「……想ちゃん、彼女さんとの同棲やめたのに芹ちゃんみたいに実家に戻らないのかな?って……そんな勝手なこと思っただけなの」
――要らないお世話だよね。
俯いてそう付け加えたら、想がすぐさま「バーカ。何俺相手に気ぃ遣ってんだよ」とククッと笑って。
「想、ちゃ?」
その声に恐る恐る想の方を見たら
「俺、言っただろ? 何聞かれてもちゃんと答えるって。それにな――」
そこでスッと手を伸ばして結葉の頭をヨシヨシすると、「ちっさい頃から可愛がってる結葉が少々何かやらかしたくらいじゃ、俺、お前を見捨てたりしねぇぞ?」と付け加えてくる。
「もぉ、想ちゃん、相変わらず私のこと子供扱いしすぎだよっ……?」
想が、今も変わらず妹として自分のことを大切に思ってくれているんだと分かってホッとして。
それと同時にほんのちょっと寂しい気持ちがしたのは昔感じていた恋心の名残がくすぶっているんだろうか。
想の手を昔みたいに振り払おうとしたら、ギュッと手首を掴まれてドキッとしてしまう。
「言っとくけど俺、マトモに彼女がいたことも、誰かと同棲したこともねぇから」
そこで正面からじっと顔を見据えられて、
「――何かずっと勘違いされてるみてぇだからこの際キッチリ訂正しとくけど……。ここだってそういう意図で借りた訳じゃねぇかんな?」
ムスッとした様子でそうつぶやいた想に、結葉は「え?」と声を落として。
あまりの衝撃に、手を握られたままなことにもマトモに反応出来なくなってしまう。
「……え? でも……。だって……。あの……き、公宣さんが」
「ああ、まぁ……、昔、家まで来られちまったからな。……告白」
想はそこで「お前がまだ結婚してなかった頃の話だから、三年以上前のことになるか――」と前置きをして話し出した。
「二十六になった俺の誕生日の日にさ、あんまし話したことなかった高校時代の同級生が何の前触れもなく『誕生日おめでとう』っていきなり家に来たんだわ」
想の誕生日は四月三日だ。
そのちょっと前の三月中旬に、高校時代の同窓会があって、そこで再会したのがきっかけだったんだと思う、と想が言って。
実際、想にとってその同級生――朝沼舞衣歌の訪問は青天の霹靂だったらしい。
同窓会でたまたま近くに座って、たまたまほんの少し話しただけのよく知らない女子。
それが舞衣歌に対する想の評価の全てだったから。
「飲み食いしながら『山波くん、いま恋人いるの?』とか聞かれたからさ。『今はいねぇよ』って答えたりしたんだ。きっと……だったら丁度いいじゃん、とか思われちまったんだろうな」
恋人がいるかいないかと、好きな女性がいるかどうかはまた別の話なのにな、と小さく付け加えた想の表情がやけに色めいて見えて、結葉はドキッとしてしまう。
「それが結構策士な女子でさ。わざわざ家族が揃ってるような夕方に来て……親父とお袋が見てる目の前で『想くんお誕生日おめでとう! 好きです!』ってやられちまったら恥かかせるわけにもいかねぇし、とりあえず一旦は『おう、有難う』って言うしかねーだろ?」
それまでは〝山波くん〟だったのが、わざわざ親しげに〝想くん〟と呼びかけてきたところにゾワリときた、と想が苦笑して。
結葉の知る山波想という幼なじみのお兄ちゃんは、見た目こそヤンチャ気で怖い印象を持たれがちだけれど、中身はとっても優しくて思いやりがある男だから。
人前で女の子を袖にするという選択肢はなかったんだろうな、と思って。
結葉は「そうだね」と相槌を打って頷いた。
想は結葉が自分を肯定してくれたことにホッとしたように表情を和らげると、握ったままだった結葉の手に気付いて「すまん」と言いながら離してくれる。
「何ちゅーか、あのまま実家にいたらまた同じよーなことがあった時、俺、すぐに対応出来なくてダメだなって思ったんだ。――それが、俺が家を出てここを借りた理由」
言って、想はどこか悲しそうな顔をして小さく吐息を落とした。
結局、舞衣歌とは後に二人きりで話す機会を設けて、「君とは付き合えない」と断りを入れた想だったけれど。
一旦は受け入れたように思わせたことが悪かったんだろう。
しばらくの間、諦めきれなかったらしい彼女に、半ばストーカーのように付き纏われて大変だったのだ。
断りを入れた想を、「あの日、想くん、『有難う』って言ってくれたじゃない! 期待させといて酷い! 嘘つき!」と罵ったかと思ったら、今度は「お試しでもいいから」と縋り付くように譲歩してきた舞衣歌だ。
そんな彼女に、想は正直に「悪ぃーけど俺、好きな女がいるから」と告げた。
それは嘘ではなかったし、自分が真摯に対応することで諦めてもらえたらと期待したのだが、それは大きな間違いだった。
舞衣歌は、「それはどこの誰? 嘘じゃないなら言えるでしょう!?」と詰め寄ってきて。
嘘ではないから想い人の名を告げることも出来たけれど、そんなことをしたら相手の子に迷惑が掛かりかねないと、ほとほと困り果てたらしい。
舞衣歌が、何年も音信不通だった想の何をそんなに気に入って、そこまでのめり込んでしまったのかは想自身にも分からなかった。
強いて理由があるとすれば、同窓会の折、一緒に来るはずだった友人にすっぽかされたとかで、隅っこの方でつまらなさそうにしていた舞衣歌に、手近にあった料理を取り分けて手渡してやったことぐらいだ。
コメント
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思い込みの激しい女も男もいるから困るよね😔