていった。
屋敷の奥。
庭を抜け。
木々の間の細い道を進む。
「こんなところあった?」
「さっき作った」
「道も?」
「うん」
「……神様ってすごいね」
少し歩くと。
急に視界が開けた。
「あ……」
湯気。
大きな岩風呂。
その向こうに山と森。
夜空には星。
水面には月が揺れている。
深澤が得意そうに言った。
「温泉作った」
「作れるの?」
「地下の水上げて、温めただけ」
翔太が呆れる。
「だけの規模じゃないでしょ」
三人で湯へ入る。
阿部は肩まで浸かった。
「……気持ちいい」
「でしょ?」
深澤が嬉しそうに笑う。
しばらく三人で。
昼間の鬼ごっこや説教の話をした。
ふと阿部が聞く。
「翔太もふっかに」
「力の使い方教わったの?」
翔太が一瞬黙る。
「教わってない」
「え?」
「俺が来た頃」
「ふっか、百鬼夜行眺めるのに忙しかったから」
「……百鬼夜行?」
「夜になると妖怪いっぱい歩くやつ」
深澤が楽しそうに言う。
「綺麗なんだよ」
「何が?」
「列」
阿部は少し笑う。
「それ見てたの?」
「うん」
翔太が呆れた声を出す。
「何日も」
「俺より百鬼夜行」
「だって珍しかったんだもん」
「俺、元人間だったんだけど」
「涼太いるから大丈夫かなって」
「適当」
「結果大丈夫だったでしょ?」
「まあ」
阿部は笑った。
その時。
ふと違和感。
この温泉。
ただ温かいだけではない。
身体の奥が軽い。
目も妙によく見える。
阿部は温泉の外を見た。
「……え」
木の間。
小さな影が動いている。
頭に葉っぱを乗せたもの。
細長い腕をしたもの。
丸い毛玉みたいなもの。
「翔太」
「あれ」
翔太が見る。
「ああ」
深澤も笑う。
「見えた?」
阿部がゆっくり頷く。
「妖怪?」
「そう」
「なんで今まで見えなかったのに」
深澤があっさり答える。
「俺の神力」
「流れてるから」
阿部が固まった。
「……何?」
翔太がすぐ深澤を見る。
「ふっか、言ってなかったの?」
「今言った」
「入る前に言いなよ」
阿部が深澤を見る。
「どういうこと?」
「この温泉、俺が作ったでしょ?」
「うん」
「だから俺の力がいっぱい入ってる」
深澤は楽しそうに笑う。
「一緒に浸かると」
「あべちゃんにも少し流れる」
「少し?」
翔太が口を挟む。
「ふっかのちょっと、信用しない方がいいよ」
阿部の顔が引きつる。
「え」
「あべちゃん」
翔太が少し真面目になる。
「これ毎日入ってたら」
「早く神様になっちゃうよ」
阿部は黙った。
神様。
ここにいると。
少しずつ人ではなくなる。
お腹が空かなくなり。
寒さも暑さも感じなくなり。
歳も取らなくなる。
そして神様になる。
阿部は湯の中の自分の手を見る。
指先が少しだけ淡く光っている気がした。
「……早く?」
「普通にいるよりは」
「かなり早くなると思う」
深澤は嬉しそうだった。
「神様になったら」
「俺が全部教えてあげるね」
「全部?」
「力の使い方」
「妖怪の見分け方」
「結界」
「山」
「空」
「夜」
「人間には見えないもの」
どんどん楽しそうになる。
「毎日一緒に入ろうね」
翔太が笑う。
「勧誘してる」
「だって」
深澤が阿部を見る。
「あべちゃん、教えたらちゃんと覚えそう」
阿部は少し考えた。
人間ではなくなる。
以前なら怖かった。
自分が。
自分ではなくなるような気がして。
でも。
村はもうない。
家も燃やされた。
帰りたい場所も残っていない。
今そばにいるのは。
神様たち。
人間でいる理由を考える。
思いつかなかった。
どうせいつか神様になる。
それなら。
「……俺」
阿部が静かに言う。
「どうせ神様になるなら」
「早くなりたいかも」
翔太の表情が少し変わる。
深澤は嬉しそうだった。
「本当?」
「うん」
阿部は少し笑う。
「ふっか」
「よろしくね」
深澤が一瞬固まり。
ぱっと笑った。
「いい!」
「何が?」
「居心地いい!」
翔太が吹き出す。
「またそれ?」
深澤は嬉しそうに阿部へ寄る。
「明日から毎日入ろう」
「朝と夜」
「多いよ」
翔太が言う。
阿部も笑った。
「夜だけでいい」
「じゃあ夜」
「決まり」
三人で温泉に浸かる。
遠く。
山の中。
小さな妖怪たちが列になって歩いていた。
さっきまで見えなかった世界。
不思議と怖くない。
むしろ。
もっと知りたい。
もっと見たい。
この世界を。
そして。
その中心にいる目黒のことも。
もっと知りたい。
阿部は自分でも気付かないまま。
少しだけ笑った。
翔太はそんな阿部を横目で見る。
何か言いかけて。
やめた。
神様に早くなりたい。
その言葉の中に。
阿部自身もまだ気付いていない理由が。
一つ混ざり始めていた。
ずっとここにいられる。
ずっと目黒のそばに。
いられる。
それを。
もう嫌だとは思わなくなっていた。
コメント
2件
❤️💙💚と同様に含み笑いで肩を震わせました(≧∇≦)
説教部屋が漫才会場になってるの笑ったw 照さんが一番怖いって流れ、分かる気がする。でも最後の温泉、空気がふわっと変わったのが良かった。「どうせ神様になるなら早くなりたい」って阿部ちゃんが言う時、ずっと目黒のそばにいられる理由が混ざってるの本人だけ気付いてなくて、そこがすごく胸に来た。賑やかになった屋敷、この先めっちゃ楽しみです!
kaede🍁
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七瀬⛄️
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