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その日。
康二は、マネージャーに呼ばれて事務所の会議室へ来ていた。
中に入ると、いつものマネージャーの隣に、見覚えのない男女が二人座っている。
「失礼しまーす」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
康二が席へ着くと、マネージャーが二人を紹介した。
以前にも何度か仕事をしたことのある雑誌の編集部の人らしい。
「今日は、ちょっと新しい企画の相談で」
「俺に?」
「はい」
編集部の人が資料を康二の前へ置く。
表紙には、まだ仮の企画名だけが書かれていた。
康二は資料を開きながら聞く。
「どんな企画ですか?」
編集部の人は少しだけ表情を改めた。
「今回の事件を受けて、編集部でもいろいろ考えたんです」
康二の手が止まる。
“事件”。
それだけで、何のことかは分かる。
目黒に執着した女優。
阿部への嫌がらせ。
存在しない関係をあるように見せた加工写真。
そして、阿部の家まで押しかけたこと。
今では警察や事務所が対応している。
九人も仕事に戻った。
それでも。
全部がなかったことになったわけではない。
編集部の人は続けた。
「もちろん、今回みたいなことを完全に防げるとは思っていません。ただ、少なくとも外から勝手な関係性を作られてしまう余地を、少しでも減らせないかなと」
康二が顔を上げる。
「関係性?」
「はい」
もう一人の編集者が資料を開いた。
そこには九人の名前。
そして、いくつかの組み合わせが書かれている。
「皆さんって、実際かなり仲がいいですよね」
「それはもう」
康二は即答した。
「めちゃくちゃ仲ええです」
マネージャーが笑う。
「それは知ってます」
編集部の人も笑ったあと、話を戻した。
「メンバー同士の距離の近さを、もっと正面から見せる企画ができたらと思っています」
ページをめくる。
白。
黒。
モノクロを基調にしたイメージ写真。
艶のある生地。
影を強く使った背景。
少し大人っぽい。
普段の明るい九人とは違う雰囲気だった。
「白と黒をテーマにして、衣装も少し艶っぽくしたいと思っています」
「へえ……」
康二が資料へ顔を近づける。
もう。
完全にカメラマンの目になっていた。
「背景も白と黒?」
「基本はそうです。光と影をかなり使いたくて」
「絶対かっこええやん」
「ですよね」
「黒背景で黒衣装やったら、輪郭だけ光入れてもよさそう」
編集部の人が少し驚く。
「まさに、そういう話もしたくて」
「え?」
そして。
次のページ。
そこには。
Photographer
の文字。
その横は。
まだ空欄だった。
康二が首を傾げる。
編集部の人が笑う。
「向井さん」
「はい」
「今回、カメラマンやってみませんか?」
数秒。
康二は動かなかった。
「……え?」
「九人を撮っていただけませんか?」
「俺が?」
「はい」
「ほんまに?」
「本当に」
康二はマネージャーを見る。
マネージャーも笑って頷いた。
「事務所としても、ぜひお願いしたいと思ってます」
「え、ちょっと待って」
康二が資料を置く。
でも。
すぐにまた持つ。
落ち着かない。
「俺がみんな撮んの?」
「そうです」
「雑誌で?」
「はい」
「ちゃんとカメラマンとして?」
「もちろん」
康二の顔がみるみる明るくなる。
「やりたい!」
返事は早かった。
「めっちゃやりたいです!」
編集部の人たちが笑う。
「よかった」
「え、ほんまにええの?」
「向井さんだからお願いしたいんです」
その言葉に。
康二が少し止まった。
「俺やから?」
「はい」
編集部の人が、九人の写真が並んだページを見る。
「今回撮りたいのは、ただ格好いい写真だけじゃないんです」
「……うん」
「メンバー同士だから出る距離感とか、表情とか」
恋人同士。
長く一緒にいるメンバー。
親友。
家族みたいな関係。
いろいろな距離がある。
それを。
知らない誰かが外から作った物語ではなく。
九人自身の関係として。
きちんと見せたい。
「特に、交際されているペアについては、ご本人たちと事務所が大丈夫な範囲で、少し踏み込んだ写真も撮れたらと思っています」
康二は資料を見る。
阿部と目黒。
岩本と深澤。
宮舘と渡辺。
そして。
残る三人も。
九人の中にある距離を。
それぞれ写す。
「……ええなあ」
康二が小さく言う。
「めっちゃ撮りたい」
夢の中で。
康二は。
写真を撮ることが怖くなったことがあった。
阿部は写真の中では笑っていた。
だから。
大丈夫だと思っていた。
笑っている瞬間だけ残した自分が。
阿部の苦しさに気づけなかった。
でも。
阿部は言ってくれた。
笑っていた自分も嘘ではなかった。
疲れていた自分も。
泣いていた自分も。
全部その日の自分だった。
それから康二は。
笑っていない写真も残すようになった。
完璧じゃない九人も。
疲れている九人も。
ぼんやりしている九人も。
全部。
残すようになった。
今度は。
仕事として。
自分の目で。
八人を撮れる。
「やりたいです」
もう一度。
今度は少し静かに言った。
「俺が知ってるみんな、ちゃんと撮りたい」
編集部の人が頷いた。
「お願いします」
「はい!」
康二は嬉しそうに資料をめくっていく。
白の衣装。
黒の衣装。
ソロ。
ペア。
グループ。
いろいろな案が書かれている。
そして。
途中で。
康二の手が止まった。
「あ」
「どうしました?」
「俺」
自分を指差す。
「撮られる方にも入ってますよね?」
編集部の人が笑った。
「もちろんです。八人のグループではありませんので」
「せやんな」
マネージャーも。
「向井さんがカメラマンだからって、向井さんだけ掲載なしにはできないよ」
「それは困る」
「でしょ」
康二は少し考える。
「じゃあ」
顔を上げる。
「俺の撮影の時だけ、カメラマン変わります?」
「その予定です」
編集部側で別のカメラマンを用意するつもりらしい。
でも。
康二は。
すぐに首を横へ振った。
「俺、お願いしたい人おる」
「どなたですか?」
康二は迷わず答えた。
「あべちゃん」
マネージャーが。
「阿部さん?」
「うん」
編集部の人が少し意外そうな顔をする。
「阿部さん、写真も撮られるんですか?」
「上手いとか下手とかやなくて」
康二は少し笑う。
「俺が撮影される時は、あべちゃんに撮ってほしい」
「どうして?」
そう聞かれて。
康二は少し考える。
夢の中のことは。
もちろん言えない。
でも。
理由はちゃんとある。
「俺」
康二は資料の写真を指でなぞる。
「みんなのこと知ってるから、いつものカメラマンさんとは違う顔を撮れると思うんです」
「はい」
「でも、俺が撮られる時は」
少し笑う。
「俺のこと知ってる人に撮ってほしい」
編集部の人が頷く。
「それが阿部さん?」
「うん」
そして。
少しだけ照れたように。
「あと」
「はい」
「あべちゃんやったら、俺が笑ってへん写真でも消さんと思うから」
マネージャーが。
静かに康二を見る。
編集部の二人には。
その言葉の本当の重さまでは分からない。
でも。
康二には分かっていた。
笑っていなくても。
格好よく決まっていなくても。
少し疲れていても。
それも康二だと。
阿部なら知っている。
「お願いしてみてもいいですか?」
編集部の人が笑った。
「もちろんです」
「やった!」
康二はすぐにスマートフォンを取り出す。
マネージャーが止める。
「今?」
「今聞く」
「まだ正式なスケジュールも決まってないけど」
「先に予約しとかな」
「同じグループなんだから逃げないよ」
「分からんやん」
康二はすでに。
阿部とのトーク画面を開いていた。
『あべちゃん』
送信。
すぐに。
もう一通。
『カメラマンやって』
送信。
マネージャーが横から見ていた。
「説明が足りない」
「あとでする」
数秒。
既読。
返事。
『何の?』
康二は笑った。
「ほら、食いついた」
「それ食いついてるんじゃなくて困惑してるんだよ」
編集部の人も笑っている。
康二は。
楽しそうに文字を打った。
これから。
自分が八人を撮る。
八人の。
自分が知っている顔を。
そして。
自分のことは。
阿部が撮る。
加工された写真で。
誰かに勝手な物語を作られたことがある。
だから今度は。
自分たちのことをよく知る人間が。
自分たちの本当の距離を。
写真に残す。
康二は。
資料に並んだ八人の名前を見ながら。
もう頭の中で。
いくつもの写真を思い浮かべていた。
まきぴよ
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おその★
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コメント
1件
あおいです🤍 今回のエピソード、すごく好きでした。 康二くんが「俺が知ってるみんな、ちゃんと撮りたい」って言ったところ、じーんと来ました。あの夢の話を経て、笑ってない写真も残すようになった彼が、仕事として仲間を撮る…その重みが伝わってきました。 そして「あべちゃんやったら、俺が笑ってへん写真でも消さんと思うから」ってお願いするシーン、心臓ぎゅってなりました。二人の信頼が静かに滲んでて、本当にいい関係だなあ。 外から勝手な物語を作られた人たちが、自分たちの手で本当の距離を取り戻そうとする企画、素敵すぎます。続きが待ち遠しいです🌷