次に目が覚めたのは、翌々日の昼間だった。
二日も目を覚まさなかったらしいが、守護の国医療班からの治癒魔法を施されたらしく、みんなからあまり心配はされず、逆に大人カナンの登場に夢中になっていた。
そのことで、僕は少し不貞腐れている。
僕たちは守護の国 騎士団本部の会議室の一室を借り、パーティメンバーとリオラさん、そして大人カナンを含めた六人で話し合いをしていた。
「それで、僕が起きた時に誰も医務室にいなかった訳だけど、何か話に進展はあったんだよね?」
僕は全員に鋭い目付きで問い掛ける。
大人カナンを今すぐにでも言及したいところだが、僕が寝ている間にアゲルなら話を進めているはずだ。
「ヤマトが再び気絶する前にも言ったことなのですが、一先ず子供のカナンちゃんは安全だそうです。どうやら、本当に龍長と友達のようで、手荒なことはまず間違いなくないので、焦る必要はないとのことです」
「大人のカナンさん……? は、どうして出現したの……?」
すると、大人カナンさんは口を開く。
「事情を今、説明してしまうと、現在と未来に大きな変革をもたらしてしまう為、そこは言えません」
納得の行かない僕だが、何故か他のみんなはそれを平然と受け止めている様子だった。
そんな、納得の行かない僕の表情を読み取ってか、アゲルは大人カナンさんの言葉に追説する。
「ヤマトが納得できないのも無理はないです。そして、他のみんながどうして納得出来ているのか、説明します」
そう言うと、ノックも無しに扉が開かれた。
中に入って来たのは、猫耳の目付きの悪い少女。
「誰……だ……?」
「この方は、ヤマトが会いそびれていた寅の仙人 ディム様です」
すると、ディムは僕の前の机の上に飛び乗る。
「主じゃな? 仙術魔法を会得した異郷者は」
「は、はい……。そうですけど……」
全員に緊張が走る。
ディムの目は閉じられ、そして開かれる。
「ワシを今から『楽園の国』に連れて行ってくれ! あそこの酒屋にはとても芳醇な美酒があるのじゃ!」
そして、全員が呆気に取られた。
リオラさんが慣れた手付きでディムを抱き、机上から下ろすと、自分の隣に座らせた。
「ディム様、それよりも、時空間のお話を……」
どうやら、仙人 ディムの来訪は予定されていたものだったらしい。
「そうか。今、ここにいるその女は、時空の狭間に彷徨っている者だったな。話してやろう」
多分、他のみんなはこの話を聞いてるから、大人カナンさんが “何も言えない” ってのに頷けるんだ。
僕は、ディムの目をしっかりと見つめた。
「なんじゃ? この人間は。真面目すぎてつまらんな」
「え、えぇ……!?」
「何か一発ギャグの一つでもしてみろ! そうしたら話してやる」
急な無茶振りだ。
なるほど、僕もようやく、ガロウさんが会わずに帰って行った理由が分かった。
しかし、僕には取っておきの一発ギャグがあった。
ぶちかますぜ……。
「岩の神! カズハさんの真似します!」
岩の神 カズハさんであれば、ここにいる全員が知っている。
そして、僕にはギャグセンスはない為、ここは物真似で乗り切ろうと思ったのだ……!
そして、僕は立ち上がり、中腰になる。
「ふぁ……あれ、もう昼〜? アリシアちゃ〜ん、ちょっとここの見張り替わってよ〜」
実際に気怠そうなカズハさんを見ていた、アゲル、セーカ、アズマ、リオラさんは、プスっと声を吹き出した。
よし……! 成功だ……!
「あ……と、ヤマトくん……? 何をしているんだ……?」
はい、お決まりのご本人登場。
ディムの来訪に時間を合わせ、岩の神 カズハさんと、守護神 アリシアさんも呼んでいたようだった。
しかし、最初、僕の物真似で笑わなかったディムは、途端に腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハ! アハハハハ! 聞いた通りじゃ! コイツの焦った顔は面白い! アハハハハ!!」
「聞いた通り……? おい、アゲル!」
「ち、違います! なんでもかんでも、僕だと思わないでください……!」
「じゃあ誰が……?」
すると、僕らの部屋の外、廊下では、ディムと同じ声の笑い声が響いた。
「え……?」
そして、ディムの顔はまた僕を見遣る。
「今のは過去のワシじゃ。ガロウの仙術魔法は、空間を移動する。ワシの仙術魔法は、時空を移動するんじゃ。所謂、タイムスリップってヤツじゃ。そして、ワシが主の焦った顔が面白いと聞いたのも、未来のワシじゃ」
そして、様々な事柄が腑に落ち始める。
「ワシの仙術魔法は、未来や過去を自由に行き来できる。しかし、未来を変えることは出来ない。だから、その女の口からは何も言えないと言う訳じゃ」
「でも、未来を知れるなら未来は変えられるんじゃ……? この守護の国も、カナンのことも守れたんじゃ……!」
「ヤマト、落ち着いてください。続きがあります」
「うむ。未来を変えられない理由はただ一つ。主の言う通り、変えることは出来る。“変えられない” のではなく、“変えてしまっては世界が崩壊する” からじゃ」
「世界が……崩壊……? じゃ、じゃあ、仙人様は、未来に何が起こるか分かってるんですか!?」
暫くの静寂の後、ディムは笑った。
「本当にバカじゃの。未来の行く末を教えたら、未来が変わるに決まっているじゃろ。言えぬわ」
あ、ああ……そうか……。
「使用者のワシは、ワシ本人と接触ができ、話すことも可能じゃ。ワシの存在は、既に理を逸脱しているからの」
少しの沈黙の後、僕は一つ疑問に思った。
「少し話が逸れるんですけど、今、岩の神のカズハさんが居ます。僕と同じ異郷者である仙人様なら、岩の加護を受け、僕みたいに岩神魔法を使えたりするんですか……?」
「それは無理じゃ。何故なら、ワシらは “自らの力” でこの 異世界にやって来たからの。主は天使族の正式な召喚があったから加護を受けられる。まあ、その代わりに、ワシらは七属性でもない仙術魔法が使えたのじゃがな」
「じゃあ、僕がディム様から仙術魔法を頂いて、過去や未来に行くことは可能なんですか……?」
「無理じゃ」
「どうして……? 神威は使えるのに……」
「会得や使用は出来るじゃろうが、生真面目な主では、未来や過去に絶対に関与する。だから教えられん」
そうか、未来を知っていたのに、空から落下して呼吸困難になっていたリオラさんを助けなかったのも……。
「って、リオラさん無事じゃん!?」
「ああ、それはワシが助けたからじゃ」
「未来を変えたらいけないんじゃ……?」
「最初からそういう未来だった。リオラは運が良かった。それだけのことじゃ」
淡々と過ぎていく “時空” と言う新たな問題。
大人カナンさんが自分の事情を話せないのは、もう飲み込むしかない。
なら、最後に話すべきは……。
「どうすれば、カナンを助けられますか……?」
すると、大人カナンが立ち上がった。
「それは私が案内できます。場所は分かっていますので」
「ど、どこですか!?」
「離島です。船に乗るか、ヤマトが仙術魔法 神威で、皆さんのことを繰り返し送るか……」
そこに、カズハさんが割って入る。
「あ、それなら守護の国で飼育してるフライドラゴンに乗って行くか? ヤマトくんには、何か礼をと思ってたんだ!」
カズハさんはニカっと笑ってみせた。
僕と交戦したこと、もう吹っ切れたようだ。
流石は岩の神。
「フライドラゴンってなんですか?」
「空を飛ぶ小型の龍だ。フライドラゴンは調教しやすくて移動手段に使う国もある」
「今までそんな龍見たこと……」
「ああ、使っているのは、冒険者をよく外に送り出している、ウチと正義の国くらいだからな」
そして僕たちは、しっかりと身体を休ませ、翌々日の正午、カナン救出に向かうことになった。
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