テラーノベル
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夜の街の片隅にある、そのBARは、派手すぎず、でも、どこか人を引き寄せる空気を持っていた。グラスが静かに触れ合う音と、低めの音楽。
その空間に、ひとりだけ明らかに**“慣れている側の人間”**がいた。
金髪をゆるく流した男
――たくと(26)
笑っているだけで距離が詰まるような、ほわほわした空気。けれどその実、恋も遊びも“先に誘われた方に乗る”という徹底した遊び人だった。
その日も、いつものように誰かに誘われて来ただけのはずだった。
――カウンターの奥に、その子がいた。
黒髪で、少しだけ不機嫌そうな顔をしてグラスを拭いている青年。 目がやたらと大きくて、童顔なのに、どこか近寄りがたい。
「……なに、あの子」
たくとは無意識に笑っていた。 気づいたときには、もう目で追っていた。
りゅうき(22)
大学生で、ここでバイトをしているらしい。 客に媚びるわけでもなく、淡々と仕事をしているだけなのに、妙に目を引く。
「可愛いねぇ」
ぽろっと漏れた言葉に、隣の客が笑う。 でもたくとは、その“可愛い”の意味がいつもと違っていることに、まだ気づいていなかった。
翌週も、その次も。
たくとは同じBARに現れた。
理由は単純だった。
「また、あの子見たいから」
ただそれだけ。
けれどりゅうきは、そんな視線に気づいているのかいないのか、いつも通り淡々としている。
そして、その横にいる店長だけが、明らかに警戒していた。
「たくとさん、あの子には近づかないでね、」
「え、なんで?」
「あなた、遊び人でしょう」
にこりともせずに言う店長に、たくとは苦笑いを返すしかなかった。
それでも諦めるタイプじゃない。
次の日も、その次の日も来る。 でも店長は毎回、りゅうきの周りに張り付くようにして距離を作った。
りゅうきはその様子を見て、ただ小さく笑うだけだった。
「なんか……面白いですね」
「面白い?」
「店長、必死」
その一言に、たくとは少しだけ救われた気がした。
少なくとも、完全に拒絶されているわけじゃない。
一ヶ月が過ぎた。
相変わらず店長はガードを崩さない。 りゅうきは笑って見ているだけ。
たくとは、さすがに少しだけ疲れてきていた。
「……今日もダメか」
そう思いながら入ったその日。
店の奥に、店長の姿がなかった。
「今日いないんだ」
りゅうきがぽつりと言った。
たくとは、少しだけ息を飲む。
これは――チャンスなのかもしれない。
カウンターに近づく。 いつもなら間に誰かがいた距離が、今日はない。
「ねぇ」
「はい」
りゅうきは顔を上げた。
目が合う。
その瞬間、たくとは確信した
あ、やっぱりこの子だって。
「名前、ちゃんと聞いてなかった」
「りゅうきです」
「りゅうきくんね」
軽く笑うと、りゅうきは少しだけ視線を逸らした。
「……たくとさん、ですよね」
「知ってたんだ」
「目立つので」
その言い方が少しだけ可笑しくて、たくとは笑ってしまう。
「じゃあさ、連絡先、教えて」
「……え?」
「ダメ?」
まっすぐすぎる言葉に、りゅうきは一瞬固まる。
けれど、逃げるわけでもなく、困ったように眉を寄せて――それでも、スマホを取り出した。
それからだった。
メッセージが少しずつ増えていく。
「今日バイト?」 「終わったらご飯行こ」 「暇?」
たくとのメッセージは相変わらず軽い。 でも、どこか押しつけがましさがない。
りゅうきは最初戸惑いながらも、ちゃんと返すようになっていった。
「まだバイトです」 「ごめんなさい。今日は無理です」 「暇じゃないです」
そんなやりとりが、いつの間にか日常になっていく。
会うのもBARだけじゃなくなった。
昼のカフェ。 大学の帰り道。 何もないただの散歩。
たくとは相変わらず軽く笑っているのに、もう“誰でもいい遊び”の顔はしていなかった。
りゅうきはそれに気づかない
でもたまに、ほんの少しだけ表情が緩む。
「たくとさんって、思ってたより……普通ですね」
「それ褒めてる?」
「たぶん?笑」
そんなやりとりのたびに、距離は少しずつ縮まっていった。
そしてある日、たくとはふと気づく。
「俺さ、たぶんもう……りゅうきくん以外どうでもよくなってる」
いつもの軽さのまま言ったその言葉に、りゅうきは固まった。
冗談だと思っていたはずなのに、目だけが真剣だったから。
「……そういうの、簡単に言わないでください」
「簡単じゃないよ」
その一言で、空気が少し変わる。
りゅうきは視線を落として、少しだけ黙ったあと、小さく息を吐いた。
「……たくとさんって、本当にわかりにくいです」
「よく言われる」
「でも」
顔を上げたとき、少しだけ笑っていた。
「たぶん、嫌いじゃないです」
その言葉に、たくとは初めて少しだけ言葉を失った。
夜のBARでも、もう距離は遠くない。
けれどまだ、触れない。
触れなくてもいいと思える距離が、そこにあった。
それが、二人にとっての“始まり”だった。
コメント
1件
ああ、もう、すごく好きな空気感でした……! 遊び人のたくとが、りゅうきに出会ってから「あれ?」って自分の中で何かが変わっていく感じ、すごく丁寧に描かれていて胸がぎゅっとなりました。特に「可愛いねぇ」って言ったその意味が、本人も気づいてないっていう描写がもう……! 店長のガードも微笑ましくて、でも最後の「触れなくてもいいと思える距離」という一文に、二人のこれからがぎゅっと詰まってる気がしました。続きが気になります……!