テラーノベル
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#海辺の町
#異能力
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「俺が命を救われたこの場所に戻っているとはな」
帝都中の人力車を止め、鉄道の記録をすべて洗わせ、ようやく向かった方向がわかり、もしかしてここではないかと思ったと征一郎は切なそうに微笑む。
「喘息で呼吸もままならなかった俺に、小さな真珠を飲めと言った少女をずっと探していた」
喘息……?
それに真珠って……。
静香の脳裏に、桜の下で苦しそうにしていた少年の面影が今の征一郎の姿と重なり合う。
「あの時の男の子が……征一郎様だったのですか?」
「そうだ。俺はお前がくれた命で、お前を追い詰めていた……」
征一郎は苦悶の表情を浮かべながら、静香の手に触れた。
「おまえは俺が探し求めていた唯一の女だ」
征一郎は静香を逃がさないように強く抱き寄せ、耳元で甘く独占欲に満ちた声で囁く。
「……では、なぜ姉と縁談を?」
「俺の慢心のせいだ。俺は一番守りたかったお前を傷つけてしまった」
自分の目が節穴だったことが許せないと、すまなかったと謝罪した征一郎は、結婚に至った経緯について教えてくれた。
「この近くに別荘または住処があり、年齢が同じか少し下の女の子という条件だけで探し、ようやく間宮家にたどり着いた」
令嬢に会わせてくれと頼んだら、借金返済と融資を条件に結婚させてやると間宮家の当主に言われ、娘が二人いることも知らされないまま、結婚することに。
「娘は器量も良く、教養もあり、人には言えない特殊能力を持つ可能性があると言われ、俺はすっかり結婚相手があの少女だと思い込んでしまった」
「……そして、姉が当日に逃げたのですね……」
期待していた相手ではない「妹」の方を押し付けられ、征一郎は借金返済と融資だけさせられてしまったのだ。
父と姉が征一郎にしたことを思えば、顔も見たくないと思われるのも当然のことだろう。
「診療所で真珠を見た時は驚いた。同時に自分がとんでもない勘違いをしていたことに気が付いた」
思い焦がれていた女性が妻になったのに、確認もせず別邸に住まわせ、さらに苦しめていたことは謝っても許されることではないと征一郎は目を伏せる。
「言い訳になるが、菊乃の行動は予想外だった。本当にすまなかった」
征一郎は私を苦しめるつもりはなく、ただ会いたくなかっただけなのだ。
別邸は綺麗だったし、もし女中が菊乃ではなかったら、何不自由なく暮らせたのだろう。
征一郎は静香の手を握るとスッと跪く。
「お前を探すために手に入れた権力も富も、お前を傷つけるために使ってしまった。静香、俺を一生許さなくていい。だが、償う機会をくれないか」
冷徹で、圧倒的な存在感を持つ征一郎が見せた初めての姿に、静香は戸惑いながらも小さく頷く。
「実は働ける場所がなくて困っていたのです」
静香はお世話になりますと深々と頭を下げた。
そのあまりに謙虚でどこかズレた静香の返答に、征一郎は耐えきれずに低く笑い声を漏らす。
「帝都一の権力者の妻が、食い扶持を心配しながら湖畔を彷徨っていたとは。俺の不徳の致すところだ」
征一郎は立ち上がると、静香の華奢な身体を再び大きな腕の中に閉じ込めた。
帝都の嵯峨邸に戻った静香は征一郎に頼み、診療所の婦長に借りたお金と服を返しに行った。
「妻が世話になった」
「嵯峨閣下の奥方とは知らず、あんなツラい仕事を! 働かせて申し訳ありません!」
婦長は目を白黒させながら、ペコペコと謝罪する。
「婦長が働かせてくださらなかったら、私は今頃どうなっていたか。本当にありがとうございました」
食べ物を買えたことも、お金と服を貸してくれたこともすべて感謝していると、静香は婦長の手を取りながら微笑んだ。
「この診療所を建て替えようと思う。もう少し医療設備も増やし、包帯や薬も増やす予定だ」
征一郎は良い案だろう? と静香に尋ねる。
「診療所の管理は静香、おまえに任せる」
「……私、ですか?」
「慣れない仕事も嫌な顔ひとつせず働いていたそうじゃないか。上辺だけの帳簿の数字を追う人間ならいくらでもいるが、現場の痛みがわかる人間はそういない」
征一郎は静香の肩を抱き寄せ、その頼りなげな瞳を真っ直ぐに見つめた。
「嵯峨静香として、この場所をお前が守り、育ててみないか?」
姉の「身代わり」ではなく、誰かの「道具」でもなく、静香として与えられた役割に胸が熱くなる。
「精一杯、努めさせていただきます」
「だが、洗濯は禁止だ」
「では包帯の巻き方を教わるのは構いませんか?」
困った顔をする征一郎に、静香はダメですか? と笑った。