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黎明
もののあはれ
23
地下3階。少し錆びた匂いが鼻の奥を突く。室内戦を想定された訓練室である。リトナがその場でぴょんぴょんと身軽に跳ねていると、今回の相方の姿が扉から顔を出していた。
A級幹部、ジュピター・アガメムノン。重力魔法の槍使いである。
背中から生えている2本の槍の刃先はジュピターの笑顔に似合わないように感じる。リトナは未だ彼が武器を持った際のギャップに慣れていない。
その後ろに立っているのは彼の専属部下レント・クラーレであろう。相変わらず真面目そうな男である、硬く結ばれた口が開かれて笑っているのをリトナは見たことがない。
「よ、早速で悪いんだけど魔力くれない?」
「えー…3割までなら」
「ありがと!」
彼が差し出した手のひらにハイタッチをするとパチンといい音がする。それと同時に彼の少しの魔力が手のひらを伝ってリトナの体内に入っていった。
「便利だよねぇ、リトナの魔力操作」
リトナの固有魔法、魔力操作には主に二つの使い方がある。
一つは死体の消去、生き物は命の灯火が散った際、長い長い時間をかけて魔力の粒となる。リトナはその魔力の動きを活発化する事で死体を消すことが出来るのだ。
もう一つは魔法のコピー、リトナは魔力の器は大きいが肝心の魔力自体を人並み程しか持っていない。その器に別の人物の魔力を注ぐ事でその人物の魔法も扱うことが出来るのだ。
しかし本人の7割程度の力しか出せない。
「自分でも度々便利だなって思うよ、デメリットもあるけどメリットが馬鹿だからね」
互いに体を軽く動かした後、じゃあとリトナは口を開いた。
「マリトーナちゃん」
「ここに」
リトナがそこ名前を口にした途端にバッと空気が乱れ、その先に居たのは影に似た女、マリトーナ・ラーファであった。 主に似合わぬ真面目な部下である。
「じゃあ、お願いしまーす」
背負っていた槍の片方に手をかけ、彼はそう言った。それを引き抜きクルクルと器用に回してそっと構える。地面の先からジュピターの頭の先を突き出たように見えるほどに、その槍は長く鋭い。
リトナも両側にある鞘から2本の武器を引き抜き、自分の魔力を両手からドクドクと流し込む。
双剣はナイフのように鋭く、持ち手の先からはジャラジャラと床にまで垂れた鎖が鳴く。
そして彼女の瞳はとっくに、紅に染まっていた。
その様子を見守った後に、目の前の真面目な黒子はそっと口を開いた。
「瞬間移動」
・・・
影の匂いに包まれ、瞼を開くと目の前には広大な草原と自然が広がっていた。
草原の奥には森も見える。今回の仕事の魔物が居るとしたらあそこだろう。
ぴょんぴょんと数回跳ねた後、両手に武器を構えボソッとリトナは呟いた。
『速度上昇』
魔力の塊をダッシュ力に変換させ、爆発させる。雷が通ったかのようなビリビリとした風を吹かせながら彼女は一直線に森へと突っ切った。
ジュピターはそんな様子のリトナを見て「あーあ」と呆れたように呟き、そっと自分の足に視線を落とす。
「先越されちゃった、まあいいや。重力操作」
自然界には似つかわしい独特の魔法発動音と共に彼の両足首にドーナツのような円が絡まる。
トットット。片足で軽く跳ねた後に、彼の足にグッと力がこもる。高く高く飛び上がり、そのまま雲の下を飛び回る。
A級幹部、ジュピターの固有魔法は重力操作。自分と無機物にかかる重力を自在に操る、と言うもの。
シンプルでありながら強い魔法である。
リトナの真上まで飛んできたのを確認して、彼はゆっくりと地面目掛けて降りていく。
軽い足取りで地に足をつけ、またほんのりと浮きながら辺りを二人で移動する。
ドスン、地面が揺れる。大きい魔物が近づいてきているようだ。
これは僥倖、運がいい。まさか獲物の方から近づいてきてくれるとは。
ジュピターは長く鋭い槍を持ち直し、リトナは自身の双剣を鞘から抜き取った。
一方は白い刀身であり、光属性の刃。『白刃』
一方は黒い刀身であり、闇属性の刃。『黒刃』
リトナ自身の魔力をその武器に吹き込み、自分の頭の中で武器の見た目を想像した物をそのまま影響させる物である。
大きな兎の額に角が生えた姿はなんとも厳つい。黒い瞳がギョロリと自分達を睨む。今回の目的の相手、ホーンラヴィットのキングだ。
夢の中でこいつによく似た小さな魔物を見たことがある。可愛らしく、撫でくりまわしたい愛らしさがあったが、こいつにそんなことをしたら確実に殺されるだろう。
『攻撃力上昇』
リトナがぽそりと呟く。すると地面が抉れ、砂煙がはらはらと漂う。
ホーンラヴィットを囲うように地面が順に割れていき、ついには辺り一面の視界が遮られた。
それに対抗するように、魔物は角の先から水の波紋のように魔力を空気に浸透させる。目が頼れないのなら魔力に頼ればいい。耳に、鼻に頼ればいい。そのような考えの元だろう。
魔物ながら、あっぱれである。だが_
時すでに遅し。ホーンラヴィットの足には何重にも絡まった鎖がジャラジャラと鳴いていた。
その先にいるのは真っ紅な瞳を獲物を狙う獣のようにギラつかせるリトナだった。
グルルルと喉を鳴らし、腹の底から出る咆哮に圧倒される。
それの理由は角の先から出る魔力の高周波であろう。音圧に耐えきれなかったその鎖はバチンと途切れてしまった。
「強度不足かなー…これは想定外かも」
ありゃりゃと声を漏らし、砂煙の中から一度退散する。すぐ近くで待機していたジュピターは彼女を見えぬ瞳で覗き込んだ。
「ん、そんなやばい?」
「いや、私の武器ぶっ壊すぐらいだから平気」
鎖が途切れたただの双剣を彼女は強いイメージを連携させるように握る。強く、強く。脳内での設計図は次々に構築され、完成した。
壊されるならば。
『さらに強くすればいい』
一度壊れた、あるはずのない鎖が光に包まれ、形を作った後に世界の光へと消えていく。
先ほどより重く、強いそれは地面の草の上を滑る。
「じゃ、固定するんで後よろ」
「お願いしまーす」
更なる咆哮に怖気ついたのか、自然の煙幕は空気の中へと紛れていく。
独特な魔法発動音。上を覗くとジュピターが空を歩いていた。
二本の槍が魔物に殺意を向けている。
「ドロップ」
苦しみの雄叫びと共に痛々しい音がする。ホーンラヴィットの両前足に二本の槍が突き刺さり、地面に固定された。暴れ狂うたびに赤紫の血飛沫が散らばっていく。
それをまともに浴びながらリトナは魔物の懐へと飛び込む。
今度は首に鎖を掛け、強く引っ張った。もう、音圧で壊されるほど脆くはない。
メリメリと音を立て、巨大な生首がドスンと時点に落ちる。
任務完了。リトナは二つの双剣を結ぶ鎖を光に戻し、腰の鞘に戻した。
「お疲れ様、ジュピター」
「そっちこそ、相変わらずの怪力だねぇ…」
木よりも大きい魔物の遺体にリトナはそっと手をかざし、しっとりと口を開く。
『魔力操作』
ひらひらと魔力の粒となり、それはゆっくり天に昇っていく。もう獣臭い血の香りは漂わず、それはただ暖かく感じた。
まだその中でも大きい塊をそっと撫で、リトナは優しく微笑んだ。
「…帰ろっか」
その言葉に返事はなく、代わりに返ってきたのは心の底は寂しそうな彼の笑顔であった。
コメント
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うわ、面白かった!「魔力操作」で他人の魔法をコピーするとか、武器をイメージで変化させるとか、設定の凝り方が好みど真ん中です。リトナとジュピターの軽い掛け合いと、戦闘時のギャップがたまらない。最後、魔物の遺体を魔力に還すときにリトナが優しく微笑むところ、あれで彼女の人間味がぐっと出てましたね。「血生臭い仕事」ってタイトルとの対比が効いてる。続き、気になります!