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その後、二次会の会場で少し呑んでから、夏菜たちは解散した。
みんなと別れ、有生と二人で駅まで歩いていた夏菜は、
「あ」
と唐突に声を上げた。
なにが、あ? だ、という顔で有生が見る。
夏菜は暗がりにはためく店のノボリを見ながら言った。
「いえ、ずっと気になってたんですよね。
この『可愛い女子の制服、多数あります。のぞいてみませんか?』ってノボリ。
誰に向けてのノボリなんでしょうね」
だが、ノボリのある制服屋さんを見ながら、有生は、あっさり言った。
「……女子生徒だろうが」
「いや~、やっぱり、そうですよね~」
と自分で話を振っておいて、うんうん、と夏菜も頷く。
「いや、私はなんとなく、変態さんに向けてなのかと思っていました」
「なんでだ……」
なんででしょうね、と夏菜は自ら首をひねってみた。
「『可愛い女子の制服』ってところでですかね?
でもまあ、普通のお店なので、たぶん、違いますよね」
「そういう解釈をするのはお前くらいのものだろうよ……」
と呆れたように言われ、夏菜は、そうかもしれませんね、と素直に認める。
「今、酔っているので、いつも胸に秘めていることをなんとなく言ってみました」
すみません、と謝ってみたが、有生は、
「いや、お前が、くだらないことしか秘めていないのがよくわかったからいいんじゃないか?」
と言う。
「そうなんですかー」
とあまり実のない会話をしているうちに駅に近づいていた。
構内の明かりを見ていると、有生が言ってくる。
「……此処からなら、マンションの方が近いよな」
「あ、そうですねー」
「明日は週末だしな」
「そういえば、そうですねー」
と言いながら、改札をくぐり、電車に乗った。
「……広田も認めてくれたことだし」
「だから、広田さん、なんの関係があるんですか」
とつり革をつかみ、ははは、と夏菜は笑う。
「いや、今日は道場に帰らなくてもいいんじゃないかって言ってるんだ。
どうせ、明日はマンションに帰るんだし。
マンションの方が近いし」
「あー、そういえば、そうですねー」
「……とか言ってる間に、通り過ぎただろうがっ」
と車窓を見ながら、有生が小声で叫んでいる間に、電車はもう道場近くの駅に着いていた。
「……なにか疲れたな。
最後の最後で、どっと疲れたな。
妄想の中で、俺を抱き寄せてみたと指月に言われたときより疲れたな」
そう呟く有生とともに、タクシーに乗って、結局、道場に帰った。
次の日、
いよいよ、週末ですね、と夏菜はドキドキしながら、荷物をまとめていた。
……このドキドキは社長とふたりで過ごすドキドキではなくて、100均グッズへのドキドキですからね、と心の中で言い訳しながら、もともと少ない荷物を更にコンパクトにしていると、LINEが入った。
利南子だった。
『お疲れー。
呑み会セッティングありがとう』
と鳥がニコニコしているスタンプが来たので、
『いえいえー。
楽しかったです。
お疲れ様でしたー』
などと送り返す。
呑み会の翌日、よくある会話に油断していた。
が、相手は利南子だった。
『で、それはともかく。
ちょっとなによあれ』
とつづきのメッセージが入り始めた。
『社長があんたのお供について来たのは予想通りだけど』
……予想通りなんですか?
私はなにも予想通りではなかったですが。
指月さんと打ち合わせしていたときにいたので、なんとなく誘ったら、じゃあ、行ってみようかって軽い感じで、たまたま言ってこられただけなので。
などと思っている間にも、つづけて入ってくる。
『指月さんもあんたが好きなんじゃん』
は?
『他の女を好きな男を振り向かせるのは、めんどくさいから。
いい男二人を持ってった罰として、別のイケメン用意して』
ファイトッ! とクマに発破をかけられ、走るねずみのスタンプが届いた。
この、ひーって顔で走っているねずみは私でしょうか……と思っている間に、また次が入る。
『あんたのお兄さんはどう?
あんたのお兄さんならイケメンで背が高いんじゃないの?
おうちも良さそうだし。
お兄様でオッケーよ』
いや、お兄様の意思はどの辺に……、と思いながら、夏菜は、ぽちぽちと打ち返す。
『あのー、兄は今、あまり稼ぎがないらしいんですが』
『じゃあ、却下』
早いな……。
『そうだ。
弟もいるって言ってなかった?』
『だから小学生ですよ』
『すぐに大きくなるわよ』
……うーむ。
困った人だ。
しかし、とてつもなくハッキリした物言いなので、いっそ、気持ちがいいな、と思いながら、
小学生なんで、利南子さんを素敵なお店とかに連れていったりできませんよ、という内容をやんわり伝えると、
『そうねー。
稼いでる小学生ってあんまりいないもんねー』
と入ってきた。
……稼いでいる小学生。
どんな小学生なんだろうな、と思う。
子役か、YouTuberか?
と思いながら、
『そもそも弟、今、日本にいませんし』
と打ち返した。
それで話が終わると思ったのだ。
だが、更に突っ込まれる。
『え? 何処にいるの?』
『イギリスの寄宿学校にいます』
『その弟でいいわ』
……どうやら、余計な一言を打ってしまったようだ。
「おい、夏菜。
支度はできたか?」
利南子とのやりとりが終わった頃、障子の向こうから有生が呼びかけてきた。
「は、はい、なんとか……」
と言うと、障子が開く。
「どうしたんだ。
どっと疲れて」
「い、いえ。
兄と弟をいっぺんに狙われましてちょっと……」
ま、まあ、利南子さん、社長は特にお好きなわけではないようでよかった。
……いや、よかったって言うのもあれなんですけど。
なにか騒ぎが起きても大変ですからね、ええ。
利南子さんの積極性の前では、私の存在など塵のようなものですから。
などと思いながら、
「すみません。
お待たせしました」
と言って、夏菜は恐怖のスマホをポイと鞄に投げ、立ち上がった。