テラーノベル
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「フー」
と息を吐き出す声がする。
千咲(ちさき)という男性がまだ開店前の店を見回し
「今日もお客さん来てくれるかな」
と独り言を言いながらテーブルに乗せた椅子を下ろしていった。
カランコロン
と音がする。
「あ~、早いね。湊翔(みなと)くん。」
そこに立っていたのは花束を持っていた丸坊主の小学生くらいの少年だった。
「これ、母ちゃんから。」
「うん、毎日有り難う。」
そう言って受け取ると、少年は少し恥ずかしそうに下を向きながら礼をすると店から出て行った。
そんな店に一見普通の姿鏡がある。
そこに映るのは何者か。
それを知っているのは店主と物語に出てくる人しか知らない。
***
「岬ちゃん?遅刻するわよ。」
そう声をかけながら私の部屋のカーテンを開ける音を聞こえて来て、重い瞼を開けると母が黄色いエプロンを着けて窓の外を見ている。
「眩し。」
と言うと
「あ~もう、やっと起きた。遅刻するわよ。早く朝ご飯食べて用意しちゃいな。」
と言い終わらないうちにキッチンに向かって部屋から出て行った。
「学校・・・・面倒い。」
それだけを思ってまた寝ようとしたけれど、遅刻したらお母さんに怒られる。そう思って布団からはい出て、パジャマから制服に着替える。
「岬ちゃん?まだ?」
「わかってる~。」
私はモタモタしながらパジャマを洗面所に持って行き、洗面所の前に立って自分の顔を見た。
「今日も不細工。」
溜め息をつきながら、ニキビだらけの頬をゴシゴシと洗って母が用意してくれたタオルで顔を拭く。
「ほらほら、岬ちゃん!」
と急かす母に私は
「分かったから。」
と言ってパンを一枚トーストに入れて焼き、野菜を自分の分を取り分けてお皿に置き、ごまドレッシングをかけて食べる。
チン
という音と共に出来上がったパンに最近は物価高で買いにくくなったバターを乗せて。
「は~贅沢。」
それを言うと母は
「もう、またそれやってる!贅沢ばかり。毎日同じように贅沢してたら大人になった時に困るわよ。」
と怒っている。私は
「分かっているよ~面倒だな~」
と言ってトーストを全部食べ終わって、食器を流しに持って行く。
「自分の分はちゃんと洗っておいてよ。お母さんもう仕事に行かなくちゃいけないし。」
そう言ってバタバタと走り回るので、私は
「また下から苦情来ても知らないよ~」
と言ながら洗い物を済ませた。
母は走って準備をしたのか玄関の方で
「悪いけど、洗濯物もしといて~。お母さんもう行ってくるよ~」
と言って出て行ってしまった。
「まじかよ。」
と呟くと時間を見て慌てた。
後三十分で家を出ないと遅刻する。
「ヤバい、ヤバい」
速攻食器を洗い終わり、洗面所に向かう。
ふと、よぎったのは和室にある仏間だった。
このアパートに引っ越した時には気にならなかったが、このアパートには和室の部屋が一部屋付いている。
そこは普段は母が寝ている部屋だけれども、私も自由に入ることが出来ている。
襖が開かれていて、入ってすぐの所に仏間がポツンとあった。
そこに一つ写真が飾られている。
その写真に写っているのは実の父と兄である。
父と兄は二年前通り魔に刺されて死んだ。
#小説
らびゅ🫶💕〜!
182
ぴーち。
12
ゆろଳ/𝕣𝕦𝕓𝕖也
星月 りのあ🌸🍡
40
呆気なかった。
たまたま、大学生だった兄を銀座の展示会に男二人で出掛けた時だった。
店が沢山並ぶ場所で、運悪く父と兄が展示会に向かって居る最中に通り魔が次々と人を刺し、その現場に居合わせた父兄は刺された人達を救護している際に通り魔に刺され、刺されてた場所が二人とも急所だった為呆気なく死んだ。
その知らせを、私は学校で授業を受けている最中に聞いたのだ。
女の教師が走って私のクラスに来て
「瑞羽(みずは)さん!お父様とお兄様が!」
と言った。
その時私はクラスで授業を受けていた。
毎日変わらない日々を過ごすはずだったのに。
私は目線を仏間から逸らし、洗濯機を回してドライまで設定させると出掛ける準備をして玄関の扉を開け聞こえない人に向かって
「行ってきます。」
と言った。
***
「今日は雨だから部活休みなんだって~」
と知美(ともみ)が私の傍に来た。
お互い軟式のテニス部で出会い、三年生の最後の夏の試合が近いというのに雨季の時期だからなのか雨の日がよく続いている。
「まあ、午後から雨って言ってたもんね~」
と購買で買ったパンを食べていると
「昼ご飯食べるの早くない?」
と知美に言われた。
「いや、毎日食べる習慣が付いていると部活があろうが無かろが、お腹空いちゃって。」
と言うと
「なるほどね~。そういえばさ、今日お兄さん達の命日だったよね。」
「うん。」
「大丈夫?」
「・・・」
「大丈夫な訳無いよね。本当にいつでも私の家に来ても良いからね。私の家大きいから!」
「知美~。でも知美のお父さんアメリカ人だからなのか、愛の気持ちが強すぎるから遠慮しておく~」
と笑いながら言うと知美は笑いながら
「いや、アメリカ人が全員がそうじゃなくて私のパパが、ただ暑苦しいだけなんだよ。」
と言った。
私は知美のお父さんに初めて会った時のを思い出した。
「あの時は大変だったな~」
と言うと知美が笑いながら
「入学式の時でしょ?三年間本当によく同じクラスになったよね。でもあの時笑ったわ~」
「あれは知美のお父さんが悪いよ。だって日焼けした身体にピチピチのスーツを着て、サングラスかけて外車で学校に来てさ~。」
「あれ、やめてって何度も言ったんだよ?」
「いや~私が家族と学校の門の所で写真撮ってたら、知美のお父さんが急に割り込んできて」
『トモダチにナリマショウ?コンニチワー』
と写真を撮っているのをお構いなしに握手を求めてきたのだ。
私の父が
『あの~』
と言うと
『アー!大丈夫!私ノ娘可愛い!!』
と言って助手席に乗っていた知美を私達の前に連れ出したのだ。
知美は今より十センチほど背が低かった。
今も百五十六位だが、あんな大きなお父さんの血を引き継ぎながら小柄な体型だった。
知美は人見知りが酷く、私の前に連れ出されてからもオドオドとして目線を挙動不審に動かしていた。
『私、瑞羽岬。よろしく。貴方の名前は?』
と聞くと知美は
『知美。知美って呼んで』
と言った。
何でも後から聞いたら、苗字もミドルネームも嫌いなんだそうだ。
知美は死んだ母方のお祖母ちゃんが付けてくれた名前で、小学校の時にアメリカから転勤してからあちらこちらと日本を転々としていて、その場所で度々虐めに遭っていたらしくよく苗字とミドルネームを馬鹿にされていたそうだ。
『知美、宜しくね。』
そう言いかけた時に
ブオン ブオン
とエンジンをふかしながらこちらに向かってくる音がした。
『あ、ママ』
と言って現れたのはゴツいバイクに乗った知美のお母さんだった。
「あれは、怖かったな~。知美のお母さん大型のバイクで来たと思ったら、急に知美のお父さんのお腹にパンチしたんだもん~」
「あんなの日常だよ~」
「でも、去年の知美の家でやったバーベキューは楽しかったな~。」
「あ~、楽しかったよね。あの頃に戻りたい、もう受験とか考えたくない。」
「それな~。」
私は最近先生と何度も面接をしている。
確かに母子家庭になってお金が無くなり大学に行けなくなった。就職かと思って考えているが、なかなか良い所が見つからない。
将来なんて考えたくない。
子供のままで良いのに。
そう考えながらカレーパンの最後の一口を口の中に放り込んだ。
***
私は学校が終わると、真っ直ぐ帰りたくなくて学校から二、三駅歩いてみた。
初めて見る商店街にキョロキョロと周りを見渡してしまう。
駅前だからなのかお洒落なお店が多い。
今日も放課後に担任に呼び出されて就職のことを聞かれた。
『このままでは就職先見つからなくなるぞ。』
と言われた。
私は昔から夢があった。
それはスクールカウンセラーだった。
高校に行く前からカウンセラーになるのが夢で心理学を学びたくて、独学で一応受験勉強をしていたのだ。
カウンセラーになろうと思ったのは、中学の時に虐めに遭ったときだった。
中学の時男子達から虐めに遭って、一時期不登校になったことがある。
その時にまだ赴任して間もないカウンセラーの先生からお手紙が来て
『もし良かったら、相談室に遊びに来てね。』
と書いてあった。
それから毎日お知らせの紙と一緒にカウンセラーからの手紙が同封されていた。
『最近暑くなってきましたね。もう初夏なんでしょうね、夏が近づいてきているのかしら。先生は夏が一番苦手なのよ』
と書かれているのを見て
「あ~私、一学期丸ごと行ってなかったんだ。私の時計は止まっているのに、周りは動いているんだ。」
と思った。
家に居る時は騒がしい兄のお陰で寂しい思いも、誰かと話さないという環境も無かった。
私は外との世界がズレていっているのを感じると、一気に怖くなってこれ以上止まって居られない。そう思って意を決して二学期からは行くようになった。
それでも最初から教室に通える訳でもなく、保健室や相談室に通って自習をしていた。
(あの時、毎日お手紙をくれた先生のお陰で高校も受験出来たんだよね。懐かしいな。)
そうふと懐かしい気持ちで心一杯になっていたら、懐かしい匂いがした。
(え?)
と思って横を見ると
『雑炊やってます』
という看板が立っていた。
(雑炊屋さん?珍しい!)
そう思って中を見てみると、今日は少し暑い日だからなのか客足は遠のいていてガランとした店内に、綺麗な大きい花が飾られていた。
私は興味津々に店の前のメニュー版を見た。
(初めて知った。こんな店インスタにも載っていなかったのに。)
雑炊だけでは無くて、リゾットもやっているらしく、またお味噌汁付きの定食のようなメニューもあった。
(今日の夕飯ここで済ませようかな。お母さん夜遅くまで帰ってこないし。それに値段も私の手持ちで全然足りる。ワンコインで食べられる所なんだ。)
そう思って私は店の中に入った。
カランコロン
店の中はオレンジ色の壁紙であちこちに写真が飾られている。
「凄い」
写真も誰か分からないけれど、この店に関わる人達なのだろう。
暫く店内を見渡していると
「いらっしゃい~。」
と三十代前後の男性が出てきた。
「あ、あの一人なんですけれど良いですか?」
「もちろん、好きな席に座って~。メニュー表とお冷や今持って来るね~」
どこかのほほんとした柔やかな顔でお冷やを取りに奥に行ってしまった。
私は落ち着きなく周りを見渡していると、一つの写真に釘付けになり、その写真がよく見える席に座った。
その写真を見ているとさっきの店員が水とメニュー表を持って来た。
「その写真気になる?」
「え?ええ。」
「この子は東日本で住む場所が無くなって東京に引っ越してきた子なんだよ。」
「この子あの大きな地震を体験したんですね。」
「君はずっと東京?」
「はい、だけれどこの東日本の地震は私も覚えています。凄く怖かった。テレビで震災の情報を見る度に本当に現実なんだろうかと思って怖かった。」
「そうだよね。この子はその地震でご両親を亡くされてね、親戚の家に行くのにこのお店を通って何となく入りたいって言って来てくれたんだよ。」
「へ~。私と一緒だ。私も今日父と兄の命日なんです。だから来たかったのかな。」
とチラッと店の端にある姿鏡を見た。
店員さんはお冷やとメニュー表を私に渡しながら
「ああ、この鏡気になるよね。」
「・・・ええ、まあ。この鏡だけ、この店には合わない気がして。」
「そうだよね~。でもこの店を開ける前からこの場所にあった物なんだよ。」
そう言って引き下がってしまった。
私はメニュー表を広げて鮭雑炊を頼むとインスタで、このお店の事を調べた。
すると一枚気になるページがあった。
『会いたい人に会える鏡』
(何これ、会いたい人って?)
店員さんが鮭雑炊を持って来た。
「あの、店員さん。」
とインスタで開いたページを見せると店員さんは困った顔をして
「ああ、前に来た食べログを書いている人だね。こういう書き方されたら困るな~」
「どういう事ですか?」
「この鏡はね、会いたい人に必ず会える訳では無いんだよ。その人に取り憑いた霊が鏡に映るんだ。その人は亡くなっている人だから、何かしらメッセージを残してその人の傍に居るんだろうけれど、その噂が一人歩きして会いたい人に会えると思ってくる人が多いんだよね。」
「もし、身近で亡くなっている人が居てその人が取り憑いてなかったら?」
「ああ、勿論自分の姿のみしか映らないよ。」
もし、私の兄と父が私の事を思ってくれているのであれば、未だに傍に居てくれているだろうか?
私はそう思って鏡の方に行こうとしたら
「ちょっと待って。その鏡の前に立つのは良いけれど、覚悟は必要だよ。本当に会いたいと思っている人に会えるか分からない。それにその鏡にその人が映るのは一回だけと言われていている。その後何度その鏡の前に立っても姿を見ることは出来ないらしい。それにね、もちろん声も聞けない。思いを伝える事は出来ないよ。ただもう一度会えるだけなんだ。それでも良いの?」
私は迷った。
でも今日父と兄の命日なのだ。そんな日にもう一度会えるかもしれない人に出会えるかもしれないのに。
「あの、やっぱり見てもいいですか?」
「もし、覚悟があるのなら姿鏡の前に立ったら良いと思うよ。」
そう言われて私は意を決して鏡の方に向かった。
***
「良かったの?」
「ええ、やっぱり今の私にはまだその鏡の前に立つことが出来ないみたいです。」
私はあの鏡の前に立つことが出来なかったのだ。
もし立っていたら兄さん達にもう一度会えたのだろうか。
そう思うと今この場でお店を出るのはとても後悔しそうだが、今の私には一度しかないこの機会を受け止めるほど大人になっていないと思ったのだ。
「そう、君が決めた事ならそれでいいと思うよ。・・・・ねえ、またこのお店に遊びにおいでよ。」
「良いんですか?」
「もちろん!あ、そうだ。もし嫌じゃなかったらこの店でアルバイトしてみる?」
「アルバイト?」
「そう、まかないと言っても雑炊とかになるけれど。時々豚汁とかも出るよ、それでも良ければ・・・・」
「えっと、私・・・・」
いきなりの申し出に少し驚いた。
確かに私は大学受験の心配が無いから受験の事は考えなくても良い、でも就活があるし・・・・でも賄い付きは結構助かる。
私が悩んでいると
「あれ?千咲さん。」
とこちらにやって来たのは丸坊主の少年だった。
「ああ、湊翔君お帰り。」
小学生くらいだろうか。少しヤンチャそうな少年といった感じの子だった。
私の事が気になるのか、チラチラとこちらを見てくる。
この子見た事ある。私は何となくそう思った。
「この子はね、湊翔。水織湊翔(みおり みなと)。そこの壁に飾られていた写真の子だよ。」
「どの写真だろう・・・。」
そう言って壁に沢山貼られている写真を見渡していると、数年前に撮られた湊翔君の姿があった。そこに映る少年は今の顔つきと違って前歯が無く屈託の無い笑顔をカメラに向け、そしてその少年に寄り添うように湊翔君によく似た女性が映っていた。
「あ、えと初めまして、私は瑞羽岬。」
湊翔は少し恥ずかしそうにしながら
「どうも。」
と言った。何となくトトロに出てくるカンタに似ている。
令和に少し居なさそうな、昭和感が匂う感じの子だった。
「店長さんって千咲さんていうんですね。」
と言うと
「あれ?言っていなかった?」
と言う。
「千咲さん、もし迷惑でなければここでアルバイトをさせて下さい。」
と言った。千咲さんは嬉しそうに
「迷惑じゃないよ!嬉しいな~じゃあさ店の電話番号ここに書いておいたから、面接が出来そうな日が見つかったら連絡くれるかな?一応住所とか確認しなくちゃいけないし。」
と言われた。
私は頷いて名刺を貰うとそのまま帰路に着いた。
帰ろうとした時に後ろで湊翔君が
「何で、急にアルバイトなんて雇おうなんて思ったんですか?人手不足じゃないですよね?」
と言っていたのが聞こえた。
それに対して千咲さんが
「あの子は一人にしてはいけないよ。」
そう聞こえたようだが、強い風にその声はかき消されてしまった。
***
カランコロン
「こんにちは」
笑顔で店内に入ってきたのは、面接を予定していた瑞羽岬だった。
「こんにちは、岬さん。ちょっとだけ待ってて貰っても良いかな?」
そう言って雑炊をお皿に盛ってお盆に乗せようとしていると
「手伝いますね、お昼だからお客さん多いし。ジッとしてるのもアレなんで。」
と言って岬が千咲の傍に行き、本日の定食メニューなのだろうお盆に手を添えた。
「本当?ごめんね。すぐ終わるからちょっとだけ待っててね。」
と言って千咲は次のお客さんの頼んだメニューを作る事に専念した。
岬は覚える事が多そうだなと思いながら、笑顔で食事を待っている客の前に持って行った。
この店は広いとは言えない、少しこじんまりしたお店である。
繁盛しているとは言え、きっと店長一人だけでもやっていけるだろう。
だけれど、どうして岬を雇いたいと言い出したのか分からなかった。
暫くすると昼時の時間が過ぎたからか、お客さんの入りが少なくなり岬が手伝わなくても良くなった。
「ふー、本当にありがとう。今日はいつもよりお客さんが多くて、少してんわやんわしてたんだ。岬さんが来てくれて良かった、有り難う。」
微笑みながら言う千咲さんに岬は少し照れた。
このお店に来る前にインスタで色々調べたが、“会いたい人に会える”という鏡の事は勿論このお店に立っている店主である千咲の人気も評判が良かった。
物腰が柔らかそうな姿は勿論、クラスの男子達と比べられないほど顔が整っているのである。
少しくせ毛で茶色の髪をした、長身で細身の姿と筋がある長い腕にインスタに書かれていたキラースマイルに世の女性達は夢中になっているようだった。
インスタには千咲さんと一緒に映った写真が沢山掲載されていて、写真に添えられたコメントには
『雑炊も優しい味がして、胃にとても優しい食べ物だがそれ以上に店長がイケメン過ぎて生きてて良かったって思える程!人気になりすぎて入れなくなったら困るけれど、一度は行った方が絶対良いお店!これから毎週私は通います!』
と書かれていた。
その投稿のコメントにも
『イケメンすぎる!神!こんなイケメンが作った雑炊、日によって変わる定食が食べられるなら遠方でも足を運びたい!』
と書かれていた。
岬はあまり人の顔や、イケメンクラスの女子達が騒いだサッカー部の先輩達を見ても何も思わないタイプなのだが、千咲は今まで出会った中でもイケメンと世が評価するに値すると素直に思う程だった。
「雑炊がやっぱり一番評判が良いですか?」
と聞くと千咲は少し考える顔をして
「そうだね~。でも、豚汁も人気だよ~。何て言ったって僕のお祖母ちゃん直伝の豚汁だからね。」
「千咲さんのお祖母様?」
「そんなに固く言わなくても良いよ。僕が二十歳の時に亡くなったから今から十五年前になるかな。心筋梗塞で亡くなったんだよ。祖母は地方に住んでいたから死に際に立ち会えなくてね。電話を貰ったときにはもう冷たくなっていたんだ。ほら、あの壁に貼られた一際大きい写真が飾ってあるでしょう?あの写真に映っているのが僕のお祖母ちゃんだよ。」
岬は千咲が指している写真に目をやると、千咲の目元に良く似たご高齢の女性が微笑んでいた。
「優しそうなお祖母様ですね。・・・・あれ、ちょっと待って下さい。お祖母様が亡くなってから十五年で、亡くなったのが二十歳。千咲さん今三十五歳なんですか?」
「うん、そうだよ。あれ言っていなかったっけ?」
「言っていませんよ!まあ、聞くタイミングもありませんでしたし。私まだ二十歳後半なんだと思っていました。見た目若すぎません?全然三十代に見えない!」
「それ、良く言われるよ~岬さんみたいな高校生から見たら二十代後半でもおじさんなんだろうけれど、僕はもう少し歳を取ったおじさんなんだよ~。そんなに驚かれるとは思っていなかった。でも、初めて来るお客さんは僕の年齢を聞いて驚く人は多いよ。」
「何をしたらそんなに若々しい姿保てるんですか?」
「え~、何もしてないよ~。このお店は岬さんも知っている通り女性のお客様が多いから、時々差し入れで美容グッズ頂く機会が多くてね。一応清潔感も考えて化粧水や乳液はしているけれど、それ以外は本当にしていないんだ。」
「それで、そんなシワ一本も無いハリのある肌が保てるの本当に羨ましいです。・・・あ、話逸れてしまいましたが一応履歴書持って来ました。」
圧倒的な美青年と評判の千咲の話題で面接に来た事を忘れていた岬は、思い出したかのようにスクール鞄から履歴書を取り出して千咲に渡した。
「わ~、丁寧に履歴書書いてくれたんだね。僕がスカウトした立場だったから書かなくても良かったのに。」
「いえ、ちゃんと書いた方が良いと思いまして。」
「有り難う~助かるよ~。うんうん。凄い丁寧に書いてくれているね。志望動機は父兄にいつか会うためって書いてあるけれど、鏡に向き合ったらそのタイミングは来てしまうけれど、ここで働かなくてもそれは叶うけれど良いの?」
「はい。今はまだ父や兄に会う勇気は無いのですが、ここで働く事によっていつかはその鏡の前に立てる気がして。」
「そう。うん、その日が来たら良いね。ここに来るお客さんは色んな人が居てね。一番辛かったのは前にも言ったあの大きな地震で失ったご両親に会いに来た少年でね。鏡に亡くなった人が映るのは一度きり。その鏡の前から動かなくてね、どんなに親戚の人が説得してもお母さん、お父さんって言って縋り付いてね。鏡の中に居るご両親も凄く辛そうだったよ。最後は鏡の中に映る少年を抱きしめるようにご両親がその少年を優しく包んでね。それを見て、『僕、頑張るから。父さんと母さんの分まで僕生きるから』って言って無理矢理笑顔を作って見せたんだ。僕も少年の親戚の人も涙が止まらなかったよ。」
「その少年は今どうしているんですか?」
「うん、今は中学生になってね。時々北海道から親戚の人と一緒にこのお店に来てくれて、もう一度ご両親に会えないかよく鏡の前に立っているよ。」
「そうですか。私もあの地震小学校高学年で遭って、あの日の事は忘れることは出来ません。東京に居ましたが、あの揺れは忘れる事は出来ませんし当時実況で放送されたあの姿を今でも鮮明に思い出すことが出来ます。あんな事は二度と起きて欲しく無い。失った人達の事を思うとこの鏡の前に立って、もう一度会いたいという気持ちは心の底から分かります。」
「そうだね、この鏡は意地悪だから一度だけしか会えないけれど。本当に何度も会えるのなら良いのに。てここで働いていて毎日思うよ。」
岬は部屋の隅に置かれている鏡を見た。
何の変哲も無い鏡だが、この鏡を求めて全国から足を運ぶ人は少なくない。
インスタで検索をすると、会いたい人に会いにこの店に足を運んだと言う人はかなり居た。
「でも、実際に会いたい人に会った人は殆ど居ませんでしたよね。」
と岬が言うと、千咲は少し困った顔をして
「そうだね。多分岬さんはインスタとかで検索して分かっていると思うけれど、この鏡に映るのは残された人と残してしまった人を強く想い合う魂にしか反応しないんだ。残された人がどんなに強く思っていても、残してしまった人の思いと合致しなければこの鏡の中に姿を現す事は無いんだ。酷い話だよね。」
「そうですね。」
岬はそう言う事しか出来なかった。
***
岬が、千咲が開いている雑炊屋さんで働き始めてから1ヶ月が過ぎた。
岬が数日働き初めてから学校に正式にアルバイトを始めた事を、担任に伝え進路を雑炊屋さんで働く事で落ち着いた事を報告した事で担任は煩く進路について言う事は無くなった。
岬が通う学校は指定校推薦で大学に通うことも出来たが、岬には大学に行くお金が無いので大学はお金を自分で貯めて大人になってから通うことにした。
知美にも雑炊屋さんの事を報告すると、その次の日にはお店に来て千咲の姿を見るなり顔を真っ赤にして
『格好いい!彼女いますか?結婚してますか?独身ですか?好きなタイプはなんですか?』
と質問攻めした。
千咲は困惑した笑顔を浮かべていたが
『僕は女子高校生からしたら、こう見てももうおじさんだからね~』
と交わしていた。
岬は知美の最初は雑炊屋さんなんて何かじじ臭いと言っていたのに、実際に来たら千咲さんの美貌にノックアウトされて夢中になっているのに笑いが止まらなかった。
知美は雑炊も食べて
『雑炊屋さんなんて、凄くじじ臭いと思っていたけれど。写真で見るよりも色鮮やかで凄く優しい味がして美味しい!最近受験で夜遅くまで勉強していて凄く疲れていたから、身に染みる~』
と言って数分で完食した。
また来ると千咲さんと約束して知美は帰った。
そんな日が凄く昔のように思えてしまうほど、岬の日常は充実していた。
母も忙しいのかあまり顔を合わす事は無く、キッチンに飾られている壁掛けのボードにバイトを始めた事を書いたが気が付いているのか気が付いていないのか反応は無い。
(まあ、そんな日もあるよね)
そう思う事でそのまま母と面と向かって、話す事は無いままこの1ヶ月が過ぎようとしていた。
雑炊屋さんは平日関係無く日中は特に忙しかった。
岬が最初に手伝った日は、一人でも回せるんじゃ無いのかと思っていたが実際に働いてみたら、雑炊や定食の注文を受けるだけでは無く料理を盛り付けたり作ったり、作っている間に次の注文が入りそして同時に会計を済ませる人も居る。
よくこんな忙しいのに人を今まで雇わなかったなと思うくらいだった。
岬は賄いも含めて学校が終わってから、八時過ぎまで週四で働いて居た。
今日は休日だから朝の開店と同時に入り、夕方の五時までだった。
溢れるほどの人の流れが少し落ち着いた頃に、一人の女性が来店してきた。
その人はうつむき気味に店に入って来て
「いらっしゃいませ」
と笑顔で接客する岬を横目に空いている席に案内すう前に座り
「卵雑炊を」
と小さい声で注文した。
岬はこの1ヶ月で少し店の事を知る機会が多く、こういうパターンは鏡の事を知って訪れた人に間違いないと思った。
(この人も何か事情があるんだ。)
そう思って岬はその女性が注文した卵雑炊を千咲さんに伝えると、千咲さんは何事でもないような顔をして注文を受け取った。
岬はお客が済ませた食事の後片付けに専念していると、先程来店した女性が岬をジッと見つめて来た事に気が付いた。
「どうかなされましたか?」
とその女性に近づくと
「・・・・ですか?」
と小さい声が通りを通る人の声にかき消されてしまって、上手く聞き取れない。
失礼を承知して
「大変申し訳ません。もう一度お伺いしても宜しいでしょうか?」
と聞き直すとその女性は今度は少し大きな声で
「ここって本当に会いたい人に会えるお店なんですか?」
と聞いて来た。
(やはりこの人はSNSでこのお店の評判を見て、忘れられない人に会いに来た人なんだ。)
そう思った。
「えっと、このお店は会いたい人に必ず会える訳では無くて残された人と残してしまった人の思いが合致した人のみ、店内の隅に置かれた鏡に姿が見える事が出来るんです。」
何度となく同じ質問をされて毎度同じ答えを、このやり取りを動揺する事無く岬は答える事が出来た。
「合致したのみにその鏡に映ることが出来る。」
岬が言った事をゆっくり理解するように、岬が言った事を繰り返しその女性は言った。
「会いたい人がいるんですか?」
この質問は聞いて良いのか分からなかったが、思い詰めるような顔をしたこの女性を説明するだけで終わったらいけない気がしてつい岬は聞いてしまった。
女性は少し驚いた顔をして岬を見て、また俯いた。
岬はやはり聞いてはいけない事だったんだと思い、謝ろうとしたら女性がまた小さい声で
「亡くなった姉に会いに来たんです。」
と言った。
「お姉さんに・・・」
と岬が繰り返すと
「はい。実は私双子で、一覧双生児だったんです。両親は私達が中学生になる前に離婚しまして、二人とも父に引き取られたんですが父が私達が高校生になった頃に再婚して。その義母とは全くと言って良いほど良い関係になれなくて、姉と二人で早く家を出たんです。大学は父が出してくれたので行く事は出来たのですが、ほぼ連絡は一年に一度の生存確認だけで。そんな関係が五年過ぎて社会人の生活も姉と二人で乗り越えていた頃に、姉に癌が見つかったんです。見つかったときはもう手の施しようが無くて、余命半年と告げられました。でも、姉は半年も持たなかったんです。癌が見つかって三ヶ月でこの世を去りました。今日姉が亡くなってから一周忌なんです。私姉が亡くなってから生きる力が無くて、後出しじゃんけんじゃないですけれど振り返ったら姉が癌を告知される前から異変は感じていたんです。その時に人間ドックでも受けさせれば、今でも姉は生きていたかもしれないと思うと。」
と言って女性は涙をボロボロと両目から溢れだした。
岬は店に置いてあるティッシュを急いで取りに行って、その女性に差し出した。
「有り難う、ごめんなさい。まだ姉の事を思い出すと涙が止まらなくて。」
そう言ってその女性はティッシュで涙を拭くと
「今日実は父に絶縁の連絡をしたばかりなんです。姉が死んだ事も告げて無くて。姉がそう望んだんです。両親が離婚してから両親とも関係が希薄になったのもあって、連絡も殆ど取っていなかったのだから葬式も友人達のみで良いと姉が遺言で残していたんです。一周忌もあって私から父にこれ以上関わらないで欲しいと連絡して。それで先日ここのお店を偶然同僚に聞いて足を運んだんです。」
「そうでしたか。」
そう言い終わる前に千咲さんが料理を運んできた。
「ごめんなさい、いつ持って来ようか悩んですが料理が冷め切ってしまうから話の途中なんだろうなと思いつつ持って来てしまいました。」
と言ってお盆に乗せた卵雑炊と豚汁を持って来た。
「有り難うございます。・・・豚汁ですか。卵雑炊とセットなんですか?」
「いえ、いつもは普通のお味噌汁なんですがきっとお客様は豚汁の方が良いと判断してお出しさせてもらいました。もちろん代金は卵雑炊セットで構いません。私が勝手にしたことですので。」
「有り難うございます。」
そう言って女性は目の前に置かれた卵雑炊と豚汁を見て小さく
「いただきます」
と言って一口豚汁を飲んだ。
「美味しい。」
そう一言言ったと思ったら、泣きながらご飯を次々と口の中に放り込んだ。
その様子を見て岬は、余程この人は思い詰めていたことを思い知った。
このお店に来る人は様々だ。
口コミで来る人が殆どで、噂になっていたから足を運んだという人も少なくない。むしろ、千咲さんの容姿を目当てに来る人も多かったり鏡の噂を知って面白半分で来る人も多かった。
中にはこの女性のように、会いたい人が居て会いに来たという人も居たが鏡に思っていた人に会える事は無かった。
(きっとこの女性が会える事も無いだろう。)
そう岬は思ったのだが、
「会ってみますか?お姉さんに」
そう千咲が言ったのだ。
「千咲さん!」
岬は止めようと思って千咲が言いかけた言葉を遮るように言った。
「大丈夫。」
そう言って千咲さんは岬を止めた。
岬は何か言いたそうな顔をしたが、今までこのお店に来た人達にこうやって鏡の前に立たせようとした事が無かったので、何かあるのかとそう思わせた。
「でも、この鏡に会いたい人に会える訳では無いんですよね?思いが合致しないといけないって。」
「そうなんです。でも貴女なら大丈夫。会えますよ。」
千咲に何の根拠があって言っているのか、岬には分からないが千咲が言うのであえればそうなのだろう。
女性は少し戸惑いを見せながら
「ここに来れたのも姉に会いに来たのですし、ここで帰ったらもう二度と姉に会えないかもしれませんし。」
そう言って立ち上がった。
千咲が
「事前に説明しますね。この鏡で会いたい人、残してしまった人に会えるのは一度きり。その鏡の前から移動すると二度とその鏡にはその人の姿。いえ自分自身以外映る事はありません。それでも構いませんか?」
「一度きり・・・でも、姉にもう一度会えるのであれば会いたい。もう一度姉に会いたい。一度きりでも構いません。会わせて下さい。」
そう言って女性は鏡の方に歩いて行った。
鏡には偶然会いたい人にふいに会ってしまわないように、布が被せられている。
「この鏡です。」
千咲が慣れた様子で鏡を端から少し移動させて見えやすいようにすると
「鏡の前に立って貰えますか?」
と千咲さんが言うと女性は少し腰が引けながら、鏡の前に移動する。
「こ、ここでいいですか?」
そう言って鏡の前に立つと
「はい、ここで大丈夫です。これから布を取りますが僕が良いと言うまで目を瞑ってて貰えますか?あ、そうそう岬さん。岬さんは姿が映らないように鏡の位置から離れて貰えます?思いが強い方が残してしまった人を鏡に映してしまうので。」
「そうなんですね、それだったら私離れた所から見てますね。死角に居た方がいいかな。」
そう言って岬は姿が映らない位置で鏡が見える所に移動した。
「心の準備は大丈夫ですか?」
千咲が女性に聞く。
「・・・はい。大丈夫です。」
そう言って女性は目を瞑った。
千咲さんは静かに鏡にかけてあった布を取った。
目をきつく瞑っている女性を見ると、微かに身体が震えている。
怖いのだ、この鏡に本当に亡くなったお姉さんに会えるのか怖くて堪らないのだ。
その気持ちは強く理解が出来る。
岬も最初にこの店に来た時に、父と兄に会えるかもしれないと分かった時会えるかもしれないという嬉しさ半分もし会えなかったらと思うと怖くて仕方なかった。
この店で働いて一ヶ月経過し、鏡の前に立つ機会など沢山あったのに未だに鏡の前に立つことが出来ないのはまだ怖いと思っている証拠である。
「ゆっくり目を開けて下さい。」
千咲さんの優しい声が店に静かに響き渡る。
外は相変わらず騒がしいが、どこかこの店の中の時空が違うそんな雰囲気がする。
女性は息を一度吐いた後、ゆっくり目を開けた。
岬はじっと鏡の中を見つめて居たが、女性以外映る様子は無い。
しかし女性はボロボロと涙を流し
「お、お姉ちゃん。」
と言った。
岬は涙を流し鏡に縋り付く女性を見て、鏡の中を見るが何か変わった様子はない。
どういう事なのだろうか、この女性には亡くなった姉の姿が本当に見えるのだろうか。
そう思って千咲に目線をやると、千咲は小さく頷いた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。ごめんね、気付かなくてごめんね。私本当は異変に何となく気が付いていたのに。その時に検査受けていたらお姉ちゃん死なずにすんだのに。私、勘違いだって思って言わなかった。凄く後悔していたの。あのね、言いたい事沢山あるんだよ。お姉ちゃんが死んで、死んでから私お父さん達と縁を切ったのよ。私の家族はお姉ちゃんだけだから。なんでお姉ちゃん私を置いて逝ってしまったの?一人じゃ寂しいよ、私も一緒に連れて行ってよ。お願い、一人にしないでよ。」
そう言いながら鏡を抱きしめるように涙を流す女性に岬は何も言えなかった。
千咲が宥めるように
「お姉さんはどんな表情をしていますか?」
と問いた。女性はその声に反応してゆっくり鏡を見た。
「・・・寂しそうな、悲しそうな顔をしています。」
「そうですよね、皆さんこの鏡で残してしまった人に会えた時に皆さん同じ事を言うんです。残された方は会えて嬉しい半分どうして置いて逝ったのかと皆さん問うんです。でも、残してしまった人はその問いに答える事は出来ない。誰も残したくて残した訳ではないんです。本当ならばこの世に残っていたかった。そう思っている人が大半です。きっとお姉さんも同じ事を思っているのでは無いのでしょうか?」
「残っていたかった・・・・」
「ええ、きっと貴女を残してあの世には逝きたいとは思っていなかったと思いますよ。特にお二人はたった二人だけの家族ですから。」
千咲の言葉にまた女性は声を殺して涙を流した。
暫く泣いていた女性は気を取り戻し、涙を拭いて
「お姉ちゃん、私大丈夫だから。私お姉ちゃんの分まで生きるから。お姉ちゃんがしたかった事のリストこの間見つけてね、今日持って来たんだけれど。」
そう言ってキョロキョロ見渡す。
岬はすぐに女性が卵粥を食べていた席に置いてあった鞄を女性に渡すと、女性は鞄の中をゴソゴソ漁って一冊のノートを取り出した。
「ここにね、お姉ちゃんが行きたかった国や見たかった景色、食べたかった料理。いっぱい書いてあったよね。これ見つけてお姉ちゃん最期まで生きるのを諦めなかったの、凄く伝わってきたの。このノートにはお姉ちゃんが詰まっているって思ったの。だから今日もう一度会えるなら、私が代わりにお姉ちゃんの。お姉ちゃんの代わりにその願いを叶えて良いか聞きたかったの。いっぱい写真撮ってくるから。だから時々で良いから夢の中に現れてね。沢山叶えてお土産話持って帰ってくるから。沢山夢の中で話をしようね。お姉ちゃん、約束だよ。」
そう言って女性は鏡に向かって笑った。
***
「有り難うございました。」
そう言って落ち着きを取り戻した女性は会計を済まして、店先立って店内を見てお辞儀した。
「お姉さんは貴女の想いを受け止められたと思いますよ。鏡ですので言葉は交わすことは出来ませんが、想いは伝える事は出来ます。お姉さんは何か貴女に伝えたい事があって今日鏡の中に現れたと思います。受け止められそうですか?」
「はい。時間は掛かってしまいましたが、姉が亡くなった事受け止められた気がします。姉が夢の中に出てきて、姉と約束したことが叶っていなかったら喧嘩になってしまうと思うので、毎日少しずつ時間を見つけて叶えていこうと思います。そして、姉と行きたかった場所や景色、お店に行ってこんな所もあるよ。あったよと教えてあげたいと思います。」
「そうですね、そうしたらきっとお姉さんも喜ぶと思います。」
「店長さんは気付いていたんですか?私が今日本当は死ぬつもりだったことを。」
岬はその言葉に驚いて千咲の方を見た。千咲は何の表情も読めない顔をして
「ええ。かつての私もそうでしたから。」
そう言って微笑んだ。
「・・・・店長さんもですか。そうですか。その人には会えたのですか?」
「・・・・いえ。会えていません。きっと僕がこのお店で働いて居るのはもう一度会いたい人に会うためだと思っています。」
「店長さん、また雑炊を食べに来ても良いですか?何かここに姉が居るような気がして。もう二度と鏡には現れないことは分かっているのですが、傍に居てくれるような気がするので。」
「もちろん、また来て下さい。姿は見えなくても会えた事は現実ですから。」
そう千咲が言うと、女性はまた深く礼をして店内にある布が被させられた鏡を一度見ると去って行ってしまった。
岬はその女性の背中を見つめて店長に問いた。
「店長は誰に会いに鏡の前に立ったのですか?」
「そうだね・・・」
「言いたく無かったら良いんですけれど、あのキッチンに飾ってある女性と関係あるのかと思って。」
「話したくない訳では無いから大丈夫だよ。僕がもう一度会いたいのは妻なんだ。」
「え?店長結婚していたんですか?」
「まあね、もう十年も経つかな。この店を一緒に切り盛りしていた人が居てね。その人が僕の奥さんなんだ。学生結婚をして二人でバイトをしながらお金を貯めて、この店を借りたんだ。最初は全くお客さんなんて来なくてね、閑古鳥だった。それがある時お客さんの間であの鏡に幽霊が映るって噂になってね。この店を借りる前に鏡の事は聞いていたけれど、本当だとは思っていなかったから気にしていなかった。
そんな噂が出回るようになってからお客さんが沢山来てくれてね。軌道に乗って僕が忙しい時期に妻がうつ病になったんだ。僕は妻には店に出なくて良いと言っていたんだけれど、何もしていないよりは何かしていた方が良いと言って無理矢理、店に出続けていた。そんな日々が過ぎていくなかで妻はどんどん悪化してね。そして妻は自殺したんだ。妻はビルから飛び降りる前に僕に電話したみたいなんだけれど、僕は店に出ていたから電話に出る事が出来なくて、妻は家に居るのだと思っていたから異変に気付かなかった。警察から電話がかかってくるまで妻が死んだ事に気付かず、店に居たんだ。」
「それで千咲さんは鏡の前に立ったんですか?」
「うん。妻の四十九日にね、僕も死のうと思って最期に妻の姿を見てから逝こうと思ってね、僕は警察から聞いただけだけど。妻は妊娠していたみたいなんだ。顔を見ることが出来なかった自分の子供と妻に会えるかもしれないと思って、鏡の前に立ったけれど・・・・・無理だった。自分以外の姿は見えなかった。このお店で働いて随分経つけれど、僕は鏡の中に現れるだろうなと感じる事が出来るタイプの人間で導く事は出来ても自分自身を導く事は出来ないみたいなんだ。でもね、決して諦めた訳じゃ無いよ。もしかしたら、僕の代わりに導いてくれる人が現れるかもしれないからね。」
「それでいつもなら鏡の前に誘導しないのに、今日はあの女性を鏡の前に立たせたんですね。」
「うん。あの人が来た時から何となくだけれど、鏡の前に立たないといけない人だと思ったからね。僕と同じ顔をしていたからね。」
さっきまで座って卵粥を食べていた女性の事を思いだした。
どこか思い詰めていた顔をしていた姿、どこか痛々しい姿を思い出し今目の前に居る千咲さんも同じだったのかと想像出来ない。
(今はこんなに明るいのに。お父さんとお兄ちゃんが亡くなった時のお母さんもそうだった。あの時もいつ自分の身を投げるかとヒヤヒヤしていたが、今は前向きに会社に行っているのだから大丈夫。あれ、何か記憶が抜けている気がする。何だろう。何が抜けているんだろう。)
「岬さんは今困っている事はあるかな?」
千咲はどこか苦しそうな顔で岬に問いた。
岬は何の事を言っているのか分からないという顔で
「ん~進路も暫くはこのお店で働くので困った事は無いのですが、今何か記憶の奥底で引っかかったような。でも、何かの思い違いかもしれません。」
と笑顔を見せた。千咲は困った顔をして
「そう、でも何かあったら言うんだよ。」
そう言って店のドアを開けて岬を中に入れるように誘導した。
(私が困っている事って何だろう。何か大事なことを忘れている事は確かなんだけれど。)
空中に目をやりながら、岬は考えた。
そんな様子を千咲は少し悲しそうな目で見守った。
***
「部活このまま出ないで引退試合出るつもり?」
と昼休みご飯を食べている時に知美が聞いて来た。
「うーん、正直雨ばかりの日だから考えもせず休んでいるけれど、何か私大切なことを忘れている気がしてね。」
「大切なこと?」
「そう、何か大切な事。」
「千咲さんのお店でバイトしている事と何か関係するの?」
「んー、あのお店でバイトしている理由はもう一度兄さん達に会いたいからなんだよね。」
「通り魔で亡くなった。」
「そう。」
「会ってどうするの?」
「え?」
「何か伝えたい事があったから会いたいんでしょ?」
「いいや~、ただもう一度会いたいという気持ちが大きいと言うか。」
「ふーん。それと何か大切な事とは関係するの?」
「それがさ~思い出せないんだよね。」
「私はさ、岬のこと大事に思っているから。」
「急にどうしたの?」
私が笑うと
「何でもない、ただ言いたかっただけ。それで?千咲さんの好のタイプとか聞いてくれた?」
「ああ~、千咲さん亡くなった奥さんの事忘れられないみたいだよ。」
「そう、亡くなった奥さん・・・・ちょっと待って、亡くなった奥さん?千咲さん結婚していたの?」
「知美がショック受けると思って言うか迷ったけれど、千咲さん学生結婚したんだって。」
「嘘・・・」
「本当、写真が飾ってあって前から気になっていたんだけれどこの間バイトの時に聞いたの。もう一度会いたいって。」
「そう、まああんなにイケメンなんだから結婚していない訳ないんだけれど。わ~、じゃあ私がアタックしても無理か~」
「というよりも、千咲さんは私達なんて相手にしないと思うよ。私と話をしていてもすぐに若いっていいね。僕はもうおじさんだから。て言うくらい歳の事気にしているみたいだし。」
「千咲さん若いよね?」
「三十五って言ってたよ。」
「え?そんな歳いってんの?」
「三十五でも十分若いよ。」
「いや、分かってるけれど千咲さんまだ二十代だと思っていたから。」
「確かに、私も同じ反応したよ。」
「見た目凄く若いよね?」
「ね~、肌も我々より若く感じるし。」
「近くで働いていてもそう思うの?」
「うん、正直クラスメイトと変わらないくらい若く感じる時もあるよ。」
「そうか~私もそのお店で働きたい。でも、パパが許してくれないし。」
「でも、客として来るのは許されるんじゃない?」
「良いのかな~。結構人気のお店だし、迷惑じゃないかな?」
「千咲さんはそんな迷惑だなんて思わないと思うよ。」
「ん~」
と真剣に悩む知美を見ながら私は笑っていると、制服のポケットで振動が伝わってきた。
スマホを見ると千咲から連絡が着ていた。
『今日定休日なんだけれど、お店の新メニューの事で相談したくて少しだけお店に顔出すことって可能かな?』
と書かれていた。
新メニューの事は軽く聞いていたが、詳しいことは聞いていなかったので参加させて貰える事が嬉しくて
『千咲さん、新メニュー何にするか決まったんですか?是非お店に伺います!』
と送った。
千咲は基本レスポンスが早い。
すぐに既読になり
『まだ、確実に決まった訳ではないんだけれど味見して欲しくて。それと、今日僕の友達も来るんだけれど良いかな?』
(千咲さんの友達・・・)
『もちろん、参加させて下さい。お友達の件、大丈夫です。事前に教えてくださり有り難うございます。』
送ったタイミングで昼休みの終えるチャイムが鳴ってしまい、その後スマホが触れなかった。
授業が全て終わると私は走ってお店に向かった。
お店に着くとシャッターが閉まっていた。
どこから入るべきなのか。迷っていると後ろから
「おい、店の前で何してんだ?」
と低い声が頭上から聞こえた。
私はビックリしてぎこちない動きで後ろを振り向くと、カタギとは呼べない人が立っていた。
(知美が読んでいる極道の漫画に出てきそうな人だ。)
背も高く180センチはありそうな高身長に、日頃から筋肉を鍛えているのだろう。服の上からでも分かる位盛り上がっている。
「あの、私・・・」
(震えちゃ駄目だ。何も悪い事してないんだから。)
そう思いたくても足は震えるし、こちらを見下ろす男の目が鋭く怖くて言葉が上手く出てこない。
「もしかして、お前・・・」
と男が言うと同時に私が来た道とは反対の方から
「あ~!もう来てたんだね~ごめんね~遅れて~」
と優しい声が聞こえた。私はその声の方を見ると千咲がこちらに手を振りながら歩いてくるのが見えた。
「千咲さん~」
と涙目で呼ぶと千咲が
「岬さん泣いているの?慧ちゃん、岬さんに何かした?」
と慌ててこちらに小走りで来て目つきの悪い男を責めるように問いかけた。
「慧ちゃん?」
千咲さんにそう呼ばれた男性をもう一度見ると、慧ちゃんと呼ばれた男性は頬を赤らめながら
「ちー、その呼び方止めろ。」
「なんでよ~、慧ちゃんは昔から慧ちゃんなんだから良いじゃない。それより、岬さん大丈夫?もしかして、慧ちゃんが怖くて泣いちゃった?」
「えーと、その・・・」
と言うと
「コイツが新しいバイトの子?」
と慧ちゃんが千咲に聞いた。
「うん、そうだよ。詳しい事は中で話そう。今シャッター開けるね。」
そう言ってポケットから鍵を出して、シャッターを開けた。
見慣れたお店が顔を出し、私は少しホッとした。
千咲さんがお店の扉を開き、中に入るといつも違ってシーンとした店内が異空間に感じた。
「それで?俺に話しってなんだよ。」
と慧ちゃんは、店に入るなりカウンターに座り肘を着きながら大きな溜め息を吐いた。
「そうそう、今日ね岬さんと慧ちゃんを呼んだのは新メニューの味を見て欲しくて。」
「新メニューね~」
「そう!雑炊も人気なんだけれど、このお店で次に人気なのが卵焼き!だよね?岬さん!」
「ええ、まあ確かに卵焼きを単品で頼む人は多いですね。」
「うんうん。それでね卵焼きで色んな味の卵焼きを作ろうと思っていてね。それでどれが良いか味見して決めて欲しいんだ。」
「色んな味?」
「そう!何個か家で作ってきたから食べて欲しくて。」
「家で作ってきたんですか?」
と私が聞くと
「そうだよ~いつもは慧ちゃんだけに決めて貰っていたんだけれど、岬さんも一緒に働いている仲間として協力して貰いたくて。」
「仲間・・・・」
「そうだよ~岬さんは今は僕の片腕だからね~」
「片腕だなんて!」
「そんな恐縮しないで~だって、今じゃ盛り付けはしてくれるし、接客は基本一人でしてくれているし、会計も任せっぱなしだし。一人で店回していた時の事なんて本当に過去すぎて、思い出せないくらいだよ~」
と笑う千咲に私が恐縮していると慧ちゃんが
「岬と言ったか?そんなにこの店人が入るのか?」
と聞いて来た。
「はい!インスタの口コミを見て来る女性が多くて。」
「あー、若い女が来るのか。どうせコイツの見た目で来るんだろう?」
「まあ・・・」
「コイツは昔から女だけじゃなくてもよくモテてたからな。」
「そうなんですか?」
「まあ一緒に働いて居たら分かると思うが、コイツ人たらしの所があるだろう?よく女達が勘違いして殴り合いとかあったんだよ。まあ、嫁が出来て落ち着いたかと思っていたがあんな事があったからな。」
「そうだったんですね。人たらしかはちょっと分からないのですが、色んな人とすぐに仲良くなってよく話しているのは見た事があります。奥さんの話も聞きました。慧ちゃんさんとはどういう関係なんですか?」
「幼馴染みだ」
「千咲さん、そうなんですか?」
「そうだよ~家が隣同士でね。気が付いたら一緒に行動している事が多くてね。今も連絡を取っているのは慧ちゃんくらいだよ~」
「そうなんですね。慧ちゃんさんはどういう仕事を・・・」
「ああ、俺よくマル暴と勘違いされるんだけれど警察官だよ。」
「ああ、カタギなんですね。」
「よくそんな言葉知ってんな。」
「友人が極道の漫画を読んでいるので、影響受けて。」
「極道なんて漫画の中は綺麗に書かれているけれど、実際は結構エグいぞ。」
「慧ちゃんさんはそう仕事をしているんですか?」
「まあな。」
「だからそんなに身体を鍛えて・・・」
「ああ、これか?これはあれだ、ボクシングで筋肉がついたんだ。」
「警察の仕事もしてボクシングもしているんですか?」
「ああ、趣味の一環でな。」
鞄からタッパーを取り出し、お店の皿に卵焼きを乗せながら千咲さんが
「慧ちゃんは昔ボクシングで食べていこうとしていたんだよ~。試合も沢山出ていてね~」
と言った。
「ちーはよく試合を見に来てボロボロの俺の顔を見るなり、よく泣いていたけれどな。」
「だって、勝っても顔血だらけだし見ているだけで痛くて。でも、慧ちゃんのその筋肉は羨ましいよ。」
「ちー、前からそれ言っているけれど試合に出なくても一緒に習おうって言っているのに。」
「僕には無理だよ~運動神経昔からダメダメだから。」
「顔は良いのにな~勿体無い。」
いつも店で働く千咲さんと違って慧ちゃんさん前では砕けた表情に、千咲さんが辛いだけの人生じゃ無かったことに安心を覚えた。
「それで、どの卵焼きを食べたら良いんですか?」
と私が話題を変えると
「そう!これこれ!」
と言って黄色い卵焼きを乗せたお皿をこちらに渡して来た。
海苔が入っている卵焼きや赤い色が入った卵焼き、一見特に変化無しの卵焼き、緑が入った卵焼き。
「この4種類ですか?」
「そう!まだ他にも案はあるんだけれどね~」
と言って千咲さんが説明しようとしていると
「これは上手いな」
と慧ちゃんさんが話を聞かずに食べ始めた。
「どれ?どれ?」
とカウンターから千咲は身を乗り出して覗き込む。
「なんか、チーズが中にあった。」
「ああ!海苔とチーズ巻きの卵焼きだね!でも、チーズ固まって居なかった?」
「まあ、固まっていた~出来たてだったら、もっと美味しいだろうな~」
「慧ちゃんは昔からしょっぱい系が好きだよね。岬さんも食べてみて?」
千咲に言われて私は慧ちゃんさんが食べて美味しいと言っていた海苔とチーズ巻きの卵焼きを食べてみた。
基本甘い卵焼きを食べる私なので、しょっぱい系の卵焼きは少し新鮮だった。
「うん、美味しいです。ご飯が進む感じがします。」
「うんうん、いつも卵焼き頼む人って雑炊と一緒に頼む人が多くて。雑炊だけでもお腹いっぱいになるかなと思ってセット売りにはしていないんだけれど、僕が作る卵焼きは白だしをメインにしてるから優しい味にはなると思うんだけれど、少し冒険するのも良いかなと思って。お客さんにどんな卵焼きが食べているか聞いたり、インスタでも調べてね~」
「この赤いのは何だ?」
「それはね、紅ショウガ~」
「へ~、これも上手いな。」
「これは?」
慧ちゃんさんがお箸で挟んでいる卵焼きは何か入っている感じがしない。
「これはね、甘いんだよ。確か岬さんは甘い卵焼きが好きだよね?お客さんと前話してたの聞こえてて」
「覚えててくれたんですか?」
「うん!むしろこんなおじさんが女子高生の話を盗み聞きしててごめんね。気持ち悪いよね。」
「千咲さんいつも自分の事をおじさんって言いますけれど、全然おじさんじゃないですよ?」
「ちー、そんなに自分の事をおじさん扱いしてんのか?」
「だって~慧ちゃんは分からないかもしれないけれど、毎日女子高校生と一緒に居たら老いを感じるんだよ~」
「まあ、岬を見ていると老いを感じるのは無理ないわ~」
「でしょ~。青春って思うでしょう?」
「そうだな~今何年生なんだっけ?」
と慧ちゃんさんが私に聞いて来た。
「高校三年生ですけれど。」
「というと受験間近じゃないか。こんな所でバイトしていて良いのか?親御さんは何も言わないのか?」
「私、父と兄を亡くしていまして。大学には行けないので就職になると思うのですが、どこか行きたい企業があるかと聞かれたら無くて。暫く行きたい所が見つかるまでここで働かせて貰って、学費貯めようかと思って。母にもバイトの話をしたのですが、最近忙しいのか話す機会が無くて。」
「お父さんとお兄さん亡くしたのは最近なのか?」
「二年前の通り魔で亡くなったんです。」
「ああ、あの通り魔な。岬はお兄さん達にもう一度会いたくてこのお店で働いているのか?」
「ええ、まあ。」
ここで働くようになってから、鏡の前に立とうとする人は少なくなかった。
皆それぞれ悩みを抱えていて、大切な人に会いたいという気持ちを強い持った人が多かった。
千咲が基本そんな悩みを持った人の対応をしてくれていたのだが、その鏡の前に誘導することはほぼ無い。
誘導する人と誘導しない人の差は何だろうと考えても良く分からない。
前に一度千咲に
『誘導するしないの違いって何ですか?』
と聞いた事がある。
前に亡くなったお姉さんに会いたくて来た女性が居た。
その人の時は前の自分に似ていたからという理由で鏡の前に誘導していた。
千咲は私の問いに少し考えた後
『きっと分かるようになるよ』
と言ってそれ以上は教えてくれなかった。
私が思いにふけっていたからなのか
「ああ、すまん。話したくない内容だったな。」
と慧ちゃんさんが言った。私は
「いえ、そんな事無いです。私には母も居てくれていますし、一人では無いので。」
と言うと
「そうか。岬のお母さんはどんな仕事しているんだ?」
「介護士です。元々専業主婦だったのですが、兄と父が亡くなってから生活していくために働き始めたんです。」
「それは体力勝負の仕事だな。夜勤もあるだろう。」
「ええ、最近は夜勤が多いのかほぼ顔を合わす事が無くて。」
「それじゃあ、家事は自分でしているのか?」
「ええ、まあ。」
「それじゃあ、今夜ちーと一緒にご飯食べる予定だったから一緒に来るか?」
「え、でも私お金そんなに持っていないですよ。」
「大丈夫だ。俺とちーが払うから。」
「でも・・・・」
「ちー、良いよな?」
私達の話を黙って聞いていた千咲に慧ちゃんさんが話を振ると
「ええ、もちろん。あ、そうだ岬さん申し訳無いのだけれど店のゴミを纏めてくれるかな?仕事の日じゃ無いのにごめんね。」
と言って来たので私も少しこの場に居づらかったというのもあって、その指示に従い厨房に向かった。
「慧ちゃんどうかしたの?」
とヒソヒソ声で千咲が慧に聞く。慧は
「ああ、俺の記憶違いじゃなければ岬に会ったことあるんだよ。あの時一緒に居た女性がお母さんだったのなら、受験の大事な時期に働かせるような人では無かったと思うんだ。きっと岬は隠している事があると思ってな。ちーも何か思ったから、あの子を雇ったんだろう?」
「少しね、僕も気になるところがあってね。」
「それは勘か?それとも何か感じたのか?」
千咲は慧の問いに答えられなかった。
***
「おい、岬。」
お腹がいっぱいになって眠くなったのか、それとも千咲と慧の話が長かったからなのか机に突っ伏して岬は寝てしまった。
慧が岬を揺すっても起きる気配は無い。
「疲れていたんだよ。寝かせてあげよう。」
千咲が慧に言い、慧は溜め息吐いて
「焼き肉久しぶりに食べたみたいな感じだったな。」
と煙草に火をつけながら言った。
「そうだね。お母さん忙しいって言ってたから外食は出来ないのかもしれないね。慧ちゃん、今日岬さんも誘ってくれて有り難う。」
「いや、何か放っておけなかったんだ。それに、ちーも大丈夫か?」
「何が?」
「お前、奥さん亡くなってから女とか駄目だっただろう?。」
「そうだね。」
「ちーが女子高生をバイトで雇ったって聞いた時は、何か訳があったんだろうなとは思っていたけれどな。」
「岬さんは僕の店に来たときに、あの鏡に興味があるようだったからきっと何かあるんだろうなとは思っていたんだけれど一人にしちゃいけないような感じがしてね。湊翔君にも言われたよ。人手が足りない訳じゃないのにどうして?って。湊翔君も僕が女性が駄目なのは知っているから不思議に思ったんだろうね。」
「ああ、あのガキンチョか。元気にしてんのか?」
「うん、元気にしているよ。毎日お花持って来てくれるんだ。」
「そうか。」
「湊翔君のお母さんも凄く気にしてくれているんだ。」
「そうか。」
「お客さんには本当に感謝しているんだよ。口コミを書いてくれたり、それを読んだ人がまた来てくれてね。」
「まあ、大半はちーの見た目なんだろうけれどな。」
「僕なんて冴えないおじさんなのにね。」
「まあな。」
「そういえば、慧ちゃん前にお見合いさせられるって言って無かった?」
「ああ~。まあ上司が煩いんだわ。歳も歳だからな。」
「そうか~でも慧ちゃんは学生の頃は彼女が途切れたこと無かったもんね。」
「まあな~この仕事し始めてからは出会いも無いし。そんな時間も無いし。」
「そうなの?女性警察官とか居ないの?」
「いるけれど・・・俺は職場恋愛しないんだ。」
「そうなの?」
「ああ。」
「そっか~」
「ちーは奥さんにまた会うという目標はどうだ?」
「まだだよ。一度というルールがあるからね。頭では分かっているんだよ。あの日現れなかったのが妻の言葉だって、なんで自殺したかなんて分からない。でも僕と生きる道を選ばなかったのは事実だからね。」
「ちー」
「大丈夫だよ。あの時の事は忘れられないけれど、時が経ちすぎたんだ。もう妻の声も最近じゃ思い出せなくなっている。どんな事が好きだったのか、どんな笑顔だったのか。店に置いてある写真以外の顔は思い出せないんだ。」
「他の写真や動画とかあっただろう?」
「あの日、鏡の前に立ったあの日。全て消したんだ。」
慧はそれ以上何も言えなかった。
※※※
千咲が結婚してた時の事はよく覚えている。
千咲と慧は学校でも常に一緒に行動していた。
今では見た目が怖く、カタギに見られなくなった慧だが学生の頃は派手な格好をしていた為か女にモテていた。
彼女と別れたという噂が流れたら、すぐに知らない女が告白してくるなんて事はよくあって、特に恋愛だの重視していなかった慧はフラフラと遊んでいた。
千咲は見た目が慧とは真逆で大人しく、真面目な学生だった。
千咲は知らないが学生時代ファンクラブがあったり、影で王子様と呼ばれていた。
ただ、千咲は女性慣れしていない所があり彼女を作った事が無かった。
大学生になり、千咲と慧は違う学校になった事もあってあまり一緒に行動は出来なった。
放課後遊んだりはあったものの、サークルやバイトが忙しくなれば連絡もあまり取らなくなる。
お互い元気でいれば良いと思っていた頃、千咲が学生結婚した事を報告してきた。
慧はあの千咲が結婚?と思った程ビックリした。
『子供でも出来たのか?』
とメールすると
『違うよ。でもね、一緒にお店だそうって話をしててね。今お店が出せそうな場所を探していてね』
ウキウキした千咲の顔が浮かんだ。
何て返事をしようかと考えていると千咲から再び連絡が着た。
『そうだ!お店が無事開いたら是非遊びに来てね』
『どんな店にするんだ?』
『雑炊屋さんだよ』
『雑炊?どういう店だよ』
『雑炊って胃に優しい食べ物でしょう?誰かにとって優しいそんな店になりますようにって』
『そうか、お前らしいな。店が開いたら連絡をくれ。1番に行ってやる』
店が開いたのはそれから一年後だった。
連絡を貰い時間を見つけて店に行くと夕方の時間なのに、客は誰も居なかった。
「まだ開いたばかりだからね。」
と言いながら鮭の雑炊を持って来た千咲は今まで見て来た中でも1番充実しているような顔をしていた。
奥の方から大人しそうな奥さんが顔を覗かせてこちらのやり取りを見ていた。
今まで誰とも付き合った事がない千咲はこういう人がタイプなのだと、何年もの付き合いになるのに友人の知らない一面を初めて知った。
それから時間が許される限りお店に足を運び、千咲の手料理を食べた。
客は相変わらず無かったが千咲夫婦は幸せそうだった。
慧が公務員試験を受け警察官になり、毎日が忙しくなった頃千咲の嫁は自殺した。
慧が千咲に会ったのは四十九日が過ぎてからだった。
あの頃の千咲を俺は忘れる事が出来ない。
慧は仕事終わりに店の前を通ると仮面のような笑顔で接客する千咲が居た。
店の中にはそれなりにお客が入っていた。
慧も他の客に紛れるようにして注文を頼み、店が終わるまで待っていた。
最近の仕事の忙しさもあったので、千咲の作った料理はとても美味しかった。
だけど今日は・・・・
暫く経ってから最後の客が店を出ると、千咲は下を向きながら机を拭いていた。
「ちー、大丈夫か?」
と声を掛けると
「慧ちゃん来ていたの?」
と慧が来ていたことに初めて気が付いたという顔でこちらを見た。
「気が付いていなかったのか。」
呆れた顔で言ったものの、それ以上は言えなかった。
千咲の今にも泣きそうな顔が、それ以上の言葉を拒絶するようだった。
「あのね、前来た時に話したと思うけれど店の中にあるあの鏡。あの前に今日立とうと思っていてね。もし、慧ちゃんがこの後時間があるのなら傍に居て欲しい。」
慧が自分が食べた食器を厨房で洗っていると、机を拭きながら千咲が小さな声で言って来た。
「鏡?」
余りにも小さな声だったので、水を止めて聞き返す。
「そう、妻にもう一度会いたいんだ。」
慧は何も言えなかった。
それからは二人して一言も話さず店を閉める準備をした。
前に聞いた事がある。
店の中には、前の持ち主から引き継いだらしい店に合わない姿鏡がある。
何でも会いたい人に会える鏡だとか。
その時は興味が無かったので詳しくは聞かなかった。
千咲はあの鏡を使って、亡くなった妻に会おうとしているのか。
慧はシャッターを下ろし店の中を見ると、千咲は姿鏡の前で立っていた。
「大丈夫か?」
慧が声を掛けると
「少し、震えているかな。」
「本当に会えるのか?」
少し困った顔をして千咲は
「分からない。この鏡は会いたい人に会える鏡と言われているけれど、必ずしも会いたいと願っている人に会えるわけでは無いんだよ。その人に取り憑いた霊が鏡に映るって言われているんだよ。」
「取り憑いた霊が映る?」
「そう、僕がこの鏡の前に立って姿を映すと僕に憑いている霊が鏡に映ると言われているんだ。ただ会えるとしても一度きり。会ったとしてもその後何度鏡の前に立っても、二度と会うことは出来ない。そして声を聞く事も出来ないし、話す事は出来ない。」
「なるほどな。それでも会いたいのか?」
「・・・きっと僕は恨まれてると思うんだ。」
「どうしてそう思うんだ?」
「自殺する直前、僕があの時電話に出ていたら今頃妻は生きていたのかもしれないしお腹に居た子供もお腹の中で元気にしていたのかもしれない。僕があの時・・・」
「ちー、お前のせいでは無い事は警察からも言われているはずだ。お前の奥さんは少し前からうつ病を患っていた事、財布から精神科の診察券が出てきたと担当した刑事から説明があったはずだ。だからお前のせいじゃない。」
「僕ね、沢山話をしてきたはずなのに精神科に行っている事なんて全く気が付かなかったんだ。もちろん妊娠していたことも。一緒に居たのに全く気が付かなかった。僕がもっと彼女に寄り添ってあげていたのなら、異変に気が付いたかもしれないし。僕はね、もう一度会いたいんだ。電話出られなくてごめんねって言いたい。生きていて欲しかったって言いたい。恨まれていても、もう一度会いたいんだ。」
「そうか。」
「だからさ、お願いなんだけれど導き僕の代わりにしれないかな?」
「導き?」
「そう。僕も数回しかした事が無いのだけれど、鏡の裏に立って鏡に掛けている布を取るの。僕は目を瞑っているから、布を完全に取ったら目を開けるように指示して欲しいんだ。」
「分かった。」
「じゃあ姿鏡を店の真ん中に移動させるね。」
そう言って千咲は鏡を壁から移動させた。
慧は千咲が移動させた姿鏡の背後に回り、千咲が姿鏡の前に立つのを待った。
姿鏡を店の真ん中に移動させると、千咲は鏡に姿が映るように立った。
「大丈夫か?」
千咲は怖いのか青白い顔をして小刻みに震えている。
「うん。この鏡の前に立つことなんて僕には無関係だと思っていたから、こんなに緊張することもそして会えるか分からないという不安や怖いという気持ちも想像以上だよ。」
慧は暫く千咲が落ち着くのを待った。
暫く呼吸を整えた千咲は
「慧ちゃん、時間掛けちゃってごめんね。もう大丈夫」
そう言って目を瞑った。
「布、取るぞ。」
「うん。」
慧は静かに姿鏡に被せてある布を取った。
「ちー、目を開けろ。」
祈るように手を前で組みながら、震える千咲に声を掛けると千咲はゆっくり閉じていた両目を開けた。
※※※
「慧ちゃん?」
ボーとしていたのか急に千咲に声を掛けられて、慧はビクリと肩を上げた。
「悪い、少しボーとしていた。」
と言うと
「大丈夫?疲れているんじゃ無い?最近まともな休み無かったんでしょう?」
「まあな、警察という仕事をしている以上仕方ないことだけれどな。」
「・・・ごめんね、僕が急に呼び出したから」
「気にするな。最近顔出せてなかったからな。せっかく時間が出来ても店が閉まっていたりとタイミングも合わなかったからな。」
「いつも忙しいのに気を使ってくれて有り難う。僕は本当に情けないね。」
「あのな、俺達の間に遠慮なんてものは最初から無いだろう?」
「うん。有り難う。」
「それにしても、全然起きないな。岬。」
慧は岬の身体を少し強めに揺さぶった。
岬は眉間に皺を寄せるだけで、起きる気配は全く無い。
「全く。おい、ちー岬の家知っているんだろ?流石にそろそろ家に帰してやらないと。」
「そうだね、面接の時に住んでいる家の住所書いて貰っていたから家は分かるよ。もう十時だし家に連れて帰ろうか。あ、今日は僕が払うからね。僕が呼び出したんだから。」
「まさかと思うが、岬を家に送る為のタクシー代は払ってくれとは言わないよな?」
「え?」
と聞こえないふりをして千咲はレジに向かった。
「アイツ・・・」
本当は心配だった。
千咲が震えながら鏡の前に立ったあの時、千咲の亡くなった奥さんは鏡の中に現れなかった。
一度千咲が普段全く飲まないお酒を飲んで酔っ払い俺に電話で
「店であの姿鏡で会いたい人に会える人が羨ましい。僕はいつまで導きをしなくてはいけないのだろうか。導きをするの、正直キツいよ。僕は会いたくても会えないのに。」
そう言った事がある。
翌日、千咲は全くその事は覚えていなかったのだが。
千咲は女が苦手なのに、女子高生をバイトに雇ったと聞いた時は何か意味があるんだろうなとは思った。
慧達は支払いを済ませ店を出た。
「ごめんね。岬さんを背負わせちゃって。」
とタクシーアプリで車を手配している千咲が岬を背中に背負っている慧に言った。
「ちーよりは力あるからな。」
「僕も何かスポーツした方が良いのかな?」
「ちーは昔から体力ないだろう?」
「そりゃあ、昔はよく体調を崩していたけれど今は平気だよ。」
「お袋さんには連絡取っているのか?」
「何?急に」
「ちーが結婚した時から連絡取ってないんだろう?」
千咲はスマホを見ながら何も答えなかった。
「学生結婚を反対されて親父さんに縁切られたのは知っているけれど、お袋さんには一言言ってもいいんじゃないのか?奥さんが亡くなったことも言っていないんだろう?」
「今更何を言えばいいの?妻が自殺しました。それは僕のせいですって?」
「そんな事・・・・」
「きっと、母さんの事だよ。妻の死なんて疫病神が去ったしか思わないさ。結婚報告した時母さんが何て言ったか知ってる?妻に対して息子を誑かした疫病神って言ったんだよ。確かに当時の僕は若かったし、社会の事なんて何も分かっていなかった。でもね、あんな事を言われる筋合いは無いと今でも思っているよ。」
慧は千咲の横顔を見ると、今まで見たこと無い憎悪の顔をしていた。
千咲と千咲の両親に何があったのかは詳しくは知らない。
「だけどな、まだ会える距離で居るのであれば会った方が良いと思うぞ。」
その言葉が千咲に届いたかは分からない。
千咲は慧のその言葉に何の反応も示さなかった。
タクシーが来ると二人は無言で乗った。
千咲が岬の家の住所を言い、タクシーは滑らかに発車したのだ。
タクシーの中ではラジオが流れていた。
昔よく聴いていた曲が流れてきた。
俺達の沈黙を破ったのは千咲だった。
「この曲聴くと慧ちゃんが振られた時のを思い出す。」
「おい、ちょっと待て。そんな記憶俺には無いぞ?」
「え~高校の時にさ、彼女に瑞羽くんと私どっちが大事なのよ!て言われて振られなかった?」
「あ~、あれはあの女が悪い。毎日電話は来るわ、帰りも一緒に帰りたがるし。お昼も一緒に食べようって来てただろう?まあ、もう顔も忘れたけれどな。」
「ひど~。でも、あの時はよく一緒に居たよね。」
「ああ。でも、今も変わらねーよ。今も時間があればこうやって来てる。」
「慧ちゃん、婚期本当に逃すよ。」
「良いんだよ。俺が好きでやっているんだから。」
「僕が女の子だったら慧ちゃんと結婚したのに。」
「俺は雑炊屋なんてしないから、ちーは男で良かったんだよ。」
「そうかな~」
俺達の会話を聞いていたのかタクシーの運転手が
「お兄さん、雑炊屋をしてんのかい?」
と聞いて来た。千咲は
「ええ、まだまだひよっこですが。」
「もしかして、駅近くの若い子に人気のお店かい?」
「ええ、そうです。」
「そうか、そうか。俺達のタクシードライバーの間でも有名でよ。何でも田舎の母ちゃんを思い出すって聞いてよ~」
「「田舎の母ちゃん?!」」
千咲と慧の声が重なる。
「そうよ!何でも一口食べれば母ちゃんに会いたくなる。俺も行きたいって思っていたんだがな、なかなか行く機会が無くてよ~」
「そうでしたか。そう言って貰えて嬉しいです。有り難うございます。」
「お兄さんが店を回してんのか?」
「ええ、ただ今は一人アルバイトを雇って一緒に店を回して貰っています。」
「そうかい、そうかい。この辺はうどん屋やラーメンはあるけれど時々は胃の優しい食べ物を食べたくなる時があるよな。おっと、この辺かな?」
お店からそこまで遠くない所に岬の家はあった。
「ここで大丈夫です。有り難うございます。」
そう言って降りようとすると
「すぐ帰って来るならここで待っているのも構わないぞ?」
とタクシードライバーのおじさんが言うが
「いえ、ここからなら歩いて駅まで行けますし。」
と言って千咲は断った。
慧は岬を背負いながら部屋まで行き、岬の鞄から鍵を取り出し玄関のドアを開けた。
中はシーンとしていて真っ暗だ。
「お母さん、夜勤か何かかな?」
「ああ、帰っていないって事は仕事なんだろうな。」
「まあ、玄関に寝かせる訳にもいかないし部屋に上がらせてもらおうか。」
そう言って千咲は家の中に入った。
慧も岬を一旦床に置き、靴を脱がせてまた背負い千咲の後を追った。
「ここかな?多分、勉強机もあるしここが岬さんの部屋かも。」
そう言って部屋の電気を付け、部屋を見渡す。慧は
「よっこらせ!」
と言って岬をベッドの上に横たわらせた。
「岬さんってテニス部だったんだね。知らなかった。」
「部活やっていたのか?今確か高校三年だから最後の試合とかあるんじゃないのか?」
「そうなんだけれどね~。部活に出てないのかな。」
「ちょっと、喉渇いたから水貰ってくるわ。」
そう言って慧はキッチンに向かって行った。
千咲は勉強机が気になり、参考書を手に取った。
「本当は大学に行きたいんじゃないのかな?」
どの参考書もメモ書きがされている。
就職すると言っていたけれど、本当はやりたいことがあるのだろう。
見てはいけない気がするが、自分の事を隠す危うい岬を少しでも知りたくて千咲は机の上に広げられている教科書を見た。
その教科書には心理学と書かれていた。
独学で勉強をしているのかノートにはびっしり文字が書かれている。
「凄いな~高校生でこんな難しい事を勉強しているなんて。」
そう感心していると、家の奥から
「おい!ちー、ちょっと来い!」
という声が聞こえた。大きい声では無いので岬が起きる事は無いが何かあったのか不思議に思い、小走りで慧の傍に行った。
慧はリビングの真ん中に立っていた。
「電気くらい付けなよ。」
と言いリビングの電気を付けるとそこには異様な光景だった。
「なあ、ここって本当に大人が住んでいるのか?」
そう慧が怪しむような声で言った。
ソファには埃が被り、机の上には一年前のチラシが置かれている。
カレンダーも一年前から捲られていない。
「忙しくてっていう感じじゃなさそうだね。」
そう千咲が言うと慧が
「あのボードも見てみろ。岬がバイトを始めましたと書いてあるが文字褪せているだけで、誰も触れた形跡が無い。」
「僕の勘が当たったのかな。」
「どういうことだ?」
「岬さんをね最初見た時、一人にしてはいけないって思ったんだ。もしかしたら、このことだったのかも。」
「岬はお母さんと暮らしているって思っているんだよな?」
「うん。」
「岬のお母さんの事、俺署に戻って調べてみるわ。」
「うん、そうしてくれると有り難いかも。僕は岬さんが目が覚めるまでこの部屋で待っているよ。」
「ああ、分かった。」
そう言って慧は職場に戻って行った。
千咲はあちこち見るのは気が引けたが、閉まっている扉を開けて部屋の状態を見た。
掃除をされているのは岬の部屋とキッチン、仏間だけらしく。
ある部屋は誰も入っていない様子だった。
その部屋は化粧台、一人用のベッド、そしてクローゼットがあった。
ベッドには脱ぎ散らかされたパジャマが置いてあった。
***
「本当にあの日は迷惑を掛けてしまってすみませんでした。」
お店の開店が落ち着いてお客が少なくなった頃、岬は千咲に謝罪した。
あの日岬はお腹がいっぱいになったからなのか、お店で寝てしまい慧と千咲に送って貰ったのだ。
寝ていた岬を千咲が起こしてくれて、朝ご飯も作ってくれたのである。
それからというものの、千咲と慧は岬と一緒に食べるようになり帰りはいつも部屋まで送ってくれて朝ご飯を用意した後帰って行くのだ。
「もう、その事は良いんだよ。」
と千咲は言ってくれる。
「でも、バイトがある日は夕飯までご馳走になってしまっているし。朝ご飯まで。」
「良いの良いの。いつもバイト頑張ってくれるお礼だよ。」
そう言って千咲はお皿を下げて厨房に行った。
(どうして、ここまでしてくれるんだろう。お母さんにバレたら絶対に怒られるけど、一人であの家に帰るのは寂しかったから有り難いんだよね。)
「お~、今日もあっついな~」
と店に入って来たのは千咲の友人の慧である。
「慧さん、お昼に来られるのは珍しいですね。」
とメニュー表を渡すと
「ああ、たまたまこの近くで調べ物があったからな。」
そう言ってメニュー表を読んでいた。
慧の声が聞こえたのか厨房から
「あれ?慧ちゃん?珍しいね~」
と顔を覗かせた。岬はお冷やとお手拭きを持って行くと
「何だよ。俺が昼間から来たらいけないのか?」
と凄んだ顔で言うので
「慧ちゃん、その顔カタギの顔じゃ無いよ~」
と千咲が笑いながら言う。
岬も最近は慣れてきたものの、慧の強面はまだドキッとしてしまう。
「それで~?何にするか決まった~?」
と千咲が聞くと
「この梅干し雑炊にしようかな。あれだろう?蜂蜜漬けの梅干しだろう?」
と慧がメニュー表を閉じながら言った。
岬はメニュー表を受け取ると、千咲は
「そうだよ~。この暑さにはしょっぱいのが食べたくなるよね~。今作るから待ってて~」
と言った。
慧はお冷やを一口飲むと空いたテーブルを布巾で拭く岬に
「最近どうだ?」
と聞いた。
「最近ってこの間も慧さん会いましたよね?」
と言うと
「いや、家の事とか。バイトとか。部活とか。」
「あれ?部活の事って言いましたっけ?」
「この間部屋に運んだときにラケットが置いてあるのを見た。」
「ああ!その節は本当にすみませんでした。」
「いや、もうその事はどうでも良い。それよりも、暮らしはどうだ?」
「暮らしですか?」
「何か変わったことはないか?」
「なんです?急に」
「いや・・・困った事が無いか聞きたかっただけだ。」
「ん~特に変わった事はありませんが。母が最近忙しいのかすれ違いが多くて。」
「・・・・そうか。」
千咲が雑炊を持ってくると
「慧ちゃん」
と少し責めた言い方をした。
「いや、そろそろ言った方が良いだろう。」
「でも・・・」
「二人とも何の話をしているんです?」
慧は温かい雑炊に口をつけるのではなくて、岬の所に来ると
「岬はここに来て鏡の前に立とうと思ったことがあるって言っていたな?今はその気持ちは変わらないか?それとも鏡の前に立つ気は無いか?」
「なんですか?急に・・・・」
「会えるかどうかは分からないが、今のお前は鏡の前に立った方が良い。ちゃんと現実を見た方が良い。」
「慧ちゃん!そんな言い方!」
千咲が慧を止めようとする。岬は何の事か分からないという顔をしていた。
「ちー、これ以上は駄目だ。将来の事を考えるならちゃんと向き合わないといけない。」
慧は千咲の両肩に手を当てて岬の傍に行った。
「これから嫌な事を言う。いいか?」
「嫌な事?なんです?何なんです?千咲さん、どういう事です?」
「岬、落ち着け。」
「嫌です!何を言われるのか分かりませんが、嫌です!」
岬が慧の目線から離れようとすると店の入り口で
「やっほ~岬来たよ~」
と脳天気な声が聞こえた。
岬はその声を聞いてその人に飛びついた。
「何々!岬どうしたの?」
「知美~」
「なに?なんかあったの?」
岬を抱きしめながら、知美は店の中に居た慧に対して
「アンタ、私の友達に何かしたの?」
と怒り始めた。慧は
「コイツ誰?」
と千咲に聞くと
「岬さんの友達だよ。一度遊びに来てくれたんだよ。この強面の男の人は僕の友人で慧って言うんだ。これでも刑事さんなんだよ。」
知美が抱きついてくる岬に
「本当?」
と聞くと岬は頷いた。
「その刑事さんが何で私の友達を泣かすんですか?」
「泣かしたわけじゃねーよ。ただ現実を見ろって話をしただけだ。」
「現実?」
知美が聞き返すと
「岬の友達なら知っているんだろう?家の事。」
慧が言うと知美は言葉が詰まって何も言えなくなった。
「それがどうしたって言うんです?慧さん達に迷惑かけました?夕飯食べさせて貰って居る事ですか?朝ご飯千咲さんに作って貰っている事ですか?」
涙目で岬が訴える。
「違う。そんな事は言って居ない。だけどな、そろそろしたらマンションの更新があるだろう?その時に現実を見るのは辛いと思ったから言っているんだ。」
「マンションの更新?家賃ならお母さんの口座から引き出されているし、マンションの更新もお母さんが・・・」
「知美って言ったな。そんな店の入り口じゃあ邪魔だから中に入れ。」
そう慧が言うと知美は岬を抱きしめたまま、店の中に入り近くの席に座った。
千咲が気を利かせてお冷やを二人分持って来た。
知美はお礼を言うと慧が
「岬、もうそろそろ覚悟を決めろ。」
「何を覚悟するんですか?マンションから追い出されるって事ですか?」
「今のままだったらそうだな。」
「な、なんで?家賃だって払っているのに。」
「岬、最後にお母さんに会ったのはいつだ?」
「お母さん?何で・・・・えっと、バイト始める前だと思いますが。」
「どんなに忙しくてもな、家の掃除も出来ない冷蔵庫の中も空っぽ、机の上には一年前のチラシが置いてある。カレンダーが一年前から変わっていない。変だと思わないか?」
「それは、忙しいから。」
「休日も無いのか?」
「それは・・・」
「未成年の子が居たら、どんなに忙しくても出来合い物でも買ってくること位出来るだろう?岬の親父さんと兄さんが死んで忘れられないという理由から、カレンダーが変えられないのであれば分かるが違うよな?」
「でも、お母さんは・・・・」
「岬の友達である知美は知っているよな?」
岬は隣に座っている知美を見た。知美は青白い顔をしている。
「ねえ、どういうこと?」
知美に声を掛けるが何を言おうか迷っているのか、下をみたままである。
「千咲さん、どういう事です?私・・・・私・・・・」
泣きそうな顔で岬が言うと
「岬さん、僕達から言うよりも鏡の前に立って見た方が一番納得出来ると思うよ。」
と言い、鏡を岬の近くに向けた。
「怖いです。」
「ここの前に立つ人は皆怖いよ。でもね、慧ちゃんが言う様に岬さんは知った方が良いと思うよ。知美さん、鏡の裏に来て貰えないかな?」
そう言うと知美は無言で鏡の裏で立っている千咲の後ろに行った。
慧の方を見ると
「俺は鏡に映らない位置にいるから大丈夫だ。嫌だと思えば俺の所に来い。」
岬はもう逃げられないと思った。岬は
「分かりました。お願いします。」
と言った。千咲は
「そしたら僕が良いよって言うまで目を瞑っていて。」
と言い岬は言う通りにした。
(お願い、映らないで)
そう心の中で強く祈る。
「良いよ、目を開けて。」
岬はゆっくり目を開けた。姿鏡に映るのはエプロン姿の岬、そして泣きそうな顔をしている母の姿だった。
「お、お母さん?」
鏡に手を伸ばすと母も手を重ねるように手を伸ばしてくる。
「何で?なんで?」
岬は涙が溢れて止まらなかった。混乱している岬を見て慧が
「岬のお母さんは一年前自殺したんだよ。記録が残っていた。遺書が残っていたそうだ。夫と兄を亡くした事で精神病になり生きる事に対して無気力になっていたこと。ただ娘が居るから頑張ってこられたが、もう限界だと。あの事件の事は俺も知っていたからな、岬のお母さんを見かけたことはあるんだよ。亡くなった二人の遺体に縋り付いて泣いていた姿も、裁判を見に行っては死刑を求刑するとプラカード持ってカメラに映っていた姿も見たからな。あんな復讐に満ちた目をした人が、犯人がムショの中で自殺したなんて遺族からしたら許せないだろう。心配していたんだ。でも被害者は一人だけじゃないしな。そんな時に岬のお母さんが自殺したことを知ったんだ。」
「嘘よ。嘘。」
岬は泣きながら鏡に縋り付く。黙っていた知美が口を開いた。
「嘘じゃないよ。第一発見者は私と岬。私等だよ。」
岬が鏡の裏に居る知美を見た。
「あの頃、毎日岬の携帯に電話着ていたよね。毎時間LINEが着て無事かどうかメッセージが着ていたよね。でもさ、あの日私達が岬のお母さんを見つけた日。いつもなら授業をちゃんと受けているかとか今何をしているのかって連絡着ていたのに『ごめんね』って着たよね。それで、何か遭ったんじゃないかって心配になって私と岬は担任に言って担任の車で岬の家に行ったんだよ。そしてお母さんの部屋でお母さんは首を吊って亡くなってた。足元に沢山薬があったから朦朧とした状態で首を吊ったんだろうね。岬はさその時お母さんの足元を上に持ち上げて、少しでも希望を繋げようとしていた。
担任はすぐに救急車呼んでさ、私は何も出来なかった。ただ腰抜かして岬がお母さんに『お母さん、駄目だよ。死んじゃ駄目だよ。私を一人にしないでよ』て言ってたんだよ。
でもね、病院で死亡確認されて岬呆然としてて私の親が迎えに来てくれたから一緒に帰ろうって話をしたんだけれど、岬大丈夫って言って警察で一泊お世話になったんだよ。
それで暫くは学校来なくてクラスの皆も先生から聞いていたから、岬を一人にしないようにしようって話し合いしたんだよ。
でもね、岬一ヶ月経った頃に急に学校に来るようになってそれで皆お母さんの事は触れないようにしていたのに、岬が『最近、お母さん忙しいのかお弁当作ってくれないんだよ』て言い出したんだよ。覚えていない?」
岬はただ首を横に振るだけだった。
「担任が気を利かせて岬を生徒指導で呼び出しをした時に、クラスの皆で話あった事があってね。岬はきっと辛い現実を受け止められなくて見ないふりをしているんだって。だから私達は岬が思い出すまで待とうって話になったの。ずっと言えなくてごめんね。」
「岬のクラスがそう判断したのは正しい事だと思うぞ。岬のお母さんが亡くなった時の岬の様子はまともでは無かったと記録されていた。
言っている事がちぐはぐだったのか、それとも情緒不安定だったのかは分からない。
ただ家の中の様子を見て今のままではいけないと判断し、俺も署に戻って調べたわけ。それで分かったのがマンションの更新がもうそろそそある事。大家に話したところ事件があった事から出来れば出て行って欲しいとのことだった。」
「そんな!そんな事をしたら岬の住む所無くなっちゃうじゃん!そうしたら、本当に!本当に!」
知美が泣き崩れるのを千咲が支えた。
「慧ちゃん、その事は後で話そう。ね?」
千咲が慧に言うと慧は少し気まずそうな顔をした。
「悪い。」
「岬さん、まずはお母さんの事を見てあげて。」
と千咲が言った。
「涙で何も見えない。」
しゃくりをあげながら岬が言うと
「大丈夫、ゆっくり深呼吸してごらん。大丈夫。僕達が傍に居るから一人じゃないから。ね?」
千咲は小さい子をあやすようにして言った。岬は縋り付いていた鏡から少し身体を離し鏡の中に映る母の姿を見た。
母は岬の肩に手を添えていた。
「お母さん、お母さん。」
涙が止まらない。お母さんは涙を堪えているのか、凄く辛そうだ。
「おかあ・・・」
岬の能に一気に記憶が戻ってきた。
(叫びたい、何処でも良いから逃げ出したい。)
その気持ちで一杯になる。
(お母さん、お母さん、お母さん。)
「お母さん。どうして・・・・どうして私を連れて行ってくれなかったの?」
涙が止まらない。
本当はずっと言いたかった。
ずっと言いたかった。
どうして?どうして一緒に連れて行ってくれなかったの?
お母さん
お母さん
「お母さん・・・どうして・・・どうして」
「岬さん、その気持ち凄く分かるよ。でもね、きっと巻き込みたくなかった気持ちもあると思うよ。そう僕は思いたい。それにね僕は見えないから何とも言えないのだけれど、岬さんのお母さんはどんな顔をしてる?」
「どんな顔って、泣きそうな顔をしています。」
「そっか。きっと一人にしてしまった事への後悔とごめんねっていう意味だと僕は思うよ。霊だからなのかな涙を流す人は居ないんだよ。でもね、表情で分かる。辛そうな顔をしているのであれば、心からその人に対して謝りたいって思っている証拠だよ。」
「謝ってもらっても私が一人なのは変わりないじゃないですか!住む場所も無くなるし、家族も居ない。一人だけ逃げたのに。どうしてそれで今更謝りたいだなんて。酷いよ。」
岬はお母さんの姿を見た。
お母さんは岬を包み込むように抱きしめ、口パクで
『ごめんね』
と言った。
「ずるいよ。今更ごめんだなんて。ずるいよ。お母さん。」
「岬さん、そろそろ時間だから閉じないといけないのだけれど。このままじゃいけないのは分かっているよね?」
「はい。お母さんの事は許せないと思う。でも、お父さんもお兄ちゃんも一緒なんだよね?二人に伝えて、私生きるから。生きて生きて生き抜いて私の人生はこうだ!て証明してみせるから。だからお母さんも一緒に見てて。姿は無くても傍に居て。」
お母さんを見るとお母さんは笑顔で頷いた。
そしてまた口パクで
『愛してる』
と言った。
千咲はもう大丈夫かと確認した後、布を姿鏡に掛けた。
「千咲さん、慧さん、知美有り難う。」
声が掠れて聞こえて居るか分からないけれど、素直に言えた。
正直岬の頭の中は混乱している。
ずっと一緒に暮らしていると思っていた母は、もう既に他界したおり一人ぼっちである事
信じたくないけれど、あの鏡に映ったって事は本当に母は居ないのだ。
それが真実なのだ。
(これからどうしたら良いのだろう。)
布を被された姿鏡を見ていると
「大丈夫だ。俺達がなんとかしてやる。」
そう頭をワシャワシャと慧が撫でてきた。
「でも」
「お前は一人じゃないって言っただろう?俺達がいるんだ。居場所はここにある。忘れんな。」
そう言って席に着いて冷め切った梅干し雑炊を食べ始めた。
「そうそう、僕達がいるから大丈夫だよ。ね?」
「そうそう!私も居るし!あーあ、お腹空いた!私、サンラー風雑炊が食べたいです!」
と知美が言うと慧が
「サンラー風雑炊だと?なんだそれ?」
「え?慧ちゃん知らなかったの?酢とこしょうの入ったピリ辛中華スープ、サンラータン風の雑炊だよ!結構若い子に人気でね。」
「へー今度はそれを頼もうかな。」
と慧が梅干し雑炊を食べながら言った。
「そういえば、最近インスタで盛り上がっていますよね。クラスの女子達が騒いでて。」
と知美がインスタを開きながら言ったので岬は
「え?私知らないんだけれど。」
と口を尖らせた。
「いや~、それはさ。言えないよね。うちら女子じゃん?青春を送る女子高校生じゃん?イケメンとさ、働いているとさやっぱり嫉妬っていう・・・」
「え~」
皆が空気を変えてくれたお陰で、先程までの気持ちが少し和らいだ。
本当ならお母さんが亡くなったあの家に帰りたくないし、信じたくもない。
それにマンションの更新だって、これからのお金だってどうしたら良いのかも分からない。
そういえば今までのお金ってどうやってきたんだろう。
家賃だってお母さんの口座は止められているはずだし。
「あ!」
と知美が大きな声を出した。
「なに?」
「どうかした?」
「なんだ~?」
と皆が言うと知美はスマホの画面をホーム画面に変えた。
「何でインスタグラムの画面閉じたの?」
と岬が聞くと知美は
「いや~・・・」
と誤魔化している。何か怪しいと思い
「何?隠し事しているよね?」
と言うと千咲も慧もこちらに来て知美を覗き込んだ。
「えっと、言わなきゃ駄目ですか?」
「逆に言えないことなの?」
と聞くとインスタグラムでこのお店の名前を検索し、岬が最近作った公式アカウントに飛ぶと最新の記事にコメントが付いていた。
そこには
『ここの店主は妻と子供を殺した。人殺し。』
と書かれていた。
「何これ。」
と岬が呟くと
「他にもあって」
『会いたい人に会える鏡は本当は真っ赤の嘘。客寄せパンダと一緒だ。』
『会ったことがある奴は大体サクラだ』
『金でコメントを買っている。』
『店主の顔は整形』
と書かれていた。
「酷すぎる。こんなの許せない。」
と岬が怒りをあらわすると慧が
「こんな中傷は気にするな」
言い知美と岬の頭を撫でた。
「そうそう、こんな事はよくあったからね~」
と千咲がお代わりのお冷やを持って来て空いたグラスに注いだ。
「千咲さーん、岬さーん今日も来たよ~」
と店にやって来たのはタクシードライバーのおじさんだ。
一度送って貰ってから仲良くなり、タクシードライバー仲間と一緒によく来るようになった。
「今日はお一人?」
と千咲さんが聞くと
「今日はね~暑いでしょう?だからかな~タクシーを利用する人が多くてね~。やっと休憩入ったから来たんだよ~」
「そうなんですね~今日はどうします?」
「キムチ雑炊が良いな~」
「はーい!岬さん、お冷やとお手拭きを~」
と言って千咲さんは厨房に消えた。
岬はタクシードライバーのおじさんにお冷やとお手拭きを持って行くと
「それにしても、岬ちゃんよく働くね~そんなにここが好きなのかい?」
「はい!」
「おじちゃんもここが好きなんだ。田舎の母さんに会いたくなるだろう?」
「いや~私都会生まれなので」
「そっか~きっと大きくなったら分かるよ。母さんの料理が食べたくなるっていう気持ちが。」
(その気持ち分かる気がします。お母さんの手料理食べたのっていつが最後だっけ?どんな料理だったっけ?美味しいってちゃんと言えたかな。)
そう考えると涙が溢れてきた。
「え?おいおい岬ちゃん大丈夫かい?おじさん何か酷い事言っちゃったかな?」
オロオロするおじさんに知美が
「大丈夫、大丈夫」
と岬を慰めた。
「いつかきっと言えますよ。」
厨房から千咲さんの声がした。
「はい!」
***
「ねえ、本当に瑞羽(みずは)さんはあのイケメン店長と何も関係無いんだよね?」
クラスの女の子達に囲まれる岬。
「あの、その・・・」
「分かるわよ。あんなイケメンだもの、好きにならない訳ないもの!」
否定をしたくてもなかなか言えない岬を遠目で見る知美に、何度か助けを求めているがニヤニヤしていて一向にこちらに来てくれない。
「瑞羽が困っているだろう?」
と女子達の間に入ってきた。
「ちょっと!奏凪(そな)は入ってくんな!」
「ほら散った散った!瑞羽もそろそろバイトの時間だろう?」
「杉浦君有り難う。」
そうお礼を言うと
「あのさ、もし瑞羽が嫌じゃなければ今度バイト先に行ってもいいか?」
と杉浦奏凪(すぎうら そな)が言った。
奏凪はサッカー部のキャプテンをしているからか学年問わずに女子達から注目されている子で、所謂一軍と呼ばれるグループに居る。
(そんな一軍が私に話しかけてくるなんて・・・)
オロオロしていると知美が
「そうしたら、今日一緒に行こうよ。私も行くし。」
と助け船を出してくれた。
「本当か!?知美有り難う!前からインスタで話題になっていたから気になっていたんだ。じゃあ、俺ミーティングがあるから行くな!知美、後でLINEするわ!」
そう言って爽やかに去って行った。
「じゃあ、私は今日は図書館に寄るから後で奏凪と一緒にバイト先行くから」
と言って知美も行ってしまった。
岬はこれ以上千咲さんの事で捕まらないようにコソコソと学校を抜け出した。
バイト先に着くとお昼過ぎだというのに、お客さんが多かった。
「おはようございます。」
と言いながら裏から入り厨房に立っている千咲さんに声をかけた。
「あ!岬さん、お帰りなさい!」
最近、千咲は挨拶の代わりにお帰りと言ってくれる。
家に帰ってもお帰りと言って貰えない分、ここに来ると家に帰ってきた気持ちになる。
「ただいま、千咲さん。それにしても今日は人が多いですね。」
とエプロンを着けて言うと
「そうなの!何でもインスタで有名な子がここのお店を紹介してくれたらしくてね。僕、SNS疎くて。」
「そうなんですか?私もインスタはお店用にしかしていなくて。あ、でも知美なら知っているかもしれないです。」
「あー!あの友達の?」
「はい!今日知美とクラスメートが来る予定なので聞いてみましょうか?」
「ええ~良いよ~何を言われたのか分からないけれど、プレッシャーになるかもしれないし。」
「千咲さんの雑炊は田舎の母さん味だって評判じゃないですか!」
「僕、男なのにね~」
「それじゃあ、接客に行ってきます!」
「はーい!」
岬がカウンターに出ると、ジロッと女性のお客さんの目線を感じた。
(何だろう・・・)
と考えたがすぐに新しいお客さんが来たので、あまり気にしなかった。
「岬ちゃん、今日は凄い人だね~」
と来たのは雪江おばちゃんだ。
このお店から数軒先にあるスナックのおばちゃんで、よく朝ご飯を兼ねて食べに来るのだ。
「そうなんです!嬉しい事ですよね!こちらの席が空いていますので、どうぞお座り下さい。」
「何でこんなに人気になったのかね~」
「何でもSNSでここのお店が紹介されたとか。」
「へー、今は便利な世の中ね~」
メニュー表を雪江おばちゃんに渡すと
「すみません、お会計!」
という声が聞こえた。
「雪江おばちゃん、少し待ってて下さいね!」
と言ってカウンター奥にあるレジの前で待っている人のところに行った。
「お待たせしました!」
と伝票を受け取ると、グループで来たのか先程冷たい視線を向けてきた人達だった。
「あの、店長さんとはどういう関係ですか?ここ夫婦でやられているお店ですよね?」
「いえ、私はただのアルバイトです。」
「そうなんですか!そうしたらここでアルバイト雇って貰える事って出来ますか?私ここで働きたいんです!」
そう言う女性は大学生くらいなのか、金髪に綺麗に染めた派手そうな女性だ。
「えっと、それは私はどうとは決められないです。店長に聞かないと。」
「それなら~今店長に聞いてよ!」
「そうそう!私達も雇って貰えないか聞いてよ!」
グイグイ来る女性達に引いていると、厨房から
「ごめんね~これ以上アルバイトを雇う余裕が無いんだ~ごめんね~」
と千咲が言うと
「きゃ~!格好いい!私!私彼氏募集中で~!」
と女性達が騒ぎ出した。
チラッと千咲を見ると営業用の笑顔をしているものの、どこか顔色が悪い。
忙しいから疲れてしまったのかもしれない。
するとその女性達の後ろから
「おい!早く会計してくれないか!こっちは昼休憩で来てんだ!」
と怒鳴る声が聞こえた。
「うっさい、おじさんね~。まあ良いわ、今度また来るわ。その時にバイトに雇って貰えるように貴女頼んでおいてよね!」
そう言って会計を済ませると出て行った。
すぐ後ろで待っていたおじさんが
「大丈夫かい?あの子達失礼な人達だったね。千咲君は女性が苦手なのに。」
と言いお金を払って行ってしまった。
(女性が苦手?そんな事全く知らなかった。)
おじさんが言ったことが気になってしまったからなのか、少しボーとしていると厨房から
「どうかした?岬さん。やっぱり今の人達の事で嫌な思いした?大丈夫?」
千咲さんが注文した料理を待っている人の料理をお盆に載せて、岬に渡しながら聞いて来た。
「あ~あの人達また来るからアルバイトに雇って貰えるように伝えてくれとは言っていましたが、そんな事を言ってくる人多いですから~」
「岬さんが気にしていなければ」
「一々気にしていたらキリが無いですよ~それよりも、千咲さん顔色悪いですけれど大丈夫ですか?」
「あ!うん。大丈夫!ちょっと今日は疲れたのかも!嬉しい疲れだけれどね。じゃあ、これあのお客さんに渡してきてくださいな」
「はーい」
岬は千咲からお盆を受け取ると次から次と来るお客さんを案内し、注文を取り、料理を運び、会計を済ます。
仕事をしていると時間が過ぎるのが早い。
気が付いたら夕方になっていた。
「岬~!来たよ~」
そう言って入って来たのは知美と杉浦奏凪だった。
「いらっしゃいませ~良いタイミングだね~やっと落ち着いた頃だよ~」
机を拭きながら岬が言うと、奏凪がキョロキョロ店の中を見渡していた。
「杉浦くん、どうしたの?」
「いや、本当に沢山写真が飾られているんだね。皆良い笑顔」
「うん、私もそう思う。私が最初来た時は一枚だけだったの。それをね私がここに呼ばれて来た人を写真で撮って飾りましょうよって店長に話をしてね。」
「呼ばれて来た人?」
「そう!この店に姿鏡があるのだけれど、その鏡は会いたい人に会える鏡でねその鏡で実際に会った。会えて良かったって思った人に協力して貰って写真を撮ってもらって壁に貼っているんだ~」
「瑞羽の写真もある。」
端の方に貼ってくれと頼んだのに、ど真ん中に貼ってある写真を奏凪は見つけた。
「そう、私も会ったから。さすがに笑顔で映れなかったけれどね。」
「そうなんだね。いつかその話を俺に聞かせてくれる?」
奏凪の良い所はきっとこういう所なのだろう。
人の心に土足で入ることも、荒そうとしない所もきっとこういう所が女の子達が夢中になるんだろうなと感心していた。
「もう!二人ともそこで話していないで、こっちに来てよ!」
と知美がメニュー表を持って机をバンバンと叩いていた。
「はいはい。杉浦君も知美の隣に座って」
と言いメニュー表を奏凪に渡し、二人にお冷やとお手拭きを渡した。
厨房から
「やっとお客さんが落ち着いたね~」
と出てきたのは千咲さんだった。
「あ!千咲さん!」
「知美ちゃん来てくれたんだね~有り難う!それとお隣は知美ちゃんの彼氏?」
「ち!違います!クラスメートです!」
知美と奏凪が否定した。
「俺、杉浦奏凪(すぎうら そな)て言います。瑞羽岬さんと知美さんとは同じクラスで。それで瑞羽が最近働いているっていうお店がクラスで話題になっていて、気になっていたので今日知美と一緒に来たんです。早速ですが、注文良いですか?お腹ペコペコで」
と爽やかな笑顔で言った。千咲は
「そうだよね、ごめんごめん。岬さんのクラスの友達が来たのが嬉しくて。注文承りますよ~。」
「俺はカニ雑炊!」
「私はトマト雑炊が良いです!」
二人が注文をすると千咲は
「はーい!ちょっと待っててね~」
と言い厨房に入って行った。
「千咲さん、私洗い物しましょうか?」
と聞くと
「良いの~?お願い~」
と言われたので岬は厨房に入った。
お皿を洗っていると
「岬さん、嬉しいね。友達が来てくれるの」
と千咲が言った。
「え?」
「だって彼もお友達なんでしょ?」
「ええと、友達と言うより私とは住んでいる世界が違うっていう感じの人というか。」
「そうなの?」
「千咲さんってカーストとかって分かります?一軍とか二軍とか」
「カースト?何だろう。僕そういうの疎くて。学校では慧ちゃんとしか一緒に居なかったし。」
「なるほど~私は二軍よりも下なので。もう本当にクラスの中で下の下なので。」
「二軍や下とか分からないけれど、挨拶してくれるクラスメートがいて話してくれる人が居たら良いんじゃ無いかな?」
「そうなんですけれど~」
「まあ、今日はこうやってクラスの子が岬さんの仕事っぷりを見に来てくれている訳だから頑張らないとね!」
「ちょ!酷くないですか?いつもインスタで来る人達にはプレッシャーになるから止めてくれって言うのに!私にはプレッシャーかけるんですか?」
「そんなこと言って無いよ~!ほら、トマト雑炊出来たよ。持っていてくれる?」
「ちょっと待ってください。泡を流したら持って行きます。」
そう言ってお皿の泡を落とし、手に付いた泡を落とした後タオル拭いてお盆を受け取り知美の所に行った。
知美の前にお盆を置くと
「美味しそう~!」
と声を挙げた。その後すぐカニ雑炊を千咲が持って来た。
「熱いから気を付けて食べてね~」
と言い奏凪の前に置くとスマホで撮影が始まった。
「インスタに挙げてもいいですか?」
と千咲に聞くと
「勿論だよ~」
答えが返ってきた。
岬は次のお客さんラッシュに備えてお盆をアルコールで拭き、使用したお手拭きを洗い殺菌ボックスに入れレジのお金を数えて記録に取っていた。
「本当に働いているんだな~」
と奏凪が言った。
「そうだよ。遊んでいるとでも思ったの?」
と岬が言うと
「いや、そんな事は思っていないけれど同じ高校生で働いている事が凄いなと思って。」
「うちの学校申請出せばバイト出来るんだからしてみたら?」
「そんなの無理だよ!受験の事で頭いっぱいなのに」
「あ、そうだよね。軽い気持ちで言ってごめんね」
と岬が言うと奏凪が首を横に振った。
「瑞羽は就職するんだっけ?」
「ん~私は暫くここで働かせて貰うつもりだよ。そこから何処に就職するか決めるかな。」
「そうか。確かにここは働きやすいし良い環境だよな。」
「うん!お客さんも良い人ばかりだからね。」
そう話していると厨房から千咲がこちらを微笑みながら見て来ていた。
「いつまでも居て良いんだよ~」
と千咲が言うので
「盗み聞きしないで下さい!全く!」
と顔を真っ赤にして岬は言った。
「邪魔するぜ~」
と強面の刑事が入って来た。
「今日も来たんですか?」
と言うと
「岬も言う様になったじゃないか。お前に良い報告があって来たんだよ。」
慧はドカッといつもの席に座りメニュー表を広げた。
岬は怪しげな顔をしながらお冷やとお手拭きを持って慧の前に置いた。
「なんです?良い報告って。」
「まず、岬を引き取ってくれる親戚は居ないという事。」
「まあ、両親は親戚と仲良くするタイプでは無かったので分かっていましたけれど。」
「そう、そこでだ。ちーとも話あったんだが、ちーが責任者になることになった。」
「え?」
「今のマンションからは出なくてはいけないが、ちーの家は部屋が空いているし俺も今の独身寮から出てちーの家に居座ることにしたから。あ、俺はサンラー風雑炊で。」
「ちょっと待ってください。私がお二人と一緒に住むんですか?」
「そうだ。俺達が一緒なら怖くないだろう?」
「それは否定できませんが・・・」
「それより、俺の注文早くちーに言ってくれよ。」
「はいはい。」
そう言って岬は千咲に注文を伝えた。
岬は千咲に
「あの、慧さんが千咲さんと私と慧さんとで一緒に住むって話してきたんですけれど・・・」
と言うと千咲が
「あれ?慧ちゃん先に言っちゃったの?え~!」
と言ってきた。
「本当なんですか?」
「うん、本当だよ。言ったでしょう大丈夫だよって。」
「そうですけれど・・・」
「それにね、僕も一人で家に居るのは怖いんだ。だからもし岬さんが嫌じゃなければ居て欲しいなと。駄目かな?」
「・・・・でも、千咲さん女性が駄目だって。」
「誰かに言われた?」
「ええ、この間お客さんに」
「僕こんな見た目でしょう?弱っちいからなのかよく女性から揶揄われる事が多くてね。派手な子は少し苦手なんだ~お客さんには内緒だよ。
それとね、妻が亡くなった事も女性を苦手になっちゃったというのもあるんだ~
少し怖いという気持ちが強いかな。でもね、岬さんは特別なんだ。だから大丈夫。
お客さんに言われて嫌な思いをこれからもするかもしれないけれど、私は特別!と思って不安になったりしたらいつでも僕や慧ちゃんに言ってね。」
「そこまで言われたら、一緒に住みます。」
「うん!よし、慧ちゃんにこれを持って行くね。」
「あ、私が持って行きますよ!」
「いいの、いいの。岬さんは友達と話していて良いよ。」
そう言って千咲は慧の所に行ってしまった。
岬は知美と奏凪の所に行くと
「話聞こえちゃったんだけれど、千咲さん達と一緒に住むって本当?」
と知美が聞いて来た。奏凪も気になるのか真剣な表情だ。岬は少し考え
「私の両親ね結婚を反対されていたんだけれど、親族と縁を切って結婚したの。だから祖父母の存在とかも知らないのよ。
両親が生きていた頃は何も感じ無かったし、居ないのが当たり前だったからね。
それで、父と兄が殺されて母が自殺した事で今住んでいるマンションが住めなくなってね。その居場所を提供してくれようと動いてくれたのが、千咲さんと慧さん。
慧さんは刑事さんだし、千咲さんは今でも奥さん一筋だからね。だから大丈夫だよ。」
「そう、それなら。」
奏凪が言うと知美が
「でも、この事はあまりお店では言わない方が良いかも。だって千咲さんってモテるし。千咲さんの顔目的で来ている人も居るし。それに・・・・」
「それに?」
「中にはアルバイトの岬の事を疎ましく思う人も居るのは確かよ。匿名だからって書きたい放題だからね。だからあまりアルバイトと店長という関係を崩すような話はしない方が良いと思う。」
「もちろん、そのつもりだよ。というよりも親密な関係にならないから安心して。」
「まあ、大人の男性に憧れる気持ちは分からなくは無いけれどね。」
「今は恋愛なんてしたいと思わないから安心して。」
「あ・・・・・」
チラッと知美が奏凪を見る。
「大丈夫、俺は大丈夫。」
そう知美に言うので岬は
「何かあったの?」
と聞いても教えてくれなかった。
「あら、もうこんな時間。そろそろしたら夕飯ラッシュになるんじゃない?たっぷり岬が働いている姿を見られたし、私達はそろそろ出ようかな。」
と知美が言い出したので奏凪も一緒に席を立ち
「お会計お願いします」
と言った。
千咲がすぐに慧から離れてレジの所に来て
「今日は二人とも来てくれて有り難うね。また来てね」
と言うと奏凪が
「俺、負けませんから」
と言い知美の分も払ってお店を後にした。
「僕、何の宣言されたんだろう。」
と不思議がる岬と千咲に笑い転げる慧がお店に取り残されたのであった。
慧が最後の一口を食べた後、お客さんが次々とお店が入って来た。
「いらっしゃいませ!」
夕方以降は仕事で疲れたお客さんが多い。
田舎の母さんに会いたくなると言われる雑炊が、今日もひっきりなしに注文が入るだろう。
そして、その様子をインスタに載せるのであろう。
そのインスタにはこう書かれる。
“会いたい人に会えるそんな姿鏡があるのをご存じだろうか?”
またのお越しをお待ちしております。
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リオンさん、作品を読んで頂き有り難うございます。 読んで頂けただけでも嬉しいのに、コメントを書いて頂き有り難うございます。 続きが書けるように頑張ります。
リオンです。読み終えました。 このエピソード、すごく沁みました。最初は「会いたい人に会える鏡」というファンタジー要素から入るのかと思いきや、瑞羽の日常や喪失感、そして千咲さんや慧さんとの関係性がじわじわと描かれていて、世界観に引き込まれました。特に千咲さんの「あの子は一人にしてはいけない」という台詞、あれがずっと心に残っています。 最後の鏡のシーン、岬さんがお母さんの姿を見て「どうして私を連れて行ってくれなかったの」と泣くところ、胸が締め付けられました。でも、あの場面で慧さんが「俺達がなんとかしてやる」と言ってくれたのが、本当に救いでした。 全体として、優しさと寂しさが共存する、とても温かい物語だと思います。続きが気になります。