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飛行機のエンジン音が車内にまで響いていた。拓海は、窓際の席に座っていた。
感情がたかぶって雲の上を飛び立つ飛行機は、とても綺麗な景色を見せてくれた。
空から見える日本はキラキラと輝く海に木々が覆い茂る山々には雲がかかっていた。
こんなに綺麗なのに隣には誰も座る人がいない。
空虚感に満たされて、ホロリと無意識に涙が出た。飛行機内のその時のアナウンスは全て英語で話していて、通訳が無くてもわかっていたが、今は一文字も頭に入ってこない。
時々、話す片言の日本語にも笑うことさえできなかった。
拓海の左開けて、もう一つの席に座る小さな金髪で青い瞳の紬くらいの女の子がヘッドホンを外して、じっとこちらを見た。
「Are you OK?」
(大丈夫?)
涙が出ていることに気づいたようで慌てて手で拭った。
「I think I got something caught in my eye. It’s really bothering me.」
(目に何かが入ったんだ。すごく違和感がある)
その言葉を聞いて女の子はごまかしていると気づいた。
「Take it easy.」
(無理しないで)
そっと猫の模様が描かれているタオルハンカチをバックから伸ばして差し出された。
「it’s okay to let yourself cry until you can’t cry anymore」
(泣きたい時は涙が止まるまで泣いても大丈夫)
一瞬止まった涙が小さな女の子の励ましにさらに涙が出た。
拓海はハンカチをありがたく受け取って、涙を拭った。
「thank you.」
(ありがとう)
まさか小さな外国の女の子に励まされるとは思ってなかった。
美羽に振られた感情が飛行機の中で出てくるなんて予想外だった。
飛行機はさらに高度をあげて飛んでいく。
遠くの方で虹がさしかかっていた。
きっと良いことがあるだろうと気持ちを切り替えた。
女の子の母親が隣からひょこっと顔を出して、ニコッと笑い、日本で買ったであろう富士の天然水のペットボトルを差し出された。断る理由を思い浮かばず、ありがたく受け取った。
ただの天然水がものすごい美味しい水に思えた。優しい親子に会えて本当に良かった。
言葉が通じなくても伝わる想いがあるんだなと思った。
⬜︎⬜︎⬜︎
「パパ! クリスマスツリーも見たし、飛行機も見たし、あと、どこに行くの?」
空港のロビーには大きなクリスマスツリーが飾られていた。
紬はツリーが大きくて、ぐるぐると見て回って喜んでいた。
「え、もう帰るよ?」
車の中、後部座席から紬は、運転する颯太に声をかけた。
助手席に座る美羽は、緑茶のペットボトルのキャップを開けて、颯太に渡す。お礼を言って、受け取った。
「だってさ、千葉県だっけ。ディズニーランドとか、シーとかあるじゃんよぉ。あと……水族館とか。どこか寄らないの?」
窓の外に映る景色を見ながら、紬は不満そうな顔をする。
「チケットとか買ってないよ? 予定立ててないし。紬は、今朝、サンタさんにプレゼントもらっただろ? それで十分じゃん」
「そうだよ。Switchで使える限定amiiboね。欲しいって思ってたから良かったけどさぁ。でもさぁ……」
「クリスマスだってさ、昨日、ローストビーフとピザや大きいホールケーキとかいろいろ食べたでしょう。今日は何食べたいんだよ?」
「……なんでもいいよ。お外で食べるなら」
小さな声で話す紬。自信がなさげだった。美羽は元気つけようと何かを提案する。
「よし、んじゃ、今日は私が紬ちゃんの食べたいもの作っちゃうから。何が食べたい?」
「え?! 本当? 作ってくれるの?」
「難しくないものならいいよ。帰る前に食材買えばいいし。ね? 颯太さん、帰る途中でスーパー寄ってね」
「別にいいよ。紬は何食べたいの?」
「そうだなぁ。パパが作ったことないもの。オムライスかな? デミグラスソースがかかってるの。お店で食べたことあるんだけど、手作りできるなら作り方も見てみたい! できる? 美羽ママ」
「そんな簡単なものでいいの? 中身は、ケチャップのチキンライスでいいんだよね?」
「うん!! 嘘、できるの? すごぉい!! 食べたくなってきた。パパ、早く、スーパーで買い物しよう!!」
「そうだね。買い物行こう」
「はいはい。わかりました」
颯太は赤信号機で止まっていた車を走らせた。普段乗らない車に3人が一緒に乗っていることが気持ちがふわふわするくらい嬉しかった。これが家族なんだ。
こういうふうにすれば良かったんだと実感していた。
クリスマスはスーパーでああでもないこうでもないと言いながら、買い物をし、美羽が作るオムライスで楽しんだ。3人の頭にはサンタの帽子をかぶっていた。
楠家の窓辺ではクリスマスツリーが飾られて、青いライトが光っていた。
「美羽、そういや、引っ越し作業終わったの?」
「ううん。まだ、荷物まとめてない。契約も手続き終わってないし」
「あー、そうなんだ。ちょっと待って、てか、お腹の赤ちゃんのこともそうだけど、母子手帳の手続きとかの前に
大事なこと忘れてたよ!! 美羽の実家に挨拶、俺行ってないじゃん」
「あーーー……」
「大事じゃないの?」
「そうだね。行かないとだよね。でも、実家出てからあまり会ってないんだ。疎遠になってた」
颯太は、浮かない顔をする美羽が気になった。
「お母さんって血のつながりないんだっけ」
「そう、どっちも義両親だからさ。成人したら自由にどうぞって感じ。迷惑かけたくないんだ」
「ひとりよがりだな。聞きもしないで、妄想しない。ちゃんと話したらいいだろ」
「……あまり会いたくないなぁ」
「え、美羽ママのお母さんのこと?」
「そう、挨拶行かないと本当に紬のお母さんになれないよ?」
「えー、それは行かないと!!」
「まぁまぁ。行こうよ。久しぶりなんだろ? てか、俺、会ったことあるっしょ。美羽のお母さん」
「うーん、そうだけどさ。妹いるし……反対はされないと思うけど。恥ずかしさの方がある」
「行ってしまえば、なんとかなるって。きちんと挨拶させてよ」
「……わかったよ」
渋々納得させた。複雑な表情を浮かべている。颯太の両親がもういない分、美羽の両親は大事にしないといけないなという気持ちが強かった。紬は話は見えなかったが、なんだか面白そうだなと勝手に考えていた。
夜空には下弦の月が輝いていた。