テラーノベル
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降りしきる雪と反射するように街が色めく2月。
世間では赤色やピンク色に彩られた装飾が多く目立つ。でかでかと掲げられる看板に、一際派手な『ハッピーバレンタイン』の文字。過ぎ行く人の幸せそうなオーラを後ろ目に見ながら家路へと足を進める。
世間はバレンタイン。よく好きな女の子が好きな男の子に意を決して想いを伝える日、と謳われる。まぁ、最近はそういった縛りもなく老若男女楽しむイベントのようだが特段イベント事を好まない自分にとってはあまり縁のある行事ではなくて。結局この歳までまともに参加したことのない催しだった。もらう側としても、
ーーあげる側としても。
「…ねみ」
ボソリと呟く独り言は誰からも拾われることなく下駄箱に落ちていく。上靴を取り出そうとロッカーを開けて、目に留まる白い紙。昨日下校する時はこんなもの入っていた記憶がない。つまり……これはなんだ?
『昼休み体育館裏に来てください』
4つ折りにされた紙を丁寧に開くと小さめだけど綺麗な文字が羅列していて少なくとも自分が関わっている野郎共が入れたような賜物ではないことは明らかだ。
「よっしーなにしてるの」
はっとかけられた言葉に顔をあげる。
「…っじゅう、なんでもない」
慌てて握りしめた紙はくしゃりと音を立ててポケットの中におさまる。
「あ、もしかして…」
「さぁ」
明らかにニヤける柔太朗になんでもないを装って下駄箱に外履きを雑に投げ入れた。
「それ、行くの?」
「何の話だよ」
「まぁなんでもいいけどね。でもほんとにいいの?よっしーほんとは…」
「っ、ほら教室行くぞ」
「あっちょっと待ってよ」
かけられた言葉を遮ってらしくもなく、上履きを踏み潰して足早に教室へと向かった。
「おはよ」
既に登校していた太智に挨拶をして席へと向かう。
「あー!やっときた!!」
「朝っぱらかうるさ…え、なんかあった?」
「ふふふ、じゃーん!これ2人にあげようと思って待っとったんよ」
はい、と差し出されたのは小さな箱に収まるチョコレート。よくよく見ると柔太朗のものには白がメインのデコレーション、仁人のものには黄色がメインのデコレーションが施されている。恐らくダンスクラブで結成しているユニットのメンバーカラーをモチーフに作られたものなのだろう、なかなか手の込んだ逸品だ。
「え、かわいー」
「やろ?やろ?!」
「これだいちゃん作ったの?」
「まぁ、料理できる系なので」
ふん、と胸を張る太智に「なんだよそれ」と愛想笑いを返す。
「吉田さん、なんかあった?」
「え、いや別に何もないけど」
「いつもなら『それは料理ができないやつが言うやつだぞ、お前』くらいのツッコミ入るやん」
「そうか?」
「……もしかしてさっきの気にしてる?」
「別に気にしては…」
「え、なになに何があったの。いやや、俺だけ仲間はずれとか!」
「あーうるさいうるさい」
1人騒ぐ太智を前に柔太朗が目配せで「言ってもいい?」と視線を送る。柔太朗にも隠していたつもりだったけどまぁ、もうバレているのだろう。太智にも隠すような事ではないので頷いて見せたあと口元で秘密にしろよ、と返した。
「え、それ行くん?」
ちらりと、経緯を話すと落ち着いた声色で仁人に向かい合う。
「行かないのは申し訳ないというか…」
「いやでも、仁人お前…」
くっと縮んだ距離に一瞬肩を震わす。
「ずっと勇斗のこと、好きやろ」
想像もしていなかった言葉に目が泳いだ。その瞬間、自分でも驚くくらいに紅潮していくのを自覚する。
「え、いやま、っなんで」
ギロリと柔太朗を見るも「俺は言ってないよ」と両手をあげる。
「いや、柔太朗に言われたわけやないよ。え、てか逆にあれでバレてないと思っていたことに驚きなんやけど」
「…っ」
どっと血の巡りが早くなるような感覚を覚えて思わず頭を抱える。
そう、仁人は中学生の頃から長いこと片思いをしている。かなり身近にいる同性に。
初めは自分よりずっとずっと明るくて眩しい存在で、自分に持たない華を持っている彼をうざったるいと思ってもいたけど関わっていくうちに見いでた繊細さや努力を怠らないこと、貪欲に生きていること。色んな視点から彼を見ていくうちに惹かれていた、隣にずっといて欲しいと強く願ってしまうようになった。
それが、佐野勇斗という男だ。
性的嗜好はストレートだと思っていたのに自分が惚れてしまった男はあまりにも魅力的すぎて。
ああ、この男に恋をしているんだ、と認めざるを得なかった。だけど届いていいものではないとずっとこの想いには蓋をしていた、はずなのに。
「よっしー自分が思っている以上にわかりやすいからね」
「ねー。気づいてないのあいつ自身くらいじゃない?」
「あーありえる笑」
いや、「笑」じゃねぇんだよ。この想いを自覚してものの数ヶ月で柔太朗には指摘された。張り巡らされたアンテナが女子のように敏感な彼に隠し通すことは出来なくて打ち明けた。正直あの頃の選択にジェンダーなんて深く考えていなかったから今思うと軽率だったとも思う。だけど彼は辟易することもバカにすることもなく「応援するよ」と言ってくれた。
「もういい加減良くない?言っちゃえばええやん」
「お前簡単に言うけどなぁ…」
「まぁでも、ほんとにうかうかしてると取られちゃうかもね」
柔太朗がくいっと顎で指した先にはクラスメイトがバレンタインの話をしている。
「ね、先輩に何渡す?」
「さすがに手作りは無理だった」
「どうしよう、あたし緊張してきた…」
「ね〜っ、受け取ってくれるかな。”勇斗先輩”」
「いや〜さすがさのさんですなぁ」
「ほんと、さすが王子だわ」
「うわ、王子?なんなんそれ、異名的なやつ?かっこぇ〜!」
「まぁあの見た目と性格とだからね。モテないわけ、ないよね」
「でも柔太朗もモテるやろ。呼び出しなかったん?」
「そんなことないから笑まぁでも一通、男から来たけど」
「え、まじ」
そんなふたりの会話はまともに頭に入ってこなかった。そうだよな、モテるもんなあいつ。小さい頃からずっとだ。なのに頑なに恋人は作らない。何故なのか世間話程度に聞いてみたことがある。あまりピンとくる回答を得られなかったような気はするが。
「はい、着席〜!HR始めるぞ〜」
ガラガラと入ってきた教師によって賑わっていた会話もぐるぐる巡る思考も鎮まって自席についた。
「ずっと、吉田くんのことが好きでした」
色々と思案した結果、蔑ろにするのも違うような気がして昼休みに指定された場所へと向かった。そこで待ち構えていたのはクラスで見かけたことはあるけどあまり記憶に残らないような女子。名前すら覚えているか危ういが柔らかい雰囲気が印象の優しそうな子だ。
「あ〜…えっと、」
震える手の中に収まる物は恐らく本命を思わせるような赤い箱。きっと、この日のために準備をしてくれたものなのだろう。正直「君は誰?」から始まるような間柄だがそれを口に出していいと思うほど人の心がない訳では無い。
「気持ちは嬉しいよ、ありがとう。ただ、えっと…」
どうも言葉が上手く出てこない。いつもの毒舌口達者はどこいった。
「……ううん、いいの。大丈夫」
口澱んでいると彼女から言葉が紡がれる。
「今日ちゃんと伝えようと決めていたから。来てくれてありがとう。」
それじゃ、またねと足早に去っていく彼女の目には涙が溜まっていて胸が僅かに痛んだ。
「っ、はぁ〜〜」
どっと力が抜けてその場にしゃがみこむ。せっかく想いを伝えてくれたのにその男が実は同性の男のことを未練がましく想っていて異性のことは考えられない、だなんて知ったらどんな顔をするのだろうか。呆れた顔、驚いた顔、いや結局最後はバカにしたような顔をするのだろう。はっ、とひとつ自嘲の笑みをこぼした。
「なんだよ、仁人にもついに春が来るのかと思ったのにその調子じゃ断った感じなのか〜?」
そのとき、茂みから聞こえてきた声にばっと顔をあげた。そこに立っていたのは。
「…は、やと」
今、いちばん会いたくない男だった。
「なに、してるの」
「いや〜悪い悪い、覗き見するつもりはなかったんだけどさ。この辺り俺の毎日使ってる休み場なんだよ。いつも通り休んでたら声が聞こえて?行ってみればこれ。え、てか俺悪くなくない?」
ひとりで焦ったり、呆れたような顔をしたり、終いには眉をひそめて自問したり。ほんとうにコロコロ変わる表情は見飽きない。緩む頬にぐっと力を入れて頭を振る。
「まぁ、俺は別にいいけど」
「そ?んで、なんで仁人くんは断ったのよ。あの子結構良さげじゃん」
「良さげもなにも…たいして喋ったことない子とその場のノリで付き合うほど俺人間としてできていないつもりないんだけど」
「まぁお前はそういうやつだよな、昔から」
「なんだよそれ、お前は俺の親かよ」
「そうだねぇ、じんちゃんのあんなことやこんなことを知ってるからねぇ」
「いや、しんど」
呆れた、と言わんばかりの表情を見せるとケラケラと楽しげに彼は笑う。いつも通りの会話ができていることにほっと息をついた。
「…なぁ仁人はさぁ、恋人つくらないの」
「は…なんで」
「いや、ぶっちゃけ仁人モテるじゃん。俺も仁人のこと好きって言う子何人か見てるし。」
「お前が言うと嫌味にしか聞こえねぇって」
「そんなつもりはないけど。別に俺モテねぇし」
「どの口が言うんだよそれ」
先程のクラスメイトが聞いたら泣くだろう。人の好意をこうも浴びるやつなのに好意として受け取っていないのか、本気の恋と見ていないのか。どっちにしても失礼な野郎だ。
「なぁ、なんで?」
「いや、別に意味なんてないけど…」
何をそんなに求めているのか、全くもって理解できないけど自分の思いを告げられない以上特段意味を持たせる理由はない。当たり障りのない解答をしてからまた、口を開いた。
「お前は?」
「ん?」
「勇斗は、なんで恋人つくらないの?」
そう聞くと彼は一瞬驚いたような表情を見せてから柔らかい表情で目を逸らした。
あ、間違えた。
2月だと言うのに背中には冷や汗が伝う。どくん、と心臓が音を立てた。
「俺、さ…」
やめて、それ以上言わないでーーー
「ずっと、好きなやつがいるんだよね」
ずきんと傷んだ心臓はそのまま狂ったように鼓動を早める。下手したら彼にも聞こえてしまうのではないかと思うほどにどくどくと脈打つのを感じた。
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