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#高校生
第80話 「最後の夏へ」
2023年6月。
梅雨入りした福岡。
柳城高校野球部は夏の大会へ向けて追い込みに入っていた。
三年生。
最後の夏。
誰もがその重みを知っていた。
朝練。
授業。
放課後練習。
帰宅は夜。
そんな毎日だった。
しかし不思議と苦しくはなかった。
塁も。
史陽も。
仲間たちも。
この時間が永遠ではないことを知っていたからだった。
ある日。
練習試合。
相手は九州屈指の強豪。
長崎海星高校。
試合は接戦になった。
七回。
同点。
相手の四番が打席へ入る。
観客席にはプロのスカウトも来ていた。
塁は静かに構える。
初球。
ストライク。
二球目。
空振り。
三球目。
渾身のストレート。
バットは空を切る。
三振。
歓声が上がる。
だが。
塁はマウンドで笑っていた。
結果ではない。
野球そのものを楽しんでいた。
夏の甲子園で敗れ。
野球を楽しめなくなった日々。
あの日が嘘のようだった。
試合後。
福間監督が珍しく声を掛ける。
「良い顔をしています」
塁は驚く。
福間監督がそんなことを言うのは珍しかった。
「ありがとうございます」
監督はそれ以上何も言わなかった。
だが。
その一言だけで十分だった。
数日後。
夏の福岡大会組み合わせ抽選。
部室で全員が見守る。
柳城の山が決まる。
史陽が組み合わせ表を見る。
「厳しいな」
確かにそうだった。
強豪校が並ぶ。
だが。
誰も弱気にはならない。
最後の夏だからだ。
夜。
塁は自宅の机に座っていた。
引き出しを開ける。
一通の封筒。
啓介からもらった手紙だった。
甲子園へ向かう新幹線の中で読んだ手紙。
今も大切に持っている。
塁は封筒を開かない。
ただ眺める。
そしてそっと引き出しへ戻した。
もう今は読まなくてもいい。
兄の言葉は。
心の中に残っているからだった。
窓の外。
雨が降っている。
しかし。
その先には必ず夏が来る。
三年間の集大成。
柳城高校野球部。
最後の挑戦が始まろうとしていた。
第80話 終
コメント
1件
もう、第79話も第80話も温かくて切なくて、胸がいっぱいになりました…。特に「塁はマウンドで笑っていた。結果ではない。野球そのものを楽しんでいた」この一文にぐっときました。あの日、甲子園で敗れたあと、楽しめなくなった日々があったからこそ、今のその笑顔が本当に尊く見えます。福間監督の「良い顔をしています」も、監督らしくない言葉に逆に重みがあってじんわりしました。雨の先に来る夏、塁たちの最後の挑戦をこれからも見守りたいです。