「では、私から投げよう」
彼が言い、飲んでいたジンベースのギムレットをコーナーそばに据えられた小さな丸テーブルへ置くと、ダーツを構えた。
真っ直ぐに的を見つめスラリと立つ姿が、さすがに様になっていて、つい見とれてしまう。
彼のしなやかな指先からヒュンッと矢が放たれると、真ん中の赤い一点を目がけ飛んで行き、見事に命中した。
周りの人たちからも「おおー……!」と感嘆の声が上がり、私も「すごいですね!」と手を叩いた。
「そんなに褒められると、照れるな」
気恥ずかしそうに言いながら、彼が次の矢を手に取る。
投げられる瞬間、軽やかに腕がしなる仕草さえもスマートに決まっていて、傍らで見ているだけで胸がドキドキと高鳴ってくる。
息を呑んで見守る中、続けざまに投げられたダーツは、全てが中心を外すことなく刺さって、その腕前に驚かされた。
「次は、君の番だ」
あれほどの完璧さを見せられた後では、やったこともないし投げにくくてとためらっていると、「……こうするんだ」と、彼が後ろから片手で私の腰を抱き、矢を持った手をもう一方の手で引き寄せた。
背中に厚みのある胸板が密着して、鼓動が否応もなく早まる。
「こちらの、ダーツを構えた手と同じ方の足を、少し前に出すといい」
言われるままに、片足を踏み出す。
「握った手を、こうしてやや引いて……」
手首がふっと掴まれ、ダーツの先を少しだけ上向きにさせられる。
「そうして的を狙い、指を離して投げるんだ」
「は、はい……」
丁寧に教えてもらったおかげもあり、的にはなんとか当たったけれど……。……耳元に吹き込まれる彼の低めな声と吐息は、あまりに心臓に悪くて……。
それに……、たぶん貴仁さんの方には自覚はないんだろうけれど、腰に回された手だけではなく、その唇さえもくっつきそうな程に距離が近すぎて、心臓の音はどんどん加速していく一方だった。
当然のことながら、集中力に欠けた私のダーツはブレまくって、ゲームは彼の圧勝で終わることとなった──。
「貴仁さんが、こんなにダーツがうまいだなんて……。……それに、ダーツをしている時のあなたが、とってもカッコよくて……」
まだ後ろから抱かれたままのかっこうで、照れて赤くなりつつ話した。
「ありがとう。君にそう思ってもらえるのが、一番うれしい」
バックから両腕でさらに抱き寄せられ、耳のそばで密やかに告げられると、一気に体感温度が高まって、顔はますます真っ赤になった。
「……あの、それと貴仁さん、もうそろそろ離してもらっても……」
体温がふつふつと上がりまくっていて、これ以上抱かれてたら、それこそ沸騰でもしてしまいそうで、こそばゆい思いでぼそぼそと口に出した。
「あっ……と、すまない。気がつかなかった」
私にフォームを教えることに徹していて、密着していたことに本当に気づいていなかったようで、彼がパッと腕を離した。
「少し、酔っていたらしい。君に、くっつき過ぎていた……悪いな」
「そんな、謝らないでください。悪いことなんて、ちっとも……」
そこまで話して、彼の肩へ両手を乗せ、少しだけつま先立ちになった。
「……くっつき過ぎは、ちょっと恥ずかしいけど、大歓迎なので」
そうして耳元へ、本音をそっと囁きかけると、彼の耳が仄かに熱を帯びたのが、微かに触れた唇から伝わったのがわかった。