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城壁を超えると、こちらがこっちの世界で、元いたところは向こう側に去っていった。
昨日は道端でたくさんの見知らぬ人に挨拶されて驚いたが、今日は自分から挨拶するように心掛けた。学校なんかへ自分から進んで行くなんて、我ながら意外な行動だ。俺は頭が変になったのだろうか、それとも、こっちの文化の影響を受けたということなのだろうか。
今日の先生は黒髪を後ろに結んだ細身の中年女性だった。授業は三分間スピーチだという。題は最近の出来事で、順番に教壇に立って話す。
黒板の前に出る人出る人笑いあり、涙あり、ユーモアあり、声のトーン、スピードに緩急あり。話の内容は日常で感動したことや、ほんのささいなことだったりなのだが。その場にいるような臨場感で迫ってきて、耳を惹きつけて離さない。
ところで俺は、番が廻ってきたらパスしようと決めていた。思えばこれまでの人生、いつもそうしてきた。
ところが、だんだん迷いが生じてきた。城壁をただ遠くからみているだけで触ったこともない。レンガの上を汗だくでもがいている人の背中を見て、気分次第で非難したり称賛したりする。そんな側にまた戻りたいのか。
身体が小さく震えてきた。掌が汗ばんできた。檀上の話が耳に入ってこなくなる。喉が渇く。頭が、うまく回らない。
「次、クタイ君」先生の声が聞こえた。
「は、はい」
頭がいうことをきかない。
「あなたの番よ」
「そ、そうですか。そうですね」
唾が、うまく飲み込めない。
「今回はパス?」
「え、」
「パスでいいのね?」
楽だけど諦め、不満、虚脱、嫉妬する側に居続ける、それでいいのか。
「じゃあ、」先生は俺から視線をはずした「ゾンダイさん、行こうか」