6
放課後。
下校の準備をしていると、翔が振り向き、
「さぁ、帰ろうか」
と言って通学鞄を肩にかけた。
俺はそんな翔に思わず訊ねる。
「小野寺先輩は? 待たなくていいのか?」
昨日みたいに、今日も教室まで迎えに来るんじゃないのか?
すると翔は不思議そうに、
「なんで?」
と首を傾げる。
「だって……」
口にしたところで、翔は「あぁ」と呆れたようにため息をつき、
「だから、言ってるだろ? いつも一緒って訳じゃないし、付き合ってもいないって」
「……う〜ん」
思わず唸ってしまう俺を置いて、翔は教室の扉の方へ足を向けると、
「ほら、行こうぜ」
「あ、あぁ……」
納得しかねる思いで、俺はそのあとを追ったのだった。
靴を履き替え、脱靴場の外に出る。
校内は部活へと向かう生徒や下校する生徒の声が響き渡り、やたらと騒がしかった。
俺と翔はそんな中を並んで歩き、校門を出たところで、
「――翔!」
見れば、道路を挟んだ向かい側に小さな車が止まっており、その脇に立つ中年の男がこちらに向かって笑顔で大きく手を振っていた。
切りっぱなしただけのような前髪が目元まで届いており、丸い眼鏡にしまらない笑みを浮かべたその男に、俺は見覚えがなかった。
誰だ、あいつ――?
けれど、その佇まいにはどこか覚えがあって。
「あっ」
翔はその男に気づくと声を出し、左右を確認してからダッと道路を駆けだした。
「えっ?」
俺はそんな翔の様子に驚きの声を上げ、慌ててそのあとを追いかけ道路を渡った。
なんだなんだ? どうしたんだよ、いったい!
思いながら二人の様子に目をやれば、
「どうしたの?」
翔が親し気に男に訊ねた。
男はへらへら笑いながら、
「これから店に寄ろうと思って。ついでだから、翔を迎えに来たんだ」
「そうなんだ。ありがとう」
そう答える翔に、俺は男と翔の姿を見比べながら、
「えっと、お前の、父さん……?」
すると翔はきょとんとした顔で、
「え? 違うけど」
「そう、なのか? なんか雰囲気が似てるから、そうかと思った」
ふうん、と翔は顔を男の方に向けて、首を傾げた。
それからこちらに再び顔を戻し、
「この人はシモハライさん。真帆ねぇの――その――」
どこか言いにくそうに、翔はシモハライさんに視線を向けた。
なんだろう、なんでそんな微妙な顔をするんだ?
そんな翔の様子に、シモハライさんは、
「まぁ、昔からの友人だよ」
と苦笑いしながら、答えたのだった。
「君は、翔の友達? 名前は?」
「ヒロタカです」
「ヒロタカ君か。君も乗る? 家まで送ってあげるよ」
「え。いや、でも」
初めて会う人だし、やはりどこか気が引ける。
翔の様子だと悪い人ではないんだろうけど……
一歩あと退る俺に、翔は、
「大丈夫だよ」
と遠慮もなしに車の後部ドアを開け放った。
そこまでされては、乗らないわけにもいかないだろう。
断る方が失礼なような気がして、勧められるがまま渋々乗り込もうとしたところで、
「――っ!」
視界の隅に見覚えのある女の子の姿が見えて、俺は思わずその動きを止めた。
道路を挟んだ向かい――学校側の歩道を歩く三人組の女の子たち。
その中に、朝に出会ったあの先輩の姿があったのだ。
「どうした? 乗らないの?」
怪訝そうに訊ねてくる翔に、俺は、
「ご、ごめん、やっぱり俺、歩いて帰るよ。ちょっと用事を思い出した」
「用事? なら、そこまで送ろうか?」
シモハライさんは言ってくれたけれど、俺は首を横に振って、
「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます。じゃぁ、またな、翔」
「え? あぁ、うん……?」
小首を傾げる翔を尻目に、俺は先輩のあとを追うように駆けだした。
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