テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
薄暗い部屋。
蝋燭の火がゆっくり揺れている。
ノスフェラトゥは扉の前から動けずにいた。
喉には、自分でつけた黒い首輪。
それだけでも十分屈辱だったのに。
スペクターの手には、
さらにその先――“鎖”がある。
細い黒のリード。
金具が揺れるたび、
しゃらり、と小さな音が鳴った。
ノスフェラトゥの視線はそこから離れない。
逃げたい。
なのに。
胸の奥が熱い。
スペクターはそれを見透かしたように笑った。
「どうする?」
「……」
「帰るなら、今だよ」
低く甘い声。
試されている。
ノスフェラトゥは唇を噛んだ。
誇り高い古代吸血鬼。
かつて階層を嫌い、
鎖を壊し、
支配者達を虐殺した存在。
そんな自分が。
今、
自分から鎖を望んでいる。
最悪だった。
だが。
スペクターに何も与えられない時間の方が、
もっと苦しかった。
長い沈黙のあと。
ノスフェラトゥは、震える声で言った。
「……鎖を」
喉が詰まる。
耳がぺたりと伏せる。
「……つけても、いい」
スペクターは少し目を細めた。
だが、すぐにくすりと笑う。
「それは“おねだり”じゃないね」
「……ッ」
羞恥で呼吸が乱れる。
逃げたい。
でも、もう逃げられない。
スペクターは待っている。
命令しない。
無理やりもしない。
“自分から言わせる”。
それが一番残酷だった。
ノスフェラトゥは視線を逸らしたまま、
絞り出すように呟く。
「……つけて、くれ」
静寂。
その瞬間。
スペクターの笑みが、ゆっくり深くなる。
「いい子」
その声だけで、
ノスフェラトゥの背筋がぞくりと震えた。
スペクターは近づく。
10,618
革靴の音がやけに大きく響く。
そして。
細い指が、喉元の首輪へ触れた。
冷たい金具。
ノスフェラトゥの呼吸が浅くなる。
カチ。
鎖が繋がる。
その小さな音だけで、
心臓が強く跳ねた。
繋がれた。
本当に。
ノスフェラトゥは思わず目を伏せる。
スペクターはそんな彼を見下ろしながら、ゆっくり鎖を持ち上げた。
しゃら……。
金属音が静かな部屋へ溶ける。
そして。
軽く。
本当に軽く。
くい、と鎖を引いた。
「……ッ」
ノスフェラトゥの身体が反射的に前へ寄る。
たったそれだけ。
強制されるほどでもない、
ほんのわずかな力。
なのに。
身体が勝手に従った。
その事実に、
ノスフェラトゥの喉が熱くなる。
スペクターは低く笑った。
「ほら」
鎖を軽く揺らす。
「繋がった」
その声は、妙に優しかった。
まるで、
壊れ物を扱うみたいに。
ノスフェラトゥは悔しそうに眉を寄せる。
だが逃げない。
むしろ。
鎖を引かれた感覚を、
身体が待ってしまっている。
スペクターはそれを理解していた。
ゆっくり指を伸ばし、
ノスフェラトゥの耳の付け根を撫でる。
「ちゃんと来るんだね」
「……うるさい」
「でも嬉しそう」
「違……」
否定しきれない。
鎖が揺れるたび、
喉の奥が甘く痺れる。
支配されている感覚。
所有される感覚。
本来なら嫌悪すべきもの。
なのに。
スペクター相手だと、
安心してしまう。
その矛盾が、
ノスフェラトゥをさらに苦しめる。
スペクターは鎖を少し短く巻き取り、
距離を詰めさせる。
鼻先が触れそうな距離。
赤い目同士がぶつかる。
「かわいい」
「……っ」
ノスフェラトゥの指先が震える。
スペクターは笑ったまま、
鎖を指へ絡める。
「もっと欲しくなったら」
「次は、ちゃんと最初からおねだりして」
その囁きに。
ノスフェラトゥは目を閉じる。
悔しくてたまらないのに。
首輪と鎖の重みが、
どうしようもなく落ち着いてしまった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!