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食欲をそそる匂いに誘われて目を覚ます。
遮光カーテンの隙間からわずかな光が差し込み、それが俺の頬を絶えず照らす正午近くの事だった。
「おはよう堅治!ずっと寝てるから死んだのかと思った」
「…幽霊にそんな心配されたくねぇわ」
「なんて口の悪い子なの!?」
八月十四日。お盆二日目。
幽霊になった🌸との奇妙な同居生活は二日目を迎えた。
🌸に背中を押されてリビングへ行くと、テーブルには模範的な朝食が用意されており、その光景を見て寝ぼけていた脳が徐々にすっきりとし始める。
「これ、お前が作ったの」
「そうだよ!私意外と器用なんです!」
「…中学の調理実習で火事起こしかけたのに?」
「うるさい!それは中学の時!堅治にバカにされてからめっちゃ努力したんだよ!」
俺の肩をポコポコと小突く🌸を他所に、目の前の卵焼きに手をつける。
しっかり巻いてあるのに食感はふんわりとしていて、咀嚼するたびに中から出汁が溢れてくるそれに刺激された俺の脳は、さらに活性化を始めた。
「美味しい…お店みたいだ」
「やったー!私のこと見直したでしょ」
「まじで美味い。脱帽しました🌸シェフ」
「おっしゃー!明日も作るね!」
「……おう」
明日も、あるんだ。
明日もなんて🌸との約束は、俺がずっと望んでいたものだった。
六年間何度望んでも手に入らなかったそれを、幽霊になって現れた🌸は眩しすぎて目が眩みそうな笑顔と共に、いとも簡単に投げかける。
突如砂漠に出来たオアシスに縋るように、俺はその言葉を朝食と一緒に噛み締めた。
ローテーブルの側でテレビを観ている🌸の背を見て、朝食で膨れている俺の頬が静かに濡れる。
あぁ、クソ。
涙で鼻筋がツンとして、鼻が詰まって。口内が少ししょっぱくなって。
折角🌸が作ってくれた朝食の味が分からなくなるだろ。
「ねぇ堅治見て、この芸人めっちゃおもしろ…泣いてる!?」
振り返った🌸は、俺の顔を見てギョッとした表情のまま近くまで来てあたふたし始めた。
もしかして美味しくなかったの?なんかしちゃった?と。
相変わらずの優しさに更に涙腺が刺激される。
俺、昨日から泣きすぎ。
「…美味すぎて感動しただけ」
「人騒がせなやつめ!
堅治はいつからそんな泣き虫になったの?」
「…うるせ」
俺を宥める様にポフポフと頭を撫でる🌸の手は確かに人肌の熱を帯びていて、死んでしまった事が嘘だと思う程に温かかった。
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