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「初代の聖女?」
私は、首を傾げた。コクリと静かに頷くアルベドを見ながら、私はついつい前のめりになってしまい、それを見たアルベドがドレスが濡れぞと言ってくれたことで、ハッと我に返った。
アルベドの言った話はあまりにも興味深いものだったからだ。
この世界にも死者蘇生という、人智の力を越えたものがあるということだけでも驚きなのに、初代の聖女を生き返らせたと言う話もまた驚きなのである。
だって、魔法とは無縁の世界で生きてきた私なのだから。
魔法と言ったら二次元で、私が生きていた世界にはなかったわけだし、死んでしまったおばあちゃんに何度生き返って欲しいと願ったことか。もし、あの時私が魔法を使えていたとしたら、おばあちゃんを生き返らせただろうか。
いいや、アルベドの話を聞いてからではきっとしないだろう。
私が存在しなかったと言うことになってしまう。私のいない世界になってしまうのだから。
(でも、私を必要としてくれる人なんていなかった……少なくとも家族には)
少し、嫌なことを思い出し私は首を横に振った。
そんな私を心配してか、何なのか、アルベドは優しく「おい」と声をかける。
「大丈夫、平気! 何でもない!」
「いや、俺何も言ってねえけど」
そう、アルベドは拍子抜けしたような声と間抜けな顔で言うと、本当に大丈夫か。と再度聞いてきた。
確かに、私が何代目かの聖女であることには変わりないだろう。でも、私が思っていた以上に聖女の歴史とは長いようだった。
(まあ、この間見た舞台でもそうだったけど、神話の時代から女神と混沌の戦いがあって、それから何百年周期で聖女が下界に降りてきているなら納得も出来るけど……)
すると、それに気付いたのか、彼は少し面倒くさそうな顔をした後、口を開いた。
彼の話によると、こう言うことだった。
初代の聖女は、混沌、災厄と対峙する前に何者かによって殺されてしまったらしい。そうして、初代の聖女を愛していた、密かに付合っていた恋人は禁忌の魔法、つまり死者蘇生の魔法を使って聖女を蘇らせたのだという。
勿論、蘇らせた恋人はこの世から居ないもの、初めから存在しなかったと消されてしまったが、聖女だけは、理から外れているために覚えていた。
しかし、聖女は恋人の死を哀れに思った。
聖女も人であり、心を持っていたため、悲しんだし、苦しんだ。だが、聖女は初めから自分は天命を全うしたら消える存在だと知っていたのだ。
だから、自分が消えれば新たな聖女が下界に降りてくること、恋人と永遠に過ごすことが出来ないことを知っていた。しかし、聖女はそれを隠していた。それは勿論、恋人を傷つけないためであったが、聖女は言わなかったが為に過った。
恋人を死なせてしまったのは自分だと悔い、そして、その悲しみのあまり聖女の魂は消滅しかけた。
だが、聖女はあと一歩の所で消えることが出来なかった。それは、天命に縛られていたから。
混沌と向き合うこと。それが女神が聖女に託した想いであり、女神の心は混沌にあったからだ。
だから、聖女は女神の化身でありながら、女神の意思や断片を持っていながらも独立した存在であったのにもかかわらず、その思いだけに縛られ最後まで災厄と闘い、初代の聖女は天命を全うした後消滅した。
「悲劇としか言いようがねえよな」
「……何で、初代の聖女は、自分が天命を全うしたら消えるって恋人に伝えなかったんだろう」
話を聞き終えた、私はぽつりとそんな言葉が口から漏れた。
だって、初代の聖女の恋人が、聖女を生き返らせるために禁忌の魔法を使ってまで、自分の命を捨ててまで好きだったのに。そうまでして、聖女を救おうとしたのに、聖女は恋人の思いに答えることはなかったのだから。
聖女という立場上、恋人がいても、世界のために、災厄を打ち返すためだけの存在であり続けなければならなかったのかも知れない。それが天命だから。
だからといって、それを理由にするのは如何だろうか。
(だって、恋人だって言っている以上、少なからず聖女はその恋人さんの事好きだったはずだから……)
「アルベドはどう思う?」
「どうって何が?」
そういって、首を傾げるアルベド。
私は一息ついてから、湖の水に触れ目を細めて口を開く。ぱしゃ、ぴしゃっと跳ねる水の音を聞きながら何だか晴れない気持ちで私は言葉を紡ぐ。
「だって、初代の聖女も恋人さんの事好きだったんなら、秘密を言うべきだったんじゃないかって」
「だから、それは、その男を困らせないようにって……」
「だって、最終的には死んじゃうんだよ? だから、最初に言うか、後に言うかの違いじゃない」
私がそう言うと、アルベドは黙ってしまった。無言は肯定と取って良いだろうか。
アルベドも私も、初代の聖女に会ったことがないし、その場にいて、彼女の置かれていた状況について考えることも何かを言うことも出来ない。どういう風に殺されて、生き返らせられたのかも、よく分かっていないようだったし。
恋人を亡くして悲しむ人がいるのならば、聖女である前に、人として、恋人として言わなければならない事があるはずなのに。
それを聖女だからというだけで、悲しませるという理由を付けて逃げたのは、初代の聖女の悪いところだと思う。
(私だったら如何なのかな……)
エトワールの身体にはいって、聖女として生きている今、もし初代の聖女と同じく恋人がいたとしてまだ、周りに天命を全うしたら消えるとか分かっていない状態だったとして、私はその恋人に秘密を打ち明けることが出来るだろうか。
(私は、遥輝に言えるのかな……)
そう、遥輝……リースの顔を思い浮かべて私は膝をキュッと曲げて縮こまる。
思えば、私は遥輝に何も言っていなかった。オタクであるということは、出会った当初からバレていたが、私の家庭環境については遥輝に何一つ言っていなかった。別に言えなかったわけじゃない。でも、遥輝は正義感が強いから言ったら何かしら行動を起こしてくるだろうと思っていたからだ。
ああ、私も一緒じゃないか。
(結局はエゴなんだ、言うも言わないもその人の価値感で決める……)
「エトワールは……」
「何?」
沈黙を破るように口を開いたのはアルベドで、彼は黄金の瞳を、風で揺れる湖に映る満月のように揺らしながら私を見ていた。
「恋人がいたとして、出来たとして……其奴に、言えないような秘密を抱えていたとして、それを恋人だけに言おうと思うか?」
「私? 私は……」
「俺は、言う」
答えを考えている暇もなく、アルベドはそう断言した。
彼の強い意志を感じるその言葉を聞いて私は目を丸くする。
「どうして?」
「だってさ、秘密を共有するってことは其奴を信頼してるって事だろ? それに、秘密の共有ってのは、その相手に対して助けてって言っているようなもんだしな」
「どういう……」
私がそう聞こうとすると、アルベドは自分で考えろと言わんばかりに私を見ていた。
確かに、全部が全部分からないわけじゃないし、アルベドの言っていることはふわっとだが理解できるような気がした。
「つまり、秘密って言うのはその人の弱点って言うこと……であってる?」
「ああ。秘密を言い合える信頼関係、秘密を伝えられるのは相手を頼っている証拠だ。自分の弱い部分を受け止めてくれるって言う確信があるから言えるもんだ」
アルベドはそう言って、フッと微笑んだ。
彼らしい回答だった。
彼は、その境遇から信頼できる人はいないだろう。弟にすら命を狙われ不眠症にまでもなっているのだ。全く、乙女ゲームの攻略キャラなのに、闇が深いと今更ながらに思う。
だからこそ、アルベドは秘密を言うと断言したのだろう。勿論、自分が一番信頼の置ける相手に、それこそ恋人のような互いを愛し合っている関係の人になら。
「そう言うってことは、アルベドには何か秘密があるっていうこと?」
「それはどーだろうな。まず、お前が俺の事信用してないんじゃ、俺もお前の事100%は信用出来ない」
「でも、前信用してるって言ってくれたじゃない」
「言ったけどよぉ、お前と関わる内に、お前の事分かってきたんだよ。まだ、俺に云ってないこと沢山あるだろ?」
そう言って、黄金の瞳を鋭くする。
その瞳に射貫かれ、私はドキッと胸が脈打つ。
確かに言っていないことは沢山ある。此の世界にいるはずの本当のエトワールではないと言うこととか、他にも沢山。隠していること、隠したいことは一杯ある。
「無理して言えって言ってるわけじゃねえし、強要もしてねえ。ただ、お前が俺を信頼できるようになってから話してくれれば良い。その時、俺もお前に話すから」
「何それ。何かそれってずる―――」
そう言いかけた時、ヒュードンッ! と大きな音を立てて、満天の星空に、赤い花が咲いた。
私は思わず顔を上げて、散っていく花火を目に移し込んだ。