「――っ!!」
久々。すぐそばに感じた想の存在感にドキッと心臓が跳ねて、思わず反応が遅れた結葉に、
「クッキー。上にあんだろ? 取ってやるから指示出せよ」
とぶっきらぼうに想が言い募った。
「想くーん、お客さんなのに手伝わせちゃってごめんなさいね〜」
そこで、向こうから美鳥ののほほんとした声がして、「いや、俺も食いたいんで問題ないっす」と想が返す。
「――で?」
再度結葉に視線を落として問い掛けてきた想に、
「あ、あの、そっち。左側の扉のところ。開けたら金色の丸い缶が入ってると思うから……」
偉央に対する罪悪感と恐怖心。想に対する後ろめたさと安心感。
相反するふたつの気持ちを悟られたくなくて、瞳をそらしがちにそう言ったら、難なく目的の缶を手にした想に、それを手渡される。
「有難う」と受け取ったと同時、一瞬だけ結葉の方へ顔を寄せた想に、小声で耳打ちされた。
「結葉。お前、何か変に空元気出してるよーに見えるし、すげぇオドオドしてっけど……。もしかして心配事とかあるんじゃねぇのか?」
その言葉に瞳を見開いて……「な、んでそんなこと……」ってつぶやいたら、声が情けなく震えて、鼻の奥がツンとした。
両親にだって気付かれなかったのに。
さっき久しぶりに再会したばかりの想が、自分の心の叫びに気付いてくれたことが結葉は堪らなく嬉しくて。
涙が盛り上がってきそうになったのを誤魔化すように、慌てて美鳥たちのいるリビングや、想に背を向けて食器棚に駆け寄った。
想はそんな結葉の小さな背中に向かって
「俺の携帯。番号変わってねぇから遠慮なく電話してこい」
言って、名刺を結葉の手に握らせると、何事もなかったかのようにリビングへ戻って行った。
(想ちゃん……番号、わざわざ渡してくれなくても私、覚えてるよ……)
誰もいなくなったキッチンの片隅。
結葉は想に手渡された名刺をギュッと握りしめて、心の中でひとりつぶやいた。
***
「結葉、遅くなってごめんね」
美鳥や茂雄と親子水入らずの夕飯を終えた頃、偉央が迎えにやって来た。
時刻は二十時になろうかというところで。
「偉央くん、遅くまでお疲れ様」
茂雄が偉央を労って、美鳥が「少ないけど」と今日の夕飯に出された豆腐入りのハンバーグをお裾分けに持たせてくれる。
「有難うございます」
玄関先、そんな二人に偉央がニコッと微笑むと、両親が息を呑んだのが分かった。
偉央ほどの美貌になると、老若男女問わず、ただ笑いかけられるだけで皆一応にフリーズしてしまうらしい。
そうしてみると自分は偉央と過ごした数年間で彼の顔に対する耐性が出来たのかな?とふと考えてしまった結葉だ。
(ううん、違う。多分……それより寧ろ――)
きっと結葉は偉央の笑顔の下に隠された〝裏の顔〟を知ってしまっているから。
だから偉央に微笑みかけられても、見惚れるよりも先に〝怖い〟と感じてしまうのだ。
それが、手放しに偉央のキラースマイルに魅了されない原因なんだろう。
(偉央さんも、想ちゃんみたいに心からの笑顔を向けてくれたらいいのにな。きっとそうしてもらえたなら私、何も知らなかった頃のように偉央さんのお顔にときめくことが出来るのに)
そこまで考えて、知らず知らず偉央と想を比べてしまっている自分にハッとして。
次いで、そんな結葉の顔を窺うように、偉央がじっと見つめていることに気が付いてゾクッとした。
「結葉、どうしたの? さっきから僕の顔をじっと見つめて」
どうやら結葉、無意識に偉央の顔を見つめてしまっていたらしい。
「ごめ、なさっ。何でも……ないですっ」
結葉がそう言うと同時、まるで「逃がさないよ?」と宣言するみたいに偉央に手を握られて。
ひんやりした偉央の手から逃れたくてソワソワしてしまった結葉に、美鳥が「旦那様のお顔に見惚れるなんて、ゆいちゃんってば♥」と揶揄ってくる。
(お母さん、違う。そんなんじゃないの……。お願い、気付いて……!)
咄嗟、そう思った結葉だったけれど、実際にそんなこと、美鳥に気付かれてしまったら悲しませてしまう!と思い直して。
次いで、偉央の方も、美鳥みたいに勘違いしてくれたなら、二人きりになったとき、変に問い詰められたりしなくていいな……と思ってしまった。