そのあと尊さんからこっそり聞いた話では、取締役会で亘さんの辞任勧告がされたとの事だ。
亘さんは風磨さんを次期社長、尊さんを副社長として株主総会、取締役会に推薦した。
その後、彼は系列会社にある、高級和食料理店の会社社長に収まるらしい。
何にせよ、お祖父さんの有志さんが目を光らせているので、株主総会で承認されれば、すべてその通りになるらしい。
有志さんは大株主の人たちと仲良くしているので、この決定が覆る事もほぼないという事だ。
《まぁ、腹を括るしかねぇな》
夜、私は尊さんとスマホアプリ『Face to Face』通称FTFを使って、テレビ電話をしていた。
「今まで以上に大変になりますね」
仕事としてもそうだし、副社長ともなれば、もしかしたらお祖父さんが尊さんに婚約者を用意するんじゃ……と余計な心配をしてしまった。
それを見透かしたのか、彼は安心させるように言う。
《女性関係については、もう心配する事はねぇからな》
「そうなんですか?」
《祖父さんの望みは一族経営の形を保ちつつ、しっかり会社を大きくしていく事だ。風磨は多少優柔不断なところはあるけど、経営者としてのノウハウや能力は充分にある。それを副社長として支える事を条件に、朱里との結婚を承諾させた》
「……い、いいんですか? 副社長、本当にやりたい事ですか? 怜香さんの束縛がもうなくなったなら、会社を辞める事だってできるんじゃないですか?」
以前に過去の話をした時、尊さんは海外で働く事を望んでいた。
《いいんだよ。乗りかかった船だと思ってる。確かに海外への憧れはあったけど、結局は怜香から逃れたい思いから生じた望みだった。普通に働いて普通に恋ができるなら、それ以上の事はない》
「……そうならいいんですが」
溜め息をつくと、尊さんが苦笑いした。
《祖父さんが、〝今度、朱里さんを連れてこい〟だってさ》
「ええっ」
私は怜香さんと会った時の事を思いだし、つい怖じ気づいてしまった。
《大丈夫。もう怜香みたいな事にはなんねぇよ。……今までの事は、怜香の実家の|國見《くにみ》家への遠慮もあったんだ。國見家は高級老舗旅館を営んでいて、祖父さん世代の口約束があって親父がお見合いする事になった。……それで浮気しちまったわけだろ? 怜香のやる事をある程度看過しないと、國見家に面目が立たなくなる》
「そうですね……」
今まで怜香さんのした事を〝悪〟と見なしていたけれど、彼女の立場から考えれば、あの人は夫に浮気された被害者だ。
憎しみのあまり暴走したのはやりすぎだけど、國見家のご両親は『こんな事になるなら、嫁がせなければ良かった』と酷く怒っただろう。
娘のやった事は許されないと分かっていても、『そもそも結婚しなければこんな事にならなかった』と思うのは当たり前だ。
《祖父さんは昔気質のジジイではあるけど、筋は通すタイプだ。親父には〝うまく妻を扱え〟と言ってたらしいが、最悪の形で終わっちまった。だから俺に〝申し訳ない〟とは思ってるらしい》
「そうなんですね。それは良かった……」
私は安堵して溜め息をつく。
誰もが被害者だと思うし、つらさに優劣をつけたらいけないのは分かっている。
けれど母親も妹も喪い、頼る人がいなくなって家で精神的にいびられ続けた尊さんほど、地獄を見た人はいないんじゃ……と思う。
だから尊さんのお祖父さんが、ちゃんと彼のつらさを認めてくれたと聞いて、本当に『良かった』と感じた。
――これから尊さんの人生が報われて、いい事ばっかりになりますように。
私は心の中で祈り、彼に微笑みかけた。
「じゃあ、ご挨拶しないといけませんね。……社内の事や怜香さん絡みの事が、落ち着いてからになるでしょうけど」
《だな》
尊さんは頷いて静かに微笑む。
怜香さんは事情聴取されているみたいだけど、これから刑事裁判が起こるとしても、長い戦いになるだろう。
あっさり認めたほうが罪が軽くなるかもしれないけれど、あそこまでこじらせた怜香さんが素直になるかは分からない。
専門の人と話して考えが変わる可能性はあるけど、意固地になったまま……も充分考えられる。
《親父はケジメとして離婚しないつもりみたいだけど、あの女が赤坂の家に戻る事はねぇだろうな。犯罪者になっちまったわけだし、自宅周辺はマスコミが張ってる。事が落ち着いて怜香が自由の身になったとしても、別居になるのは必須だな》
「そうですね」
ここで離婚せず最後まで責任をとろうと決意したのは、亘さんの唯一評価できるところだと思う。
《まぁ、大変なのは変わんねぇけど、俺としては怜香から解放されただけで万々歳だよ》
「ですね! 明るく考えていきましょう!」
私は両手で拳を握って、グッグッと上下させる。
「あ、そうだ。話ぶった切って話題変えていいですか?」
《ん? ああ》
私はラグマットの上で三角座りをし、画面の向こうの尊さんを見る。
《……なんだよ》
彼は書斎でPCモニターを見て手元を動かしながら、時折スマホスタンドの私を見て会話している。
「『速水部長は、小料理屋の美人女将としっぽりやってる』ってホントですか?」
コメント
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ここでぶっ込んできた朱里ちゃん.(笑) しっぽりって....😂Www
↓ねっ!言ったね!!!🤣
ꉂ 🤭ブッコミの朱里ちゃん❤️