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🌸=夢主の名前です。
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入道雲が泳ぐ青空の下、墓石の前に立つ僧侶が一定のリズムで念仏を唱えている。
その後ろでは、不規則な嗚咽と鼻を啜る音。
この時期のこの場所で毎年聞こえるそれに、俺の心は酷く蝕まれる。
八月十三日。
六年前の今日、俺の幼馴染は死んだ。
交通事故だった。
駅に向かう途中で、居眠り運転のトラックに轢かれたのだ。
俺があの日、海に行こうと誘わなければ。
俺があの日、集合場所を駅前にしなければ。
海で🌸に告白しようなんて、思わなければ。
あいつは生きていたのに。
あの日から、そんなタラレバが永遠に脳裏にこびり付いて離れない。
何度も自分を責め続けてあの日を悔やんだ俺を、🌸の家族も俺の両親も責めようとはしなかった。
大丈夫だよ。貴方は悪くない。貴方のせいじゃない。悔やまないでと俺に向けられるのは慰めの言葉ばかりで。
でも、その慰めは刃にしか見えなくてただ無垢に俺の心を傷つけた。
俺はあの日から頻繁に悪夢にうなされる様になった。
高二の時は週に三日、高三では週に二日。
歳を重ねるごとに悪夢を見る頻度は少なくなっていった。
最近では月に一、二回程度。
悪夢にうなされることも少なくなり前よりも快適な睡眠が取れているのに、どうにもその事実が俺の心を苦しめ続けている。
悪夢から醒めたら🌸を忘れてしまうのではないかと。
悪夢を見るのは🌸との記憶が残っている証拠だと。
そんな与太話の様な思考を、俺はまるで神を信仰している信者みたく信じきっている。
つまり俺は、この悪夢から解放されたいけど解放されたくないという女々しさを拗らせた男なのだ。
◻︎
🌸の七回忌を終え、家路を辿っていた。
毎年、この日の夜は一人で住んでいるワンルームがとても広く感じる。
きっと拭えぬ喪失感に心が支配されているからだろう。
家に帰ったらおかえりと言ってくれる人が居たらいいのに。
アパートの階段を力なく登って自室の鍵を開けると、冷えた空気が露出した肌を包んだ。
「やば、冷房消し忘れてた。電気代バカにならねぇって」
俺のそんな焦りは部屋に入った途端、目の前に映った”それ”によって掻き消された。
「あ、堅治おかえりー。暑かったから冷房つけちゃった、ごめん!」
「……は」
なんで、🌸がここに居るんだ。
六年前に死んだはずの幼馴染が部屋の冷房を勝手につけて、墓参りで供えられていたチョコチップクッキーを胡座をかいて貪っていた。
「…な、なんでお前、ここに居んの」
ようやく発する事が出来た言葉は、緊張を含んで震えていた。
己の声が酷く脳に響いて涙腺が刺激されたのか、目頭が熱くなった。そのせいで喉がキツく締め付けられる。
気づけば俺は🌸に抱きついていた。
六年ぶりに嗅いだ🌸の匂いと、あの頃ずっと触れたかった🌸の柔い感触が更に涙腺を刺激する。
「ごめん、ごめん…!
俺があの時海になんか誘ったから!ごめん!
許してくれなくていい、俺を心から嫌ってくれたっていい!
でもどうか、どうか今はこのままで居させて」
「うおぉ…急にどうしたの。
全く、堅治ったら大胆な子なんだから!」
まるで子供にでも返った様に俺は🌸の胸で泣きじゃくった。
許さなくていい、心から嫌ってくれていい。
でも今はこのままがいいなんて、とても身勝手で矛盾している願いを、🌸は全て受け止める様に静かに俺の背中をさすっていた。
_____
「落ち着きましたか堅治クン?」
「…あぁ、本当ごめん」
「…ぷっはは、ここまで傷心してる堅治初めて見た!」
先程の俺を揶揄う様に笑いながらバシバシとローテーブルを叩く🌸に少々眉を顰めて、グラスに注がれた水を少量喉に流した。
「……てか、なんでここに居んの」
「んー、なんて言うか。
お盆だから帰還って来ちゃいました!的な」
右手の人差し指を立てながら戯けた笑みを浮かべる🌸に、顰めた眉が片方上がる。
「意味分からん。普通は家族んとこ帰るだろ」
「たしかにね。でもなぜか、堅治のとこに行かなきゃって本能が言ってたから。
…現世に帰ってくること自体初めてなんだよ?
ましてや、堅治が私のこと見えるなんて思ってなかったし」
不思議なものだ。
俺は生まれてこの方霊感なんて感じた事がなかったし、そう言うものには無縁だと思っていた。
でもこうして現に、死んだはずの🌸が見えて会話して触る事だって出来る。
神の仕業か何かか?なんて柄でも無い事を考えているうちに、🌸は寝室にあるベッドにダイブしていた。
「私ここで寝たいな、堅治と一緒に」
肘をついて顔を少し上げながら、ベッドの余白を片手で叩いて揶揄う🌸に動揺して顔が熱くなる。
「な!?寝る訳ないだろ…俺はソファで寝るよ」
「えー!何でよ!
もしかして、堅治クンはチェリーボーイですか?」
「そんな訳ないだろ!早く寝ろ!」
嗚呼、どうにも🌸と居ると調子を狂わされる。
六年前と何も変わらない🌸を見るだけで心臓が締め付けられてしまう。
「堅治と一緒じゃなきゃ寝れなーい」
「うるせ!おやすみ!」
叶わなかった恋心が、どんどん大きくなっていってしまう。
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