テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#料理男子
納得できないような顔だったけど、私も深く気にしないようにその場は濁すように笑っておいた。
「もう受付時間は終わってますし、貴方が来たら院長が渡しておいてほしいって言っていたのがあるのよね」
「いえ、本当に私は……」
断ろうと逃げるように後ずさるのに、しっかり腕を掴まれて中に引きずられるようにして入ってしまった。
「こんばんわ」
受付の二人に会釈をすると、深々と頭を下げられた。
クリーム色のワンピースで、仕事着まで可愛い。
「ここで待っていてください」
日色先生が奥に消えてしまったので、患者さん用のソファに座るのも気が引けて、廊下に飾られた絵画を眺める。
この冬に染まる時期に合わせた絵画ばかりで、雪が山を白く染めている絵やクリスマスツリー、サンタクロースの絵まであった。
受付に座っていた最後の患者さんが診察代を払って病院から出ると、値踏みされるような視線を感じた。
「ほら、古舘医師にはやっぱり本命がいらっしゃったのよ。綺麗な人だし」
やっぱりってどういう意味だろうか。
そして私に聞こえているのを若干分かってて言っているように聞こえて、少し不快だ。
「えー。だって前の職場から引き抜くほど日色医師を気に入ってるんじゃないの。あの人だって仕事中は古女房気取りじゃない?」
「でも日色先生は年増でしょ」
ひ。年増?
喬一さんより数歳年上ってだけでまだアラサーだし、あんなに綺麗な人なのに。
いや、周りがそんな反応だから本命だと言えず、私でカモフラージュ?
「南城さん、こちら。渡すように頼まれていたものです」
「ありがとうございます」
」
なんだろううと、渡された紙袋に視線を移したら、受付からひそひそと声が聞こえてくる。
「今カノと元カノ対決」
「ちょっと、聞こえるって」
私が視線を向けると、急に微笑んで取り繕っている。
「すいません。急にお邪魔しちゃって。日色先生、またごゆっくりお話させてください」
「ええ。私も聞きたいわ。時間を見つけてお話を聞かせてちょうだい」
「はい。今日は急にすいません。お邪魔しました」
受付の二人が邪推するようなことは全くないとアピールして、受付の二人に笑顔で会釈する。
何もやましいことはないので、堂々と二人を見た。
あんな性格のいい日色先生の影口を二度と言わせないぞっと凄みを聞かせて微笑む。
効果は分からないけど、あとで落ち込むよりは何か意思表示しておきたい。
私より若そうな二人は、少しだけ顔を引きつらせたように見えた。
*
「う。寒い」
薄いコートが風になびく。すっかり真っ暗になった空に、星が散りばめられている。
時間を確認しようとして、コートに隠れた時計よりカバンから携帯を取り出して確認してしまう。
その携帯のゲームアプリには、先日まで心の中の恋人だった東大寺くん。サラサラの髪に、甘く微笑み、いつも仕事終わりにゲームにログインすると『お疲れ様』と囁いてくれるのが、癒しだった。
なのに、今はその素敵なイラストを見ても、心がときめかなくなっている。
あんなにも課金したのに。
ゲームの中だけで楽しんでおけば、現実の面倒くさい女同士の値踏みや、悪意ある噂話は自分に関係ないままでいられる。
「……」
でも先日の落ちてきそうな満月の夜。初めて喬一さんに触れてしまったせいか、画面越しの恋人ではもう満足できない、我儘な女になってしまったに違いない。
猫かねずみか、はたまたウサギか。小動物が小さくかみついたような下弦の月。
その月を眺めながら、医院の後ろにある家へ向かう。
そびえ立つブロック塀を見て分かる豪邸に、息を飲む。
実家とそう変わらない。いや、新築な分、こちらの方が綺麗だ。
オートロックを解除して重たい門が自動で開くと、芝が生えた庭には、椿と桜の木、そして小さな池には水が張っていないようだった。リビング前の花壇も何も育てていないまま、土が入っているだけ。
庭だけでもこんなに広いのに、開業したばかりの喬一さんが手入れできるわけないよね。
私がするのかな。……できるかな。
門がゆっくり重たい音を響かせながら閉まるので、玄関へ向かう。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!