テラーノベル
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手配していたタクシーに乗り込み、まずは、予約したモーニングのお店へ向かう。
カーテンで仕切られた半個室な席に座り、普段ならモーニングでは提供されないガレットをお願いしていた。
「わ…これ、もしかして、ガレット?」
「そ!リョーカ、前にどんな味だろって言ってたでしょ。」
「うそ、覚えててくれたんだ。嬉しい。」
「できる彼氏でしょ?」
「ふふ、うん。」
頂きます、と手を合わせて、2人で一緒に口へ運ぶ。ん〜、と声を出して、2人で目を合わせて頷く。すごく美味しい。これが、ガレットかぁ、俺も初めて食べた。
ふと、リョーカの視線を感じて、そちらへ目をやると、すごく愛おしそうに俺を見ていた。
「はに?」
「滉斗、ほんと美味しそうに食べるなぁって。見てるだけで幸せになる。」
「んふふ〜。」
「ほら、口についてる。え、めっちゃついてる、どんな食べ方してんだよ。」
「ん〜。」
俺は、リョーカに拭いて、というように顔を差し出す。お手拭きで優しく口元を拭ってくれた後、そっとキスをした。半個室なのをいいことに、俺たちは存分にバカップルをやらせていただいた。
「ご馳走様でした、すっごくおいしかったです、ガレット。」
『大事な人と今日で離れ離れになる』という事情を伝え、無理を言ってモーニングにガレットを作ってもらったお礼を、お店の人に伝えた。お店の人は、にこやかに対応してくれて、とても良いスタートを切ることができた。
「さて、お次の場所に行きましょうかね。」
「次も決まってるの?滉斗、もしかしてかなりデートプラン立ててくれてる?」
「さあ〜?」
「えー、楽しみだなぁ、次はどこなの?」
「ハハッ!ひみつだよっ!」
俺はお決まりのネズミモノマネをしながら言うが、あまりこの世界を知らないリョーカには特に伝わらず、ひみつか〜、と笑顔を向けられただけだった。
タクシーで向かう中で、夢の国が見えそうになると、俺はリョーカに目を瞑るように言った。運転手にもスマホで『ディズニーランドへ向かってください、彼には秘密なんです。』と文字で伝えたほどの徹底ぶりだ。
「着きましたよ。」
「ありがとうございました。リョーカ、足下、気をつけて。まだダメだよ!」
「え、まだ?」
俺はリョーカの手を引いて、良い感じの場所まで歩いて行く。
「なに?なんか音楽聴こえる…。」
「うーん、エントランスまでは遠いな、ここでいっか。」
「いいの?開けていい?」
「いいよ!」
リョーカがそっと目を開けて、目がこぼれ落ちんぐらいに見開いて、固まった。
「…?…リョーカ?」
「これ…これ…もしかして…。」
「うん、ディズニーランド!どう?」
リョーカが、俺に抱きついて、肩を振るわせる。泣いているみたいだ。
「え、リョーカ?どうした?」
「…嬉しい…すごく…。」
肩を掴んでリョーカの顔を覗くと、両手で涙を拭いながら、リョーカが話を続ける。
「昔、さ、みんなで…来てたでしょ、ディズニー…。」
昔みんなで、というのは、高野とあやかがまだいた頃、みんなでエンターテイメントを学びにディズニーに遊びに来ていた時のことだろうか。俺は頷く。
「その時の、涼ちゃんの記憶、俺大好きで…みんな楽しそうでさ、涼ちゃんもほんとに幸せで、でも…。」
リョーカが、俺の腕をキュッと握る。
「大森くんの…顔ばっかりが鮮明で…涼ちゃんの記憶だから仕方ないんだけど…。俺は、滉斗はどんな顔して楽しんだのかな、とか、この悲鳴あげてるのは滉斗かな、とか、滉斗の姿をもっと見たかったなって…本当は俺が直接見たかったなって…そんな事思ってたんだ…。」
胸が締め付けられる。リョーカは、どんな気持ちでその記憶を見たのだろう。
自分がいけない世界。自分が一緒にいられない人達。自分が1番一緒にいたいと願う、俺の隣。
俺は、溢れそうになる自分の涙をサッと拭い、笑顔でリョーカを元気づける。
「よおし、今日は思う存分、俺の事見てていいよ!特別大サービスで、絶叫系も乗ってあげる!」
リョーカは、まだこぼれ落ちる涙を綺麗に光らせながら、とびきりの笑顔を俺に向けてくれた。
初っ端からまさかのスプラッシュマウンテンへと並ばされた俺は、恐怖を打ち消すように、この後どんな風に園内を回るか、ご飯はどこで食べるか、食べ歩きは何にするか、そんなことを相談したり、2人並んで写真を撮ったりしていた。
「なんか食べるもの買ってから並んだほうがよかったかなぁ。」
「でも、俺ガレットでまだお腹満たしてたいかな。」
「ふふ〜ん、美味しかったもんね〜あれ。あ、じゃあさ、耳!耳買いに行こうぜ、あとで。」
「あ〜…耳はいいかな…。」
「なんで?可愛いの選んでつけようぜ!」
「いやぁ…ちょっと恥ずかしいから…。」
先程までのノリノリな雰囲気とは違い、リョーカがカチューシャを付けたがらない。俺は、そういうのは苦手なんかな、と思いかけた時、リョーカが他のカチューシャを付けたカップルを見る瞳で、あ、違う、と気づいた。
「リョーカ、なんか遠慮してるんでしょ。なに?お金?」
「え…違う、本当に恥ずかしいだけだよ。」
「リョーカ。」
俺は真面目な顔で、そんな理由では逃さない、と訴える。
リョーカは、観念したように、言いにくそうに、少し俯いて唇を固く閉じていた。
「…そういう、後に残るもの…残していきたく無い…。」
気まずそうにそう言ったリョーカは、俯いたままだ。俺は、上を向いて、ふぅ、と息を吐く。
「あのねぇ、俺いくつだと思ってんの?これから何年も、カチューシャ見ただけでいつまでもメソメソ泣くと思う?」
リョーカが俺を見る。ニコッと笑顔を作ってリョーカの肩を抱く。
「そんな心配しないでよ、俺、後腐れない方よ?どんだけ器大きいと思ってんの?俺は今、リョーカとカチューシャ付けたいんだから。後のことは考えない!」
「滉斗…。ほんとにいいの?」
「あのね、いい加減にしないと、いくら俺でも怒りますよ。」
「…わかった、ありがと。」
そのあと、しっかりスプラッシュマウンテンでグロッキーになった俺は、カチューシャ選びで一息つくことにした。
「これかわいい!」
「こっちもいいなぁ。」
「これ似合うくね?」
「じゃあこれとこれにしよ!」
まだ遠慮気味に商品棚を見ているリョーカに、俺がアレコレと勧める。リョーカは、うん、とだけ応えて、受け入れてはくれた。
リョーカがミニーちゃんのカチューシャで、俺はミッキーモチーフのサングラスを買った。
いい感じの場所で、2人で写真を撮る。撮れた写真をどれどれと確認していると、リョーカが腕にギュッとしがみついてきた。
「どした?」
「…ごめん、滉斗、俺、ホントはすっっっっっごく嬉しい…。滉斗のこと、置いていくのに…自分勝手でごめん…。」
「んー、素直でよろしい!」
俺は、リョーカの頭をわしゃしゃと撫でる。リョーカは、ふふっと笑って、俺の頬にキスしてくれた。くそっ、今のを写真に撮りたかった!
「もっかいやって!写真撮りたい!」
「やだよ!」
「お願い!」
「だーめ。」
くすくす笑いながら、俺の手を引いて次のアトラクションへと進む。あれ、そっちは、もしかして、スペースマウンテンじゃないですか…?あれ…?リョーカさん…?
無事に、再びグロッキーになった俺に、リョーカが、ごめん、やりすぎた、と謝った。いやいや全然…と言いつつも、俺はベンチから立ち上がれない。
しばらくは、食べ歩きでもしようか、と提案してくれたので、俺は喜んでその案に乗る。
チキンを食べながら歩いていると、ランドはやっぱり子ども向けというか、街並みが可愛らしい気がする。デートで落ち着いた街並みを楽しむならやっぱりシーだったかな、と少し考えた。
でも、全てのことに、リョーカが目をキラキラさせて喜んでいるのを見ると、記憶の中だけで我慢していたランドを思い切り楽しめているなら、やはりこれで正解だったな、と俺は安堵した。
「あ、お城…。」
「うん、シンデレラ城。 」
「すごい…すごい、ちゃんとお城だあ…。」
「中、入れるけど。」
「うそ!入りたい!」
リョーカのテンションが上がったので、俺たちは列に並んで、シンデレラ城に入ることにした。
中の展示を周り、すごいすごいと喜んでいたリョーカは、メインのガラスの靴と王座の間へ着くと、もう言葉を失った。
「こんな…キラキラ…夢じゃん…。」
「語彙力どうした。」
俺は笑いながら、ガラスの靴にも並ぼう、と誘った。カップルはもちろん、家族や、同性同士で写真を撮り合っている人も結構いて、俺たちも割と馴染んでいるように見える。
リョーカの番が来て、俺は写真係りに徹した。
「靴ぬいで、足のせて、そーそー!」
「滉斗、声デカいって。」
「いーよ、めっちゃシンデレラ!」
「なにそれ。」
周りからも、かわいー、と声が上がったり、くすくすと笑い声も浴びたりしたが、俺は大満足だった。リョーカも恥ずかしそうにしながらも、とても嬉しそう。
「次は、こっちね。」
「これなに?」
「これは、写真撮ったらわかるよ。」
フェアリーゴッドマザーの大きな絵の前に立たせて、俺はまたリョーカを撮る。いきなりフラッシュを焚かれたことに、リョーカは少しびっくりしていた。
俺らは列を離れながら、写真を確認する。フラッシュを焚いて写真を撮ると、フェアリーゴッドマザーの杖の先から、魔法の粉がかかっているように光る仕掛けだ。
俺は、写真の中で、魔法の粉がかかっているリョーカを見て、ああ、本当にこのまま魔法がかかったままならいいのになぁ…と考えてしまった。だって、写真の中のリョーカは、魔法使いにこの世に生み出されたように、とても綺麗で、儚げで…。
「滉斗、次は俺が撮ってあげる。ここは滉斗の方が絶対かっこいい。」
リョーカが、俺の肩に手を乗せて、俺の思考をこちらに引き戻してくれた。列の先を見ると、王座に座って写真を撮るスポットだった。俺は、いつの間にか目に溜まっていた涙を拭い、スマホをリョーカに手渡す。
「めっちゃかっこよく撮ってね。」
「うん、任せて。」
俺が足を組んで両手を肘掛けに置くと、椅子の仕掛けが光る。いいよー、脚長いよー、カッコいいー、と掛け声をかけながら、リョーカが写真を撮った。また、周りからくすくすと笑い声を浴びるが、何だかそれは暖かなものに感じる。ここでは、誰もが魔法にかかっていい場所、許される場所なんだ。
本当は、夜のパレードまで堪能したいところだったが、夜には俺の渾身のディナープランが待っている。リョーカには、それとなく次の予定があるとだけ伝え、そろそろ退園しなければいけないと告げた。
「はあ〜…。すごいね、ここは。もう胸がいっぱいになったよ。」
「うん、リョーカと来られてホントによかった。めっちゃ楽しかった。」
「最後に、シンデレラ城の前で写真撮りたいな。」
「お、いーね、撮ろ撮ろ。」
2人並んで、シンデレラ城をバックに、スマホを構える。腕を組んだり、肩を組んだり、いろんなポーズで写真を撮る。俺がスマホを下ろすと、リョーカが少し考えた後、口を開いた。
「待って滉斗、もう一枚。」
「ん、いーよ?」
リョーカが顔を近づけて、写真を撮る瞬間、俺の頬にキスをした。
「おお…おお!」
「なに?」
「俺が撮りたいって言ったから!やってくれたんだ!」
「いちいち言わなくていいの。」
「ねえ、口にも、口にもやって。」
「え!絶対やだ!」
リョーカが顔を赤くして怒ったように睨んでくる。俺は、リョーカの腕にまとわりつきながら、退園ゲートをくぐった。ツンとした顔で歩みを進めていたリョーカが、エントランスを過ぎたところで、ふと立ち止まって、園の方を振り返った。その頬には、涙が光っていた。
「リョーカ。」
「ん?」
俺は、振り返ったリョーカにキスをする。少し驚いて、周りを気にする様子を見せたが、まだ退園するには時間が早いので、あまり人がいない。リョーカは、もぅ…と呟きながらも、俺の腕の中に入ってくれる。
俺はスマホを用意して、リョーカの顎に手をやる。リョーカは少し躊躇してみせたが、ゆっくりと目を閉じた。俺も、ゆっくりと顔を近づけて、キスをしたまま、シャッターボタンを押す。
「…もう、滉斗は…。」
「へへ、いただきました〜。」
顔を赤くして、リョーカが困った笑顔でむくれている。俺は、ありがと、と頭を撫でて、次の場所へとリョーカの手を引いてタクシー乗り場へ向かった。
リョーカは歩きながら、もう一度振り返り、小さな声で、ありがとう、と呟いていた。
記憶の中でしかなかったあの場所が、確かに、俺とリョーカにとてつもない夢を与えてくれたのだ。俺も、心の中で、リョーカをこんなに幸せにしてくれてありがとう、とお礼を言っておいた。
まるで夢を醒さないためかのように、優しい音楽がいつまでも俺たちを包んでくれていた。
コメント
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初めてのガレットやディズニー、残したくないけど買えて嬉しいカチューシャ、、、💛が可愛いくて、切なくて、悶えてます🥲 絶対、最後の時はもっと輝きますね✨
更新ありがとうございます。 今回も泣きながら読んじゃいました✨ ほんと2人が幸せな時間を過ごしているのが感じられて、良かったね、って思いました。 限られた時間の中思い出を作っていく2人を見守っています🥺
作品は作品として残したくて、本編に自我を出すのが苦手なので、これからコメント欄にあとがき的なものを書かせてもらいたいと思います。 このディズニー編はなかなか筆が進まなくて、困ってました。どこまで描写するべきか、くどくなってないか、すごく不安です。