リオンは妹のルイサと過ごした子供の頃の記憶を思い出していた。
貧しい村で生まれたリオンたちは、いつもお腹を空かせていた。
その日の食べ物にすら困ることもあった。
両親は幼い頃に死んでしまった。
そして両親が亡くなった後は、その残された遺産で細々と暮らしていた。
両親が残してくれた僅かな財産、それを切り詰めればなんとか生活を送ることができた。
『父さんと母さんが残してくれたお金だ、大切に使おうなルイサ』
『うん!』
だけどそれも長くは続かなかった。
リオンたちが暮らす村に住む親族が、その僅かな遺産を取り上げてしまったからだ。
当然リオンたちは抗議したけれど、親族はそれを聞き入れてはくれなかった。
結局、リオンたちに残されたのは僅かばかりの銅貨だけになった。
『これだけになっちゃったね、お兄ちゃん』
草原を駆けて遊んだこともあった。
ほかにも、ままごとや、木登りをしたりして…
『あのね、お兄ちゃん』
と妹は言った。
『わたしね、お兄ちゃんに言いたいことがあるんだけど…』
『なんだよ?』
『えっと、その、だからね』
と彼女は言いよどみ、頬が赤くなった。
『だから、なんだよ?』
『だから…』
と、そこで彼女の言葉が途切れた。
そして…
『もういい! やっぱり言わない!』
と叫んで、妹は走って行ってしまったのだった…
「…ハッ!?」
うっすらと目を開けるリオン。
彼の目に入ってきたのは、溢れそうなほどの光だった。
窓から差し込む日の光。
どうやらベッドの上に寝かされていたようだった。
「ここは…うッ!」
その時、腹部に痛みが走った。
思わず手を伸ばす。
よく見ると、包帯が巻かれていた。
誰かが助けてくれたのか…?
だが、一体誰が…?
そう思いながら辺りを見回す。
「キョウナ…」
思わずキョウナの名前を呟く。
無意識に出てきたのが、彼女の名前だった。
と、その時…
「ん…」
すると、部屋の隅っこで何かが動いたような気がした。
そちらへ視線を移す。
そこには、椅子に座ってすやすや眠る少女の姿があった。
古びた服を着た銀髪の少女だ。
歳は自分と同じくらいだろうか。
整った顔立ちをしており、大人しそうな印象を受ける。
「ふぅ…」
そこで彼女が目を覚ます。
ぼんやりとした瞳をこちらへ向けた。
そして、しばらくボーっと見つめ合った後、彼女は突然立ち上がり、駆け寄ってきた。
「え!?あ、あの…」
「よかったぁ…!もう起きないかと思いました!!」
抱き着かれるリオン。
その勢いに戸惑いながらも、彼は優しく頭を撫でる。
なぜか、こうするのが正解な気がしたのだ。
やがて少女は落ち着いたようで、ゆっくりと体を離すと、今度は深々と頭を下げてきた。
慌てて顔を上げさせようとするリオンだったが、少女はそのまま話し始める。
「血だらけで倒れていたんですよ!あのまま放っておいたら…」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと痛いけど、ちゃんと生きてるからさ」
「よかったぁ」
戸惑っているリオンを見て、安堵の息をこぼす彼女。
どうやらリオンを助けたのは彼女らしい。
リオンが礼を言う前に、彼女はリオンに話しかけてきた。
それはまるで、自分の方が年上であるかのように気さくな口調で。
彼女の顔立ちはとても整っており、どこか幼さが残っているものの、その瞳には強い意志のようなものを感じさせる。
だがそんな彼女の表情も、今は心配そうに曇っていた。
明るく振る舞ってはいるものの、やはり心配なようだ。
「…ありがとう、助かったよ」
「私は『アリス・ベルフォード』。あなたの名前は?」
「僕はリオン・ウィルバード。君はどうして僕を助けてくれたんだ?」
「川から打ち上げらてて、放っておくわけにもいかなくて…」
「川…?」
「怪我も酷かったし、ね…」
記憶の糸を辿っていくリオン。
ガ―レットとルイサに裏切られ、崖から落ちた。
その後…
「あの後、川に落ちたのか!」
崖の下は川だった。
もちろんそのまま落ちれば水面に叩きつけられ即死だっただろう。
しかし、そうはならなかった。
うまい具合に、落下中に崖に生えていた木に引っ掛かったのだ。
もちろんその木はすぐに折れた。
しかし、落下のスピードをある程度殺すには十分だった。
そのまま川に落ち、流され川下で打ち上げられたというわけだ。
「ありがとう。君がいなければ、俺は今頃死んでいたかもしれないよ」
「い、いえ。放っておけなかっただけです」
「それでもだよ。命を救われた事に変わりはない」
リオンの真剣な眼差しを受け止めたアリスは、「わかった」と言って小さく笑った。
「ところでここはどこなんだ…?」
「ここは私が住む森です」
「君の住む森?」
「私はここで暮らしてるんです」
アリスの話によると、彼女はここで暮らしているらしい。
普段は薬草を採取したり、狩猟をしたりして過ごしているという。
森の中にあるものを使い、薬を制作。
それを売って生活をしているらしい。
賢者のような、静かな生活を送っているようだ。
「でもまさか、あんな所で人に会うとは思いませんでした。今までこんなことは無かったので」
「そうなのか?」
「はい。たまに変な物が流れてくることはありますが『生きた人間』は初めてです!」
「…」
何とも言えない気分になるリオン。
だが、確かに自分は生きていた。
また、アリスは一緒に流れてきた道具なども回収していたらしい。
それをリオンに渡す。
一部は破損が酷く、もう使えないほどだ。
剣は流されてしまった。
しかし…
「よかった!これは無事だった!」
それはかつて、キョウナと一緒に作った『お守り』だった。
珍しいものをいろいろと集めて、皮袋にいれたものだ。
冒険した先々で手に入れた、いろいろな鉱石や魔物の骨など。
金銭的な価値は低いが、二人にとってとても大切なものである。
「よかった。けど一体なにがあったんですか?」
「事故…いや、そうじゃないな…」
リオンは言葉に詰まった。
正直に言えば、あのことを話したいわけではない。
アリスもある程度事情を察してくれたのか、それ以上追及はしなかった。
ただ、このまま黙ってしまうのは何か違う気がした。
「そうだ、俺の他に誰か流れ着いていなかったかな?」
「いえ、少なくとも私が確認した限りはいませんでしたが…」
同じように、キョウナも突き落されたのかと考えたリオン。
もしそうならば自分と同じように流れてきているかとも考えたが、どうやら違うようだ。
「…」
リオンの言葉を聞いたアリスは、少し考え込んだ。
その表情は、先ほどまでのものとは違うものだった。
真面目なものになり、真っ直ぐにリオンを見つめている。
彼女の様子に思わずドキリとするリオン。
そんな彼に、彼女は言った。
それは、彼にとって予想外の一言だった。
そして、彼を変えることになる一言でもあった。
「あの、もしよかったらここにしばらくいませんか?」
「え?けど…」
「遠慮しなくても大丈夫です!それに話し相手がが欲しかったところだし!」
「ありがとう、助かるよ!」
こうして、リオンはアリスの家に厄介になることが決まった。
最初は戸惑ったものの、他に選択肢は無かった。
リオンにとって、これは願ったり叶ったりの展開ではあった。
だが同時に、これからの生活に不安を感じずにはいられなかった。
「(キョウナ、彼女は無事だろうか…)」
キョウナ、彼女はガ―レットたちの計画を知らなかった。
むしろリオンと同じように『狙われていた側』の人間だ。
彼女は今どこにいるのか。
あの後どうなったのか。
今のリオンには、それがわからなかった。
彼女は大切な『仲間』だ。
ただ、今は身体を治すことに専念するしかなかった。
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